第1話 金魚という名の喫茶店
元自称少年探偵団、もとい、おじさん探偵団が活動をしている町——M市は、田舎の都市です。大きすぎることもなく、小さすぎることもありません。呑気で穏やかな雰囲気が漂う場所でした。
町は山々に囲まれて、冬は寒く、夏は暑い。盆地特有の気候の中、果物や米など農作物は多く育つところでもありました。
中嶋大介くんが経営する喫茶店は、駅から徒歩十分のところにありました。目の前には、小さいながらも、緑に覆われている公園があります。飲食店が並ぶその界隈で、なんだか妙な気分にさせられる公園です。まるで、ポッカリと、そこだけが別の世界のように見えるのです。
店はとても古いものです。剥き出しの、鼠色のコンクリート製の壁面は、いくつかのヒビが入り、ナツヅタで半分くらい覆われています。
木製の扉は、色褪せていて、ところどころワックスがはがれています。銅製の取っ手に施されたメッキも、同様に剥げている様子がありますが、長年、人の手でなめらかになったそれは、とてもツルツルとしていて、心地よい感触でした。
そんな扉の脇に掲示されている、小ぶりな木製の手作り看板には『
看板は、手先の器用な友人である
扉を開けて、店内に足を踏み入れると、そう広くはありません。なにせ、中嶋くん一人で切り盛りしているような店です。いっぺんにたくさんのお客さんが入ると、それはそれは、困ったことになります。
店内に置いてある椅子の数は十五脚。そのうち、カウンターには五席分の椅子が置かれていて、他には、四人掛けの席が一つと、二人掛けの席が三つ。たったこれだけの喫茶店なのです。
ですが、狭い店内のおかげで、中嶋くんは、お客さんたちとの会話を、気軽に楽しむことができました。
もともと、中嶋くんは、とても温和な性格で、物腰柔らかな雰囲気を持っているため、女性に大変人気がありました。
中嶋くんは長身で、それでいて太り過ぎず、痩せ過ぎずの体型です。白いシャツに、黒いベストをつけ、そして、更に黒いエプロンを着用していました。栗色の波打った髪は、
今日も店内は、平日であるにも関わらず、女性のお客さんで賑わっています。
「マスター。先日、相談に乗ってもらった件、本当にありがとうございました」
カウンターに座る女性は、中嶋くんに頭を下げました。
「橋本さん。それはよかった。余計なことをしたのではないかと。心配していたんです」
「そんな、とんでもない。マスターにお話しを聞いていただいただけで、気持ちが軽くなったんですよ。私も勇気を出して一歩を踏み出すことができました」
橋本さんは、なにやら悩みがあったようです。そうして、中嶋くんに相談をして、自分の気持ちに区切りをつけたということでしょうか。彼女は大変、嬉しそうに頭を下げてから店を後にしました。後には、ケーキの箱が置かれています。橋本さんのお礼の気持ち——というところでしょうか。
こうして、中嶋くