ならば選ぶは彼岸花
平和な世の中を表とするなら、裏は荒れた世の中だろう。では、平和ではなく、荒れていないこの世界は__魔術師の世界はなんなのか。
魔術師の世界は対偶です。表から最も遠い、平和に見える荒廃の世界ですので。
問うたのは三代前の
この故事に由来して、魔術師の世界は対偶、もしくは対偶世界という。
対偶において、『彼』は異端だった。が、対偶に異端はかなりの数いるので、あまり気にしていなかった。対偶世界で権力を握る二大巨頭に敵視されたとしても、全く不安視していない。むしろ好都合だと、笑っていた。
「強い奴が勝手に敵になってくれるたぁ、良い話だなァ。そう思わねぇか、チビ」
「チビではない、ツィノーバァロートだ。長いならH-07と呼べ」
「そうか」
コンクリートの地面を蹴り、フェンスを飛び越え、『彼』は片腕で抱えた少女を見た。
花籠研究所という、怪しい組織から今し方拐ってきた少女。赤い髪に赤い目。夜闇の下でも肌は白い。顔には子どもらしい表情はなく、達観した、死人めいた無があった。無理矢理拐ったというのに、暴れる気配の一つもない。
「そんなに未練がないのか」
嘲笑うように呟いた言葉に、少女は何も返さなかった。
背後から発砲音。舌打ち、剣を抜いて、無造作に振る。カランと銃弾が落ちるのを横目に見、しかし速度は緩めない。
「面倒だな。弱者のくせに、そんなに俺が恋しいか」
「弱者ではないぞ。花籠研究所は弓野崎の傘下だ。現代化学と西洋式召喚術を混ぜた技術を用いている。例を挙げると、先程の銃は無限に弾が出る。一つを射出すると同時、銃内部で新たな弾丸を生成しているからな。魔力源は体内魔力となっているが、花籠研究所内では地下に埋められた魔力槽に接続できるから、実質無限だ。魔力槽は、」
「そんなに話して良いのか? 俺ァ敵だぜ?」
「……敵。己を害する存在。だが、お前は己を害していない。よって、敵ではないと判断する。では、話の続きだが、」
「H-07ッ!!」
前方を見、『彼』は足を止めた。いや、足を止めさせられた。
五十メートル程先に人がいる。両手で銃を構えたまま一切動かず、暗闇の中、『彼』に向け続けている。その銃口は遠目でも分かる程に煙を上げていた。
カラン、と音がした。音の方を、右を見ると、腕が落ち、剣が地面を転がっていた。
「は……ああ、成る程。無声の魔術でもかけやがったか」
理解と同時、痛みが電流のように全身を走り出す。口から血が吐き出され、地面に落ちていく。
自分の意思で地面に降り、少女は淡々と告げた。
「その毒は一分で死ぬ。全身を回った後、内部から壊死していくんだ。解毒剤はまだない。お前は死ぬ。……そして、己も死ぬだろう。報告書には、抵抗されて止む無く発砲したら当たってしまった、とでも書かれて」
「…………ほぅ。そりゃあ、良い」
剣を拾い、そのまま地面に這う。口からは絶えず血が流れ続け、徐々に顔色が悪くなっていた。
だが、『彼』の顔には笑みが浮かんでいた。目をカッと見開き、白い歯並びを剥き出しにした、人外じみた笑みが。
「____俺ァ、『強者殺し』だ」
「ッ!?」
『彼』は一歩踏み出し、消えた。
再度現れたのは、刺客の背後。地面に這ったまま、剣だけが血に塗れていた。
相手の生死を見る事なく、頭から地面に倒れる。吐いた血の生暖かさが頬についていた。
____生きたいか。死にたいか。
____選べ。礼だ。
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