お茶会編

第5話 こんにちは

時間帯は昼。あの後、結局一音も発せずに昼ご飯となった。なんとなく甘いものが

食べたくなったので、ハニートーストという、昼ご飯でも少し

軽食すぎるものになった。


「ん…この芸人、最低。」

(あはは……)


ハニートーストを味わいながら、昼のニュースを見ているダイアナは、

芸人の不倫報道を見て怪訝そうな顔をしていた。


「不倫するぐらいなら、結婚しない方が良い」


ごもっともな意見とともに「ごちそうさま」、とキッチンへ皿を置きに

行こうとダイアナが席に立った時。


「?!」

(え…)


皿が消えた。…いや、別の物に変わってしまった。別の物と

言っても、物ではない。



・・・“皿”という名の、文字に変化してしまった。



(皿が…!)

「…」


皿、という文字は白色で、ダイアナの手の上に乗っている。


「…危ない」

(え?)


そう言ったダイアナの顔はよく見えなかったけれど、声が、

すごく緊張感のあるものだった。


(危ないって…何が?)


そう結翔が問うと顔を上げたダイアナの顔はあまり変わっていなかったが、

少し焦っているような感じがすると、結翔は気付いた。


「…“あの人が”」


ダイアナの生みの親が、どうかしたのだろうか。


「“あの人”が、…危ない!」

(え、あ、待…)


後半をほぼ叫んだダイアナは、文字になり果てた皿を机の上に置いて、

走り出そうとした…その時。


ゴッ


「いっ」

「あ」

(えっ)


突如黒い穴が現れたと思えば、頭のぶつかる鈍い音が聞こえ、ダイアナの

短い呻うめき声と、聞いたことのない声も聞こえた。


「こんにちは」


そういう声が聞こえて、結翔は視線をダイアナからその声の方向へと動かした。


(えっと…)


そこには、赤毛で赤目の少女が居た。ダイアナよりも少し高い背。でも、その身長に

反して何処か16歳ぐらいに見える。そして彼女の後ろには、黒い穴があった。


少女の下半身がその穴の中にあり、少女がこのリビングを覗いているような形に

なっていることから、その穴はきっと少女が開けたものだろう。


「…アリア」


頭を手で押さえ、涙目になりながらその少女に向けて呼ぶものは、名前だろうか。

アリア。どこかで聞いたことがあるような…。


(アリア…言ノ葉綴リビト?)


そう心の中で発すると、その声が聞こえたかのように

その…アリアの顔がこちらを向いた。


「はい。私、アリア、1番目の、言ノ葉綴リビト。」


そう返事したアリアは、やっぱりいつぞやでダイアナが出した名前の

言ノ葉綴リビトで合っていたようだ。


「アリア…どうして、ここに。」


未だ頭を手で押さえたままのダイアナが問う。するとアリアは穴から飛び出た。

そして左手で、ダイアナに一通の手紙を渡した。


「招待状、お茶会、参加、する」

(お茶会の招待…?)


手紙の封筒をぺり、とダイアナは丁寧にはがし、中の紙を読む。


(ダイアナ、なんて書いてあるの?)


そうひょこ、とダイアナの隣で顔を覗かせた結翔はその手紙に目を通した。


(これは…)


アリアの、寄り添われた者の手紙…?



