第19話 経験の差

17時まで、あと13分。ダイアナから暴言者の急所(殺し方)の説明と、

休憩時間に、アリアからは綴リビトの欠席者について聞いた。


休憩が終わり、蓮とシャーロットはイザベルとジョシュアが作った部屋へ、

ジョシュアと共に移動した。


アリアと朝陽は弓矢の練習を再開。的に当たる気持ちいい音が聞こえるが、

たまに朝陽の「あれぇ~?」という声も聞こえた。


そして自身とダイアナは実戦だ。イザベルが監督してくれるらしく、

そばで紅茶を飲みながら座って見ている。


「貴方、実戦経験はあるのかしら?」


ふいに、そう聞かれた。


(部活での試合とかではありますけど、レイピアじゃなくてフルーレで、

しかもこんな本格的ではなかったので…ない、です)


当然ではあるけれど。むしろ学校の試合をガチでしたら世界中から批判殺到、

挙句の大炎上。そして実戦した人が病院行きになりそうだ。


「そう…、じゃあ、貴方、一回ダイアナの攻撃を受けてみなさい。」

(えっ?)

「言ったとおりよ。今からダイアナが一回、攻撃する。

それをレイピアで防げるかしら?」


そう言ってイザベルは紅茶を一口飲んだ。ダイアナは短剣だ。遠距離まで届き、

刀身は普通1mもあるレイピアと違って、なるべく距離を詰める必要がある。


いくら暴言者と戦っているとしても、それを見れれば受けることは

出来るのではないだろうか。


(わかりました…?)

「ええ。じゃあダイアナ、自分の好きなタイミングで仕掛けなさい」


それにダイアナが頷くと、右手に短剣を持ち、構えた。

それに合わせて自身も右手に持ったレイピアを握り直し、姿勢をとる。


レイピアを持って構える際は、持っていないほうを背中に回す。

なので右手だけで戦うことになる。右手だけで攻撃も防御もするのだ。


「………」

(!?)


ふと、ダイアナの姿が消えた。それを認識してレイピアで受けようとしたとき、

すでにダイアナの姿は目の前にあって、短剣は自身の首に突きつけられていた。


「勝負アリね。ま、わかっていましたけど。」


そう言うとジェシーは紅茶を持ちながら立ち上がり、こちらまでくる。

するとダイアナは自身から距離を取った。


「ダイアナの短剣は近距離で効く。暴言者と戦うときも、一瞬で距離を

詰めなければならないのよ。それをダイアナは、数百年繰り返してる」

(!)

「ようは経験の差よ。何度やっても出来ない、ということは稀にあるけれど、

そうでなければ、経験数・時間・練習による努力で上達するものなの」


そう言ってイザベルは黒い手帳を取り出し、鋏を出した。黒くて、

地面から自身の膝まである大きい鋏。これがジェシーの武器だろうか。



「例えばこの鋏。学校の授業で鋏を使う人よりも、裁断をよくする人の方が、

鋏で切るのは早いでしょう?」


そう言うとイザベルは鋏をジョキン、と鳴らした。怖。


「アリアの持つアーチェリーもそう。弓を引くときってね、ものすごく

力がいるの。素人が引いても、大体あまり弓は矢をつがえて構えて、伸ばせる

距離まで行けないわ。でも、アーチェリーの選手とかはその距離まで引けるし、

的に合わせたりする時間を除けば、すぐ射ることが出来る。」


そう言いながら、イザベルは鋏を手帳へと閉まった。

閉まったといっても、光の粒粒つぶつぶになって手帳へと返っていったのだが。


「そういえば、貴方はその重いレイピアを軽々と持てているわね。

さっき“部活”と言っていたけれど…」

(あ、フェンシングの部活です)

