記憶屋旅道中
ガタン、ガタンと宇宙列車が出ていく音がする高架下。
そこに、ガスマスクの記憶屋がいた。
#####
一年前から東京には変な男が現れた。記憶屋と名乗るガスマスクの男だ。
髪は茶に近い黒。七十年前の若者っぽい、時代遅れのジャケットとズボン。おまけに黒いガスマスク。古本屋であるリナですら本でしか見た事ない旧式だ。種族は地球人に見える。
記憶屋、というのは嫌な記憶を買い取る仕事らしい。そんな仕事誰も知らないが、彼が言うには「太陽系外ではありふれた仕事」らしい。
らしい、らしいと続くのは、リナも知らないからだ。記憶を売った、という人も知らないし、記憶屋というものを知っている人もいない。だが、詐欺師にしては居座りすぎではないだろうか……それに、なぜ警察が動かないのだろう。そんな当たり前の疑問が日に日に募っていっていた。
記憶屋は週に一度古本屋にやってくる。そして、一等古い本を買って帰る。何に使うかは知らなかったし、彼も無口なのか、あるいはリナが苦手なのか、何かを言う事はなかった。リナもお喋り好きではないので、何も言わなかった。
それが崩れたのは九月の三週目、いつも通り彼が古本中の古本を買った時だった。
「何に使うんですか……そんなの」
下を向いたまま、受け取った金をレジに入れる。そんな動作をしている時に、ポツリと問うてみた。無論、記憶屋の顔は見えない。もし顔を上げたとしても、ガスマスクのせいで何も見えなかっただろうが。
返事はなかった。機嫌を損ねてしまったか、とリナは思い、
「すいません。はい」
と商品を渡した。
だが、ガスマスクの男はすぐには帰らなかった。ジッと、何も読めないマスクをリナに向けている。
「…………あの。何か」
「…………記憶を、食べるんです」
「記憶を、食べる?」
鸚鵡返しに問うと、ガスマスクの男は小さく笑い声を上げた。
知っていますか、とくぐもった声が言う。
「メルリモ、という星があります。そこには記憶を食べる種族が__厳密に言えば、記憶を集める種族がいます。私はその一人なのです」
「……聞いた事ない。ちょっと待ってください、地図を、」
「載っていません。端っこの端っこですから」
腕時計型のミニコンに触れていた手が止まる。それからポツリと、リナは言葉を吐いた。
「メルリモ。もしかして、イチハチ戦争で襲われたとこ? 野蛮だからなんだって」
「いちはちせんそう…………ああ、はい、そうです。宇宙冒険家四人を食べたから、野蛮で危険な種族だ、と。あれですよね?」
ガスマスクの男は苦笑したようだ。乾いた笑いがくぐもって伝わってきた。
イチハチ戦争は七十年前に起きた戦争だ。当然リナは生まれていないから、教科書でしか知らない。しかも情報規制がかけられているのか、先程述べた以上の事は知らなかった。
だが、目の前の男は野蛮な存在には思えない。記憶を食べる云々がどういう事かは分からないが、ごく普通の、もしかすると普通の人間以上に善良そうな男だ。
「……野蛮で、危険」
「確か、地球ではバクという空想上の生き物がいますね? 悪い夢を食べる、という。我々はあのようなものなのです。相手から記憶を奪って生き長らえる。それは__野蛮で、危険なものでしょう? あなたがどう思うかは兎も角、客観的には」
先程買ったばかりの古本に触れ、
「これだって、食事の為ですよ」
と、ガスマスクの男は笑った。そして、踵を返して去って行った。
次の日、記憶屋は消えた。その後数日は惑星連合警察が聞き込みをしていたが、何も得られないと知るや否や、引き揚げて行った。
ガタン、ガタンと宇宙列車が出ていく音がする高架下。
そこに、ガスマスクの記憶屋がいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます