話し合い
何年も、何年も前。自分が王になって二年が経った時。慕っていた人が私の目の前で死んだ。国を平定する、生贄として身を投げたのだ。神は彼の願いを聞き届けたのか、それから今まで飢餓の一つも起きていない。不安定な国土を考えると、異常とすら言える事態だった。
平和な世の中だった。
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朝日と共に起き、簡素な食事をし、神に祈りを捧げ、職務に向かう。いつも通りだ。
「王。そろそろお見合いとか……」
「誰かに縛られるのは嫌です。さ、神官長。今日の仕事を持ってきなさいな」
「じゃあ今日の仕事はお見合い相手探しで」
「そんなふざけた事に時間を割いてる暇があるなら、この城をどの商人に売りつけたら一番高く買い取ってくれるか考えなさい」
「だ、駄目ですよ……流石に、お城売るのは、なんかこう……」
曖昧な理由で否定するレェンを無視して書類に向き合う。外つ国の誰それからの協定の手紙だとか、北方で起きた蝗害だとか、先日刑期満了で釈放された囚人だとか……つまらない事、つまる事、玉石混交の紙を一つ一つ目を通し、読み終わった印にサインしていく。
一通、また恋文が混ざっていた。読むまでもない。
「レェン。ゴミが混ざっていたわ」
「はいはい、捨てますよ……王もそろそろ、身を固めてくれませんかねぇ? 世継ぎだなんだと口うるさく言いたくはありませんが、言うしかないんです。こちらとしても。別に、あなたが産めって訳では、いや、できれば王族の血が残っててほしいので、できればお産みになられてほしいのですが、」
「時間の無駄よ。早く、それを捨てて、仕事に戻りなさいな」
「はぁい…………いや待って王!? これ、恋文じゃあありませんか!? せめて読みなさいよ、読んで返事を、」
「返事なんて。じきに来るから必要ないわ。早く捨てに行きなさい」
レェンは困惑を浮かべていたけど、三度目を口にすると渋々部屋から出て行った。
シンとした部屋、ペンが走る音だけが聞こえる。けれど、それは短い間だった。風が吹いたかと思うと、いつもの男が入って来る。そしていつものように、
「なんで読んでくれないんだよ、お嬢さん」
「仕事の邪魔ですよ」
「そんなの手伝うから。ね、一緒に出かけない? 今度、お祭りがあるんだろ? 建国祭。君も楽しみなよ。王様ったって、息抜きも必要だぜ?」
「うるさい。今、私は仕事していますのよ」
「いっつもじゃん。ねーねー、」
「うるさい」
首を折る気で振った腕を難なく受け止め、侵入者は柔らかい笑みを浮かべた。
「……ヒカーヤト国の王子ともあろう方が、こんな場所で油を売っていて良いのかしら」
私の皮肉にすら相手は不快そうな顔をしない。
「良いんですよ。だって、十七番目だぜ? 帝王学だなんだを学んだところで、王様になれる訳ないって。良くて兄貴共の部下、悪くて大罪人だ」
「…………だからと言って、人様の国に来るのはお行儀が悪いのでは?」
「でも、ちゃんと警備薄くしてくれてるの、知ってるよ」
外交問題にしたくないだけだ。
「それよりさ、お祭り、どう?」
手を振り払おうとしたが、できない。どうやら返事をするまで離してくれないらしい。
黒い髪の下、雨上がりの空のような青い目が私をジッと見ている。あの人とは全然違う、けれども何かが似ている…………。
「ねぇ、リィさん」
「黙りなさいな、アルナール王子。こんな場所で遊んでいるよりも、あなたにはすべき事があるでしょう。どこかの国へ嫁ぐなりして、国交を保つとか」
「嫁ぐ、ねぇ。俺、男なんだけど。まぁリィさんみたいな、女の人が治める国もあるっちゃあるけど……みんなつまんないんだよね。プライドばっかり高くって、俺の事を見てくれない。親父にとっても女王様にとっても、俺は国を繋ぐカスガイでしかないんだろうねぇ」
どこか悲しそうに目を伏せて、それから慌てて顔を上げて、
「リィさんは別だぜ? ちゃんと俺の事、見てくれるしさ。大好きだよ」
どうせ、上っ面だけの言葉だ。けれども今日の彼は何か、普段と違う気がして……。
思考を漁る。何か、ヒカーヤトに関する事件があっただろうか。何か、何か、何か。こんな時に限って頭は上手く動いてくれない。
悩みに悩んでいると、明るい笑い声がした。顔を上げると阿呆は満面の笑みで、
「なんか、死ぬかも。俺も分かんねぇけどさぁ、兄貴殺そうとした? らしくって。証拠も何もないんだぜ? 酷くね?」
「…………で、何をしてほしいのでしょうか」
「助けて」
「もっと具体案で。それから、見返りを要求しますわ」
「見返り、ねぇ でも、俺には何もないぜ? 金も権力も、なぁんにも。あるとしたら、」
顔が近づいて来た。動じずにいるとアリナールはとても良い笑みを作る。気に入った、とでも言うように。
「この身一つさ。俺にはこれしかねぇ。それでも良いかな、リィ=カットラス・シャジャア女王陛下」
「良いでしょう」
「やった」
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