出会い

「では、隣の人と読み合ってください」

 国語の時間だった。

 隣の席を見る。つまらなそうに教科書を覗いていた同級生は、チラリとこちらを見て、

「先。良いよ」

 と言った。頷いて、教科書に目を落とす。文字を音にする。俺が読み終えると同級生が口を開く。気怠さを多く含んだ、声変わりを終えた低い声だった。机の上に置かれた漢字ノートには『東野 一』と辛うじて読める癖字で書かれていた。


 この世には二つの姓と、三つの性がある。

 二つの性は、男と女。

 三つの性は、アルファとベータとオメガ。

 俺は家族全員がアルファの中、一人だけ生まれた男のベータだ。


 #####


 忘れ物を取りに教室に戻ると東野がいた。窓辺の席で、夕陽に照らされながらノートに何かを書いている。足音で気づいたようで、顔を上げて俺を見た。

「……ああ」

 それだけを言ってまたノートに向き合う。近づいて横目で見ると、それは絵だった。東野の席から見える、教室の風景だ。かなり写実的で、上手いとしか言いようがなかった。

 東野が顔を上げる。長い前髪の下で鋭い目が俺を射抜く。

「何」

「……上手いな」

「……あっそ」

 視線がノートに戻る。完成って言われても十分納得できるのに、まだ足りないというように鉛筆が忙しなく動く。

「……どれくらい練習したら、そうなれる」

 東野の手が止まる。何か気に障ったか、と思ったが、違うようだった。

「…………好き、だから。描くのが。ずっと、描いてる」

「ずっと? 中学から? 美術部だったのか?」

「いや。それより、前。気づいたら、絵、描いてた」

「美術部には入らないのか?」

「……入ってるけど、好きじゃない」

 東野が顔を上げた。鉛筆が横になり、手が自由になる。どうやら、本格的に話すつもりみたいだ。

「みんな、アルファだから、って褒める」

「……ああ、そうか。お前、アルファだったな」

 アルファといえば傲慢なクズ。そういう方程式が頭の中にあったから忘れてた。こいつは俺の中のアルファ像とは程遠い、温和で優しい男だった。

 東野は続ける。

「努力してるんだ。アルファだからすごいんじゃない、努力してるからすごいんだ。アルファじゃなくても、すごい人はいる。それなのに、みんな僕ばかり褒める……不公平だと、」

「思う。分かる。アルファだけが褒められるってのはおかしい。努力してんだから、ベータもオメガも褒められるべきだ」

「…………そう、だよな。うん、そうだ。おかしい。おかしいよ」

 東野が笑顔になった。薄い笑みだ。でも、普段の気怠そうな東野からは程遠い笑みだ。

「中学も美術部いたけど、好きじゃなかったな。おんなじ感じで……そういえば、えっと、名前」

新田ニイダ ヒノキ。変な名前だろ」

「覚えやすくて良いと思うよ。僕は東野ヒガシノ ハジメ。えっと、よろしく」

 よろしく、と言いながら遠慮気味に東野が左手を出す。その手を掴んで固く握手する。

 自分達は十六年生きて、ようやく同胞を見つけたんだ。そんな感じがした。

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