第3話 お腹が空いて

ふと思い浮かんだ疑問は、頭の中の思考回路から、記憶の引き出しに閉まい、

の声に出すことはなかった。代わりに、別の疑問を出した。


(そ、っか…あ、そうだ、ダイアナ、寄り添うってことは、ここで…?)

「暮らす。ことになる。」

(やっぱり…)


自分で拾ってきたくせに、暮らす、となっては困惑してしまった。けれど暴言者から

自分を守るためだから何も言えない。


(ダイアナは…どうしてあんなところで倒れてたの?)

「お腹が空いてたから…?」


何故疑問形なんだ、というのも取りあえず閉まっておこう。


(ていうか、お腹空いてて倒れてたなら…)

「今も空いてる」


その割には鳴らないお腹をさすりながら、キリッと言うダイアナに、困惑を通り越して

そろそろ“呆れ”になりそうだ。


ダイアナを拾ったのは夕方の、下校の時。5時だ。今はとっくに7時になっており、

春とは言えまだ冬が残る5月の上旬は、ほんのり外が暗くなっている。


(…じゃあ、御飯、食べますか…)


その間にダイアナにはお風呂にでも入ってもらおうかなと思った。しかし改めて見た

ダイアナの体の傷に、再び疑問が生まれてしまう。


(なんで、傷だらけ…)

「“最後の”暴言者と戦ってた」

(最後?)

「私はさっきまで、他の人に寄り添ってたから。その人が言葉を好きになって

くれたから、最後にまとめて、心に巣くった暴言者を一掃してた」

(い、一掃…そのワンピースは?)

「その人がくれた。別れたときに貰った。娘のおさがりだって。」


どうやらそれを貰って着て、そのままお別れしたようだ。そして彼女は暴言者と

戦い、傷だらけと空腹になった。しかし別れたため帰る場所もなく、倒れたそう。


(ダイアナ)

「ん、」

(じゃあ、先にお風呂、入ってもらってていい?)

「わかった」


こくり、と頷いたダイアナに、今いるリビングから廊下につながる扉を開けて、

まっすぐ進んで一番奥がお風呂場だよ、と伝えた。


きちんと伝わり、ダイアナはすたすたと歩いて行った。ダイアナが最初倒れて

寝ている間にお風呂は洗って沸かしてあるから、きっとダイアナは入れるだろう。


入り方もわかる…よね?



(何にしよっかな…)


リビングのすぐそばにあるキッチンに来て悩むのは、今日の晩御飯だ。いつもは

帰り道考えながらスーパーに寄って、そこで今日は何にするか決めながら買う。


実家はそこそこ裕福だったからか自分も金銭感覚が多少おかしいらしい(同級生曰く)

確かに最初スーパーの野菜などの安さに驚いたけど、特売のときにわざわざ走る…


ほど、主夫にはなっていない。タダでさえ安いのに、もっと安くなってしまったら、

買った自分はバチが当たりそうだ…。


はぁ…。


何気なく、一人ため息をついた。



ー結局今日の晩御飯は、シンプルにカレーにした。うどんもいいな、とは思った。

空腹のときは、気分が悪い。そんなときおもいものを食べてしまえば胃に


ストレスがかかる。だが、相手は不老不死だ。というのに

甘えさせてもらって、カレーにした。


(甘口で大丈夫かな…?)


人参にんじんの皮をむきながら思う。見た目は子供で、大体11歳ぐらいの

ダイアナ。一体いつから不老不死で生きているのかは分からないが、ここまで生きて

いればさすがに辛口の方が良い、のだろうか。


(まぁ、辛口用意して逆に無理な方が手間がかかるし…)


自分は高校生ながら、いまだに辛い物が食べられない。ロシアンルーレットをする

ならば、自分はすぐにでもバレてしまうだろう。


…あまりの辛さに。(実際は子供でも食べれる辛さ)


次にじゃがいもの皮を向きながら、色々なことを整理した。

暴言者に、破ルモノ、寄り添い、綴リビト


“あの人”。


ダイアナは、沢山言霊を持っていると言っていた。名前を、姿を言わなかったのは、

自分に伝えてしまえば、中にいる暴言者が聞いて、探しに行ってしまうから


だろうか。暴言者にそこまでの知性があるかはわからないけれど、もしそうなりでも

したら大変だ。自分が聞いたせいで、誰かが犠牲になるのはシャレにならない。


トントントン、と人参を切る。我ながらのリズムの良さに、気付けば鼻歌をしていた。

といっても、実際にしているわけではない。自分の抱える心因性の…


失声症しっせいしょう”と呼ばれるものは、鼻歌も出来ないのだ。自分が

唯一、声を出せるのは咳払いで、それでさえも稀に。だから声が出なくて


聞こえなくとも、脳内で鼻歌を再生している。もしダイアナがいても、きっと

聞こえない。声がないから。でも心が読めるなら、歌ってる?とでも言われそうだ。


次は豚肉を一口サイズに切って…とやっているうちに、鍋の中ではルーと共に

コトコト音を立てて野菜とお肉がダンスしていた。…物の例えだけど。


(ダイアナ、そろそろあがってくるかな…)


そう思った矢先。



「「「「ターーーーーオーーーーーーーールーーーーー」」」



と、先程出会ったばかりでも予想がつかないほどの声量で、

風呂場から声が聞こえた。


(タオル…?)