「フェンシングならフルーレか、エペか、サーベルね。フルーレとエペは

1kg以下で、サーベルはさすがに本物ではないわよね。だから1kg以下になるわ」


そのレイピア武器なんだから本物ね。1kgになるわ…と何やらブツブツ言い始めた

イザベル。ダイアナの方をそっと見ると、ダイアナは自身の短剣を何やらジッと

見つめている。


「その…、本物とかって、使ったことあるのかしら?」

(ないです。家でレイピアの偽物…レプリカを使ってました。)


そう答えるとイザベルはあぁ…と納得したように一人小さく頷いた。


「レプリカなら、重さも再現したものがあるわね…。あれどうやって

作ってるのかしら」


知らないです!と言いたくなる自身の心の声を抑え、

イザベルの言葉の続きを待った。


「なるほど、1kgのレイピアを軽々と持てているのは、家でレプリカを

使っていたからなのね。それなら納得が行くわ。」


そう言うと再び頷いたイザベル。


「そこまで練習したんだったら、レイピアを使って腕を動かすことによる疲労は

あまりないわよね。それなら、ダイアナの速さにその重いレイピアで

追いつけるようになるべきだわ。」


確かに、重いレイピアを動かすとなると、手首だけじゃなく、腕も疲れてくる。

しかしレプリカと言えど1kgあるレイピアで練習してきたので、


ちょっとやそっとじゃ重さで手が限界になることはない。問題は、その重い

レイピアでダイアナの速さに追いつかなければならないということだ。


「うん、いくら重いレイピアを軽々と持てていて、重さなんて気にしていなくても、

ダイアナに追いつけなければ意味はない。ダイアナは綴リビト。綴リビトの速さに

ついていけなければ、強い暴言者にすぐ殺されてしまうわね。」


綴リビトに追いつかなければ殺されてしまうというのは明白で、自身もその考えは

あった。実際、ダイアナの動きが目視出来ても、体が追いつかなかったり、

最悪気付けなかった場合が大変だ。


「実戦は経験。まずは、ダイアナの攻撃を受けれるようになるの。そして

自身からも攻撃を仕掛けていく。受けれるようになるということは、その攻撃速さ

慣れたということだから。」


そこまで言うとイザベルは朝陽の元へ行く。時間は残り5分。そろそろ

帰らなければならない時間だということを、時計が示していた。



「なるほど。確かに速さに追いつくことは大事だな。勉強もそうだ。」


イザベルの呼びかけでジョシュアと共に部屋から帰還した蓮はそう言った。

帰る用意をするために通り道から2階へと戻る最中に、イザベルが話したのだ。


「俺は爆弾だが、シャーロットからまず洞察力が大事だと言われた。」

「どの瞬間で投げれば当たるかを、瞬時に見極めなければなりませんからね~」


ハンドボールと一緒ですよ~と言うシャーロットは、ずっとニコニコしている。

ハンドボールでボールを受け取ったとき、そのままゴールを突破するとなると、


どこに投げればキーパーという壁を超えてゴールに入るか。それを瞬時に

考えなければならないボールを投げる瞬間に。


洞察力とは、「物事の本質を見抜く力のこと」。 よく「観察力」と似た意味で

捉えられることがあるそうだが、


観察はあくまで、「表面的な部分を注意深く見る」行為。

洞察力は、「表面的な部分」を含め、さらにそこから「見えていない部分」まで

見抜いていく力。


ボールを投げる。その瞬間の間に、どこに投げ込めばキーパーの壁をもろともせず

ゴールに入るか見抜かなければならない。


はやく入れなければ、キーパーは動いてしまう。そうすればどこに入れればいいのか

再びわからなくなるため、その一発で決めなければならない。


蓮やシャーロットのような、投げる爆弾も、はやく投げなければ、暴言者は

動いてしまう。そうすれば、どこに投げれば当たるのか再びわからなくなる。


しかも手に持つのは爆弾。投げれば爆発ではなく、栓をピンと抜いた時点で、

爆発までのタイムリミットはすぐそこだ。その一発で命中させなければ。


そう話すシャーロットに、蓮は「さすが爆弾を使うだけあって…」と

感心しているが、朝陽はというと昨日の疑問符が一つ増えただけであった。

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