⦅言ノ葉綴リビトの“寄り添いビト”様へ


現在、異常事態が起こっています。物が、文字に変わってしまう事態。

貴方の所では起きていますか?僕の所では一週間ほど前に起こりました。


一気に物が文字へと成り果てているわけではないので、生じるのにも

時差があると考えて、貴方に手紙を送ります。


まず僕は、10人居る言ノ葉綴リビトが1番目、

「Aria(アリア)」の“寄り添いビト”、羽衣石朝陽ういしあさひと言います。


先程言ったその一週間前に、身の回りの物が文字へと変わっていきました。

その瞬間、滅多に感情を表に出さないアリアが、段々焦っていくのを見て、

その理由を聞いたところ、


「“あの人”が危ない」


そう言いました。アリアの言う“あの人”が、言ノ葉綴リビトの生みの親である

ということを、貴方は聞きましたでしょうか。


アリアいわく、“あの人”は、「言葉の化身」、「言葉そのもの」と言っても過言では

ないそうです。だから、言霊をその身に沢山持っている。物が文字になるのは、


“あの人”の力が暴走しているから。言葉を司るその力が暴走するという

ことは、“あの人”の身に、よくない何かが起きている。


そしてちょうど一週間前から、暴言者の力が強くなっています。そのことから、

暴言者に“あの人”の存在が知られ、中の言霊を奪われているのかもしれません。


僕達は元々、言葉が嫌いな、言ノ葉破ルモノでしたが、今、そんな僕達のために

尽力してくれている綴リビトのために、“あの人”を助けたいと、僕は思っています。


でも、僕とアリアだけでは言霊をきっと沢山食べているであろう今の暴言者に

立ち向かうのは無理なのです。


そこで今度、“お茶会”を開こうと思います。言ノ葉綴リビトと寄り添いビト。皆で

暴言者を倒して“あの人”助けるために、話し合いをしたい。そうアリアに


相談すると、「お茶会」はどうか、と提案されました。お茶会は本来、ただの

ティーパーティなのですが、こうやって色々な話し合いをする名目でも

使われるそうです。


どうか、“あの人”を助けるために。貴方がもし言葉が嫌いなままならば、無理に

来てとは願いません。貴方の傍の綴リビトが嫌がるのなら、無理強いは


しません。だけど、もし、ほんのすこし、「助けてあげたい」と想ってくれている

のなら、そのときは。

                              羽衣石 朝陽⦆



(羽衣石朝陽…が、君の寄り添いビト…?)


手紙を読み終えた結翔がアリアへと、顔ごと視線を再び向ける。


(それに寄り添いビトって…寄り添われた者、って言うんじゃないんですか?)


読んでる最中に生じた疑問をアリアに聞く。ダイアナからは

綴リビトに更生させられる者を「寄り添われた者」と聞いたが、

この朝陽…さんからは、「寄り添いビト」と書かれている。


「寄り添いビト、今、綴リビト、寄り添う、寄り添ってる、人、指す。

寄り添われた者、昔、綴リビト、寄り添う、寄り添ってた、人、指す。」

(ええっと…?)


とぎれとぎれに出される言葉は、アリアがこういう口調だからなのだろうが、こう

少し途切れ途切れだと、聞いて理解がしにくい。


「…つまり、現在進行形で私達綴リビトに寄り添われている人を寄り添いビト、

昔添われてもう今は添われない人を寄り添われた者という。」


ダイアナが戸惑った結翔に、素早くどういうことかを説明した。こういうときに

素早く教えてくれるものだから、昨日の説明の時もありがたかった。


「……それより、アリア。どうしてココが」

「一昨日、強い、暴言者、倒れる、倒れた、ダイアナ、倒す、倒した、分かった」


訝いぶかししげに尋ねるダイアナに、アリアが淡々と答える。つまり、一昨日

ダイアナが空腹で倒れる前に倒した暴言者をアリアが発見して、

そこにダイアナの気配を察知した…と、いうことだろうか。


「ちょうど、朝陽、招待状、出す、言った、私、行く、ダイアナ、

一昨日、気配、察知する、した、辿った」

(辿った?)

「アリアは…ワープが出来る。今アリアの後ろにある穴で。」


だからダイアナの残した気配を辿ってワープしてきた、ということだろうか。


「招待状、朝陽、肝心、日時、場所、書く、忘れた、言った、私、伝える」

(あ、ホントだ、日時も場所も書かれてない…)


ダイアナや、朝陽さん曰く反応が乏しいアリアも過剰に反応するほどの異常事態なの

だから、きっとその朝陽も焦っていたのだろう。


「茶会、明後日、やる、やります、場所、朝陽、家、地図、あげる、あげるます」

(あ、あげるます…?)


そう言うと、アリアはエプロンのようなスカートのポッケから小さく折られた地図を

取り出し、器用に広げた。見た感じ、どうやら手書きの地図をコピーした

もののようだ。書いたのは、きっと朝陽だろう。


(明後日…)

「時間、朝、9時、早め、良い、朝陽、言った」


9時は少し早いが、寄り添いビトや綴リビトの紹介をするのは話し合いで

必須だから早めに取ったのだろうか。


「明後日…明日は、無理」

(まぁ、この異常事態だから明日の方が、…今日の方が、良いんだろうけど…)


今準備しろとさすがに言われたら困る。今日は土曜日。明後日は月曜日だが、

祝日だ。その朝9時にお茶会が始まる。この地図は自身の家の近くのスーパーから


出発した場合となって書かれているから、今この時アリアが気配を辿ってくるまで

家がわからなかった、ということだろう。…分かったら怖いけど。


「伝える、終わる、終わった、私、帰る、帰ります」

(えっ?!あ、はい…)


フイ、と穴の方へ体ごと向き、穴に入ったアリアを見送る。相変わらず黒いその

穴は、恐らく朝陽さんの家に繋がっているのだろう。


(えっと、じゃあ…また明後日…?)

「はい」

「…皆、来るの」


手を振るアリアに、ダイアナが聞いた。それは少し、心配したような声だった。

綴リビトに誰か、不安な者がいるのか。


「全員、来る、分からない、分かりません。」

「やっぱり…」

(やっぱり?)

「綴リビトは、いつもバラバラに動き回る。海外に居ても、おかしくない」

(そっ、か…)


この異常事態で、はたして言ノ葉綴リビトも、寄り添いビトも、

揃うことができるのか。それは明後日、判明するだろう。

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