第8話 また戦うことになる
(「物の文字化」現象が、綴リビトと、寄り添いビトにしか見えない…?)
未だドアの前に立ったままのアリアが表情を変えないまま言った言葉。
ダイアナも表情はあまり変わらないが、何かあったとき僅かに出る。
出会ったばかりの自分でもわかる範囲での“僅か”。けれどアリアはまったく
表情が変わらない。ずっと真顔のまま喋っている状態だ。
「そうですね、使用人が文字化したとき、他の使用人さん、
全員普通にその人…というか、文字に喋りかけていましたからね。」
「無論返答はなかった、というより、声が聞こえなかったな。もっとも、
喋りかけていたやつらは聞こえているかのように会話していたが。」
「見ているこっちがおかしくなってしまいますわ。私達が今見ているのは幻覚で、
周りが見ているのが本当の景色…。そういう風にとらえてしまうこともありますわ」
「でも幻覚を見るなんてこと、ありえない。綴リビトは、そういう風に作られてる」
しかめっ面を始めた3人に、あまり喋らなかったダイアナが発言する。
「綴リビトは基本、異常耐性がある。寄り添いビトに惑わされたり、
寄り添いビト自身が危険人物だった場合…クスリとかやってたら、大変。
そういうのが効かないようにするために、“あの人”は耐性を付けてくれた。
…綴リビトに幻覚を見せれるのは暴言者だけ。」
そうダイアナが言うとシャーロットたち綴リビトは頷いた。
“あの人”に作られた以上、あぁ…とやはり納得するものなのだろう。
「でも、暴言者の仕業となれば話は別になりますわよ。どこの暴言者か
突き止めるのが大変な仕事なのですし…。それに、出会う暴言者全部が
その犯人、というわけでもないわ。」
「それに、幻覚を見せるには暴言者と言えど大量の言霊が必要です。
言霊は言葉の魔力。物語で例えるならば、大魔法を使うには大量の魔力が必須。」
「そんな大量の言霊を持つのは世界でも、宇宙でも、“あの”人しかいないですね。
なぜならあの人は、言葉の化身ですから。」
言葉の化身?化身って、「抽象的なものが形をとって現れたもの」って意味だよね。
つまり化身=そのもので、言霊は「言葉に内在するもの」だから、
大量に言霊が宿っていてもおかしくはないだろう。
「“暴言者は本来言霊を持っていない”。破ルモノに巣喰っていても、そこに宿る
言霊は食べられない。微力すぎるから。だから言霊を得るには…」
「僕達寄り添いビトか、綴リビト、アリスたちの言う
“あの人”から奪うしかないってことだね!」
何やら考え込み始めたダイアナの言葉の続きを、頬にいっぱいスナック菓子を
詰め込んだ朝陽が代弁する。蓮に「飲み込んでから言え!」と言われていたが。
(朝陽今アリスって言わなかった?誰??)
「…私、名前、アリア、言う。でも、朝陽、私、アリス、言う。」
「あそっか。みんなアリアって呼ぶもんね!でも見てよこのファンシーな服!
アリスの典型的な服装だよ!物語のアリスってこんな感じでしょ?!」
途端に興奮し始めた朝陽は「可愛い物」が好きなのだろうか、ほらこのエプロン、
ほらこの赤い目、赤い髪、カーネーション色のワンピース!と喋り始めた。
「やかましい!」と再び蓮が
「はいはい二人ともそこまで。話戻して…、まぁつまり、本来言霊を持たない
暴言者が、“あの人”ほどの言霊を持っているかもしれない、ってことですね」
「それはそれでメイワクなのだけれど…。「物の文字化」現象も、“あの人”に
何かあって起こったものでしょうね。例えば言霊を大量に取られちゃって力が
弱くなっちゃったり…前にも同じことが…あっ」
そこまで言うとイザベルが真っ青になりだした。他の綴リビトも察したのか、
真っ青になっている。…アリアは相変わらず変わってないが。
「イザベル…」
「なんてこと…ジェシー!もし“あの人”が暴言者に言霊を取られていたとしたら…!
