第2話 探偵団と依頼人
時計の針は夜の七時を回ります。いつも探偵団の定期会合は、水曜日と決まっています。
通常ですと、夜も営業をしている喫茶店ですが、今日は休業の看板を入り口にかけてあるので、店内には中嶋くんしかいない状況でした。彼は、コーヒーを煎れながら、仲間がやってくるのを待ちます。新しい依頼、それもとびきり不可解な依頼があったことをみんなに伝えたので、いつもとは違い、少し緊張しているようです。手慣れた作業も、なんだか
最初に顔を出したのは、宮城哲也くんでした。宮城くんは小学生の頃から目指していた医者になりました。現在はM市立総合病院の精神科に勤務しています。
身長は、中嶋くんより少し低いくらいでしょうか。若い頃から白髪が多く、短髪にしていますが、特に黒く染めているわけでもないので、中嶋くんと並ぶと、少々年上に見られがちです。色素の薄いその出で立ちは、どこか人間離れして見えますが、物腰の柔らかそうな雰囲気は、女性たちの警戒心を溶かすのにはうってつけです。そこに『医師』というキーワードがくっついたら、世の中の女性が放っておくはずがありません。
しかし、彼が興味を持っているのは人間の内面だけ。お付き合いした女性たちは、その異常な性癖に恐れをなして、逃げて行ってしまうので、未だに特定のお相手はいないようです。
「お疲れ様。疲れている顔しているよ」
中嶋くんが声をかけると、宮城くんは片手を上げてから、カウンターのいつもの場所に腰を下ろしました。
「病んでいる世の中だ。患者が多いから、定時で帰れた試しなんてないよ」
「商売繁盛って、なによりだろう」
中嶋くんは、慣れた手つきでサイフォンに収まっているコーヒーをカップに注ぐと、宮城くんの前に差し出しました。
コーヒーの香ばしいいい匂いが店内に充満しました。宮城くんは、さっそくカップを持ち上げると、コーヒーを一口飲みました。
「そういう繁盛はしたくないけれど」
二人が押し黙ると、カランカランという鐘の音が響いて、
島貫くんは、中嶋くんや、宮城くんと比べたら、線が細く小柄です。前髪を七三分けにして、丸くて大きな眼鏡をかけています。眼鏡が大きいのではなくて、山内くんの顔が小さいので、そう見えるだけかも知れませんが、どちらにせよ、不似合いであるということに違いはありませんでした。
作業服のような上着は
「ごめん、ごめん。店長会議が長引いちゃって……」
宮城くんの隣に座った島貫くんは、もぞもぞと荷物を抱えると、にこっと笑みを見せました。
「島貫が店長だなんて。そのホームセンター、大丈夫なの」
「宮城~。そんなこと言わないでよ。僕の店は、系列の中では断トツ売り上げトップなんだからね」
「島貫は、昔から手先も器用だし、アイデアマンだったもんね。中学校の文化祭の時も、島貫の企画で、女子たちが大盛り上がりだったじゃない」
中嶋くんは島貫くんの目の前にオレンジジュースを出します。島貫くんは、嬉しそうに目を輝かせました。
するとまた、鐘の鳴る音がして、二人の男が入ってきました。一人は、お腹がぽこんと出ている背広姿の
雉子波くんは、坊主に近い短髪にしていました。切長の目は、彼を知的に見せます。それに輪をかけて、お堅いイメージの銀縁眼鏡は、同じ眼鏡でも、島貫くんとは正反対です。
彼はM市役所に勤めています。もともとアニメが大好きなヲタク気質があり、趣味を継続するためには、お金と時間が確保できる安定した職業がよいということで、地方公務員の道を選んだのでした。
雉子波くんは、目を細めて店内を見渡すと、それから島貫くんの隣に歩み寄りました。
「遅くなった。遅くなった。仕事は終わらないからねえ。仕事を途中で切り上げるってさ。その昔、ファミコンしていたら、母さんにブチギレられて、掃除機でガツンガツンやられてさ、なんかバグっちゃった時の気持ちになるものだよな」
「仕事とゲームを一緒にするなんて。もの好きだね」
島貫くんは、少し躰をずらして雉子波くんを座らせますが、ドシンと音がして、椅子が揺れます。店主である中嶋くんは、肝が冷える思いをしているのか、顔色が悪くなりました。
その後ろから入ってきた大柄で筋肉質の男の人は、久保貴志くんです。
久保くんの茶色のつなぎ服は、どことなしか薄汚れていて、首には、黒く汚れているタオルをかけています。短く切りそろえられた髪は、雉子波くんとは対照的に黒々としています。顔のパーツが大きいせいか、躰が大きいせいか、彼がそこにいるだけで、物凄い熱量を感じさせました。
久保くんは、ダンプカーの運転手をしています。昔から車が大好きで、若いころは徒党を組んで、バイクで走っているところを、警察に補導されたり、車で峠越えをして、警察に追い回されたりした経験豊富な過去を持っていました。
「お、みんなそろってるじゃん」
久保くんは、宮城くんの隣に腰を下ろすと、彼を挟んで隣に座っている島貫くんに声を掛けました。
「今日は、奥さんになんて言って出てきたんだよ? 島貫」
「美佐子は夜勤だから。大丈夫だよ」
「美佐子、美佐子ってよお。濡れ落ち葉かよ」
「からかうなら聞くなよ。それに、言っときますけど、バツイチの久保には、言われたくないね!」
「なんだと!」
間に挟まれた宮城くんは、顔をしかめます。二人の喧嘩が始まりそうになったのを止めようと、中嶋くんは敢えて明るい声で言いました。
「今日もお疲れ様でした! 全員集合です。さあ、諸君! 元少年探偵団に、次の仕事の依頼がきているよ!」
久保くんは、中嶋くんの言葉に「お、それな!」と手を叩くと、島貫くんとの喧嘩など忘れたように笑顔を見せます。それから五人は顔を見合わせて「うん」と力強く頷き合いました。
そうなのです。ここに揃った五人は、小学校からの親友。そして遊び仲間。そして数々の小さい事件を解決してきた元少年探偵団なのでした。
一時は、進学などで離ればなれになった時期もありましたが、五人は再びこうして、探偵団として集っているのです。
「で? 今日はどんな案件なの」
宮城くんの問いに、中嶋くんは「待っていました」とばかりに嬉しそうに笑顔を見せます。
「実はね。困っている女性がいるんだ。ここで探偵団に依頼ができるって、どこかで聞きつけたらしい。——もうすぐ、彼女が来るはずなんだけれども……」
中嶋くんが最後まで言い終わらないうちに、鈍い鐘の音が鳴って、女の人が一人、姿を現しました。昼間、お店にやってきた女性です。
彼女は純白のワンピース姿でした。残暑も厳しい時期ですが、そろそろ秋の気配も漂っている梅沢市です。夜は少々、肌寒くなりつつある季節ですから、そんな彼女の姿は、夜の闇に浮かぶ妖精のようだな、と中嶋くんは思いました。
漆黒の瞳に、漆黒の髪。瞳の色はどこか影があり、その輝きは色あせて見えます。そんな儚げな出で立ちに、そこにいた中年の男子たちの視線が釘付けになったということは、言うまでもありませんでした。
「藤原小夜子と申します」
彼女はそう名乗りました。
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