第4話 Keyの“使い方”

(これ、どうやって守ってくれるの・・・?)



綴リビトに寄り添われた者が持つ、暴言者から守るためのもの。でも、それは

どこからどう見たってただの鍵だ。名前が英語になっただけ鍵だ。


上部分が十字架になっただけの鍵。木だけで出来た鍵。

失礼ながら、それに何の守るチカラがあるというのだろうか。


「…それは、暴言者から貴方を守るための物。」


口内のカレーを食べ終えたダイアナは、その問いに答えた。

そうじゃないんだ、僕が聞きたいのはそういうことじゃない。

そう結翔が言い返す前に、ダイアナの口からは再び言葉が綴られた。


「Keyは、私達言ノ葉綴リビトに寄り添われた、言ノ葉破ルモノが持ち、

寄り添われたことによって貴方に溜まる言霊を狙う、暴言者から身を守る物。」


見た目はただの鍵。疑問を抱いてもしょうがない。

カチャ、とスプーンを皿の上に置いたダイアナは、首元からKeyを握りしめたままの


結翔に、あの時ーKeyを渡したときーと同じように手を差し出した。

躊躇ためらいながら差し出した結翔の手を、Keyごとダイアナの手が包み込む。


「Keyは、その持ち主が念じる事で、守るための“武器”になる。」


そう言うやいなや、包み込んだKeyが眩まばゆい光を発した。手のひらの

隙間から、その光が、紫色の光が漏れている。


「私が使う武器は、短剣。だから貴方は…」


“剣”に関する武器を持つことができる。寄り添うことになった綴リビトが

持つ武器と同じ種類の武器を。


動揺し、混乱する結翔にそう述べたダイアナはパッと手を放す。すると光は消え、

先程と変わらぬ十字架のKeyがそこにあった。


(剣に関する武器・・・?)

「そう。だから、短剣にも出来る。他にも、大剣とか…双剣にも出来る。」


そう言いながらイアナは、もくもくと再び食事を始めた。目の前のサラダが、鍋に

入ったカレーがダイアナの胃袋に消えていくのを呆然と見つめ、無意識にカレーを

口に運ぶ結翔の頭の中では、すでに色々な思考と単語が混ざっていた。


御飯を食べ終わった後は、結翔が風呂に入っていた。最初は食器を洗ってから

入ろうと考えていた結翔だったが、ダイアナが


「私が洗う」


と言い出したため、任せることにした。最初は断っていたのだが、一向に譲らない

ことから、元から頑固・・・というか、一度決めたことは曲げない性格なのだろうか。


結翔が風呂から上がり、寝間着に着替えてリビングに戻ると、いつの間にかテレビが

ついており、先程カレーを食べていた机にある備え付けの椅子の上に、


ダイアナが居た。テレビのつけ方も、ドライヤーのやり方も知っていたから、

そこはさすが不老不死、といったとこだろうか。何百年生きているのかは

分からないが。


自分は自室で寝るが、ダイアナと一緒に寝るのも…と思った。自分だって男だ。

恥ずかしい、という感情があったって不思議ではない。そのため、ダイアナは隣の


部屋で寝てもらうことにした。2階にある自室の隣部屋は、元々空き部屋で、

本来は何もないただの壁にする予定だったのだが、それだと寂しいわよ、という


母親の提案で、部屋を作ることにしたのだ。将来仕事部屋にでもしようか、と

考えていたその空き部屋に、ダイアナが(自分ですると言っていた)リビングで


敷いていた布団を持って入って行った。入る直前「おやすみ」と言っていたので

自分も同じように「おやすみ」と返し、自室のベッドへと入った。


今日一日に色んなことがあった。そのため自然と疲れていたのだろう、風呂で

取りきれなかった疲れで、結翔の意識はあっという間に微睡まどろみの中へと


沈んでいった。



「はい、あーーー」

「……」


翌朝。

結翔は、ダイアナによる発声練習をさせられていた。


『発声練習』

『(え?)』

『綴リビトの仕事は、言葉を好きにさせる。まずは話せるようにしないとダメ』


そう言われてから、ずっとこの繰り返しだ。普通は「あいうえお」と

発音していくが、結翔に至っては「あ」すら出せていない。


(あの、も、ムリだって…まず僕失声症だから無理…)