そうすれば今起こっている非常事態も納得してまいますわ!どうしましょう、
寄り添いビトが見つかっていないのに…!大変!一大事!」
「お、落ち着いてイザベル!でも…また戦うことになるのかな…」
慌て始めたイザベルをなだめながらジェシーがそう呟いた。
「寄り添いビトの皆さん、前にも「同じことがあったの」をご存じですか?」
ジェシーが呟くのに反応し、しばらくうつむいていた綴リビトたち。
その沈黙を破るようにシャーロットが口を開いた。
(一応は、ダイアナから聞いてます)
「結翔さんは確か4日前…私と蓮が「物の文字化」現象を確認した日に
ダイアナの寄り添いビトになったんですよね。そして確認したのが5日前…」
「アリアが手紙を出しに行った日と一緒だ!」
「シャーロット、その日にすでに話してある。」
綴リビトは心の声を聴くことが出来る、というのは初めてあった日から
知っているけれども、ちゃんと届いているかは時々心配になるな…。
「結翔さんは知ってるんだね…僕が確認したのは手紙にも書いた通り一週間ぐらい
前で、その時アリアから聞いたなー。途切れ途切れでわかりにくかったけど!」
「……」
なんか最後らへん失礼な気がするけど…アリア大丈夫かな?
「俺もだ。確認した4日前に聞いた。あんなに取り乱した
シャーロットは初めて見たがな。」
「私とジェシーは1週間と2日前ですわ。驚きすぎて覚えていますもの。」
「最初に確認した「文字の具現化」が人の文字化でしたから…」
一応整理すると、イザベルさんとジェシーさんが1週間と2日前、
朝陽とアリアが一週間前、シャーロットさんと蓮さんが4日前。
そして自身とダイアナが3日前になるかな。
「けれど今一度、詳しく喋ったほうが良いかもしれませんね」
「賛成だ。初めて聞いたときは大まかに聞いただけだからな。
俺も今一度、詳しく……詳細を聞きたい。」
シャーロットが提案をすると、聞く側として蓮が頷いた。
「…誰が話せばいいのかしら?詳細まで、細部まで話さなくてはいけないわ。」
「私が喋りましょう。記憶力は一番良いんですよ。会話までしっかり覚えてます」
「…それはそれでなんかキモチわるいわ」
「あら、辛辣ですね…」
語り部の心配をするイザベラにシャーロットが手を挙げる。会話まで
覚えているということは本人が言う通りよほど記憶力が良いのだろう。
「…巻き込むような形になってしまうけれど、
寄り添いビトの皆様は本当に、聞きますか?」
イザベルとシャーロットが話している間、ジェシーがこそっと聞きに来た。
その時ついでに椅子を持ってきてもらい、自身が立ちっぱだったことを思い出した。
ダイアナもアリアに椅子を持ってきてもらったらしく、テーブルの横に椅子を
置いて座った。アリアは立ったままだが、良いのだろうか。
「これは貴様らにとって一大事なのだろう。だったら協力してやらないとな」
「そうそう!困っている人達がいたら助けないと!僕は正義のヒーローだぞー!」
この人達も一応、寄り添いビトなんだよね…。言葉が嫌い、それでも
困っている人を、綴リビトを助ける、そういう考えが出来るなんて素敵だと思った。
それに比べて僕は…
「結翔、さっきココに来る前に、「自分も手伝うよ」って言ってくれた。」
みんな、良い人。そう呟いたダイアナは、真っ直ぐこちらを見ていた。
(ダイアナ…)
「ダイアナちゃん…」
「ふん、喋らないわりにはやる奴だ。」
「…ありがとう、ございます。けれど、巻き込むのはやはり…」
何かすごく刺さる言葉が聞こえてきたけれど。いまだしぶるジェシーは、
やっぱり申し訳なさそうだ。まぁ、わからなくもないけれど…
「ジェシー、悩む、いけない」
するとアリアが朝陽の後ろからそう言った。ずっとドアの前で
立ちっぱなしだったので、朝陽が連れてきたのだ。
「三人、やる、言う、言ってる。だったら、ここ、素直に、頷け」
「!でも、これは“戦う”かもしれないんです、
そこに巻き込むなんて「そこの全員、喋るから静かにしなさーい」」
心配でたまらないジェシーをよそに、イザベルが声をかけた。ジェシーは未だ何か
言いたげだったが、朝陽が「だぁいじょうぶだって」と、さきほど朝陽自身が
ダイアナへ乗っかったときに言ったセリフをジェシーに向ってかける。
その気楽そうな言葉と声色にジェシーも少し心配要素が減ったのか、
言いたげだった表情は少しやわらかくなった。
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