……あ。



(ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)


やってしまった。タオルと、着替えを用意するのを忘れていた。

すっかり今日の晩御飯に気を取られて…。


(ゴメン!今!用意する!)


この心の声がダイアナに聞こえていると信じて。慌てて廊下の壁についた

クローゼットを開け、ダイアナでも着れる自分のおさがりの服(もちろん男用)に

タオルを持って、一目散にお風呂場へと向かった。



(おおおおまああああああたああああああああせええええええええええええ)


と、心の大声を出しながら思いっきり風呂場前の洗面所ドアを開ける。


「あ」

(?!)


ドアを開けるとダイアナが立っていた。…すぐ前で。裸で。春とはいえまだ

寒いのだ。タオル、とだけ言って、てっきり風呂場にまだいるのかと思っていた。

・・・確認しなかったのが悪いんだけど。


(ごごごごごめん!今出てく!すぐに出てく!)


慌ててギュ、と目をつぶり、瞬間で洗面台に服とタオルを置いて今度はまた

うってかわって違う意味でキッチンへと一目散に走った。ア、ドアシメテナイ…


先程のことで思考がゴチャゴチャになる。それを振り払うために、一心不乱に

料理をした結果、カレー以外にも何品か出来てしまった。


(はんば謎の八つ当たり気分で作ったけど、これは…)


ツナとレタス、トマトのサラダに、鰹節かつおぶしの乗ったほうれんそうなど。

自分は何を隠そう軽度のベジタリアンなのだ。


「ご飯何」

(うおあっ?!)


そろそろかな…とカレーの鍋の蓋を開けたところで真後ろから聞こえた声に、思わず

肩が飛び跳ね、蓋を落としそうになった。声が出たころの名残だからか、


声は出ずとも大きく口を開けてしまった。出るのは所詮しょせん息だけだけど…

心の声も共鳴して大声をあげてしまったが、ダイアナは大声、大丈夫なのだろうか


(さっきの風呂場の時もそうだったけど…)

「驚おどろきすぎ。大げさ」

(ま、真後ろから話しかけないで…気配を消してこないで…)


ガタガタガタ、とみっともなく蓋を持つ手を震えさせながら振り向く。


(あれ、髪自分で乾かした?)

「うん。すぐ乾かしたかったから。探した」


拝借しました、という言葉に、お、おう…となりながら、おたまで鍋の

中身をかき混ぜる。うん、いい香りだ。


「カレー…甘口?」

(そうだよ)

「私、辛いの嫌い」


苦手、ではないのだろうか?どちらにせよ、甘口でよかったようだ…。皿を二つ

用意して、おたまでカレーをすくう。米は高校へ行く前に炊いた。と言っても、


炊いたのは朝だ。とてつもなく冷たい米になっているが。あいにく猫舌なので、その冷たさがカレーの熱さとの効果がバツグンにマッチする。


「いただきます」

(いただきまーす…)


カチャ、カチャとスプーンと皿、箸はしを持ち上げる音“だけ”が響く。

・・・会話が、ない。


(ダイアナ、質問があるんだけど)

「‥‥」

(ダイアナ?)


沈黙を破るために、自ら話を切り出すも、ダイアナから返事がない。カレーに

向いていた目線を持ち上げ、ダイアナの方を見る。


(あ、…)

「…」


ダイアナは頬をリスのように頬張らせ、こっちにむかってパーを出していた。

ストップ、という意味だろうか。


潔く待っていると、口をモゴモゴさせて飲み込んだ後、傍に置いていた

水を流し込んでいた。


(…えと、良い?)

「うん。」


落ち着いたようで、今度はリスにならない程度でカレーを食べ、サラダと

ほうれんそうを頬張る。余程空腹、だったからまぁいいのだけれども。


(さっき、Keyを渡されたけど…)


十字架に似た形の、木で出来たKeyを握りしめる。紐ひもが着いていたので、

暴言者などの説明を受けた後、自身の首にかけていたKey。


(これ、どうやって守ってくれるの…?)


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