そう訴えること何度目か。ダイアナは手を顎あごにあてて、

「んむぅ」と唸うなる。


「…貴方が失声症になった理由は、心当たりは?」


ビシ、と顎に当てていた手を結翔に突き出す。それに結翔は戸惑ってしまった。


(話せる、ことではあるけれど…ちょっと、情けないんだ)

「情けない?」


首を傾かしげるダイアナにこくん、と頷くと、結翔は喋り始めた。



ー僕は元々、言葉が大好きだった。だから本だって沢山読んだ。絵本も、漫画も、

もちろん、小説も。小学校の頃も、クラスの子との関係を築くより、

本を優先していたんだ。


そのバチが当たったんだと思う。中学に上がった時、小学の同級生に、


「お前、俺らより本の方が大事なんだな」

「何、本のオタク?」

「キモイんだよ」


って言われた。自分は遊びの誘いを受けても、常に本が、読書が優先だったから、

中学でも変わらずな僕に、小学分の気持ちが爆発したんだと思う。


自分には、それが深く突き刺さった。その子のことは知っていても、話したことは

なかったから、見ず知らずの人に…分かりやすく言うなら、SNSで、顔も

見えないような人に悪口を言われたような感じだった。そこから、大好きだった本が

見れなくて、読めなくて…、半分、書字恐怖症しょじきょうふしょうみたいな


感じになって、教科書の文字も、酔って吐いてしまいそうだった。頑張って

ページをめくろうと、読もうとして伸ばした手が本の紙に触れると、その時の言葉が


よみがえって、熱い物でも触ったかのようにサッと手を引っ込めて

しまったり…そこから段々、本だけじゃなく、その言葉自体が嫌いになって

しまった。



そんなある日に、声が出なくなった。


(僕は、覚えていないけれど…小さい頃に死んだ父さんが、よく僕に

「人に言葉はかけるな」って口癖のように言ってたって母さんが言ってた。)


本が大好きなのは父譲りらしい。自身の父親も、似たような体験をしたのだろうか。



「…言葉は、武器になる」


ポツ、と喋ったダイアナは、結翔を真っ直ぐ見た。


「そうやって、何気ない一言二言で、相手に傷を残して、一年、二年、生涯ずっと

その人に消えない傷を残すことだってある。言葉は、人間と同じ。」


相手が嬉しくなるような言葉をかけれる。

相手が怒るような言葉をかけれる。

相手が哀しむような言葉をかけれる。


「貴方はきっと、言葉が嫌いなんじゃない」

(え?)


突然言われた言葉が、理解できなかった。言葉が嫌いなんじゃない?


「嫌いなら、きっと、言葉について聞こうとしない。私が寄り添うって言った時、

本気で拒絶するハズ。貴方は言葉が嫌いなんじゃない。ただその言葉によって、

言葉から遠ざけさせられているだけ。」


そう言ったダイアナの目は、真剣だった。朝に言われるなんて割と新鮮だな、と

思いながらも、どこかその言葉が、とても嬉しく感じて。


(そっか…僕、嫌いじゃないんだね。言葉が、嫌い。そうじゃ、ないんだ…)


でも、それなら…


「言葉が嫌いじゃない以上、私が寄り添う必要はない。でも、心に残った傷が、

言葉を拒絶してる。それを治して…貴方を喋れるようにするのも、私の使命。」


まだ帰らない、というように言うダイアナは、自分の不安を

読み取ってくれたのだろう。


「だから、喋れるようにする。失声症でも、治る確率は0じゃない。心因性なら、

その残った傷を治しながら…」


練習しましょう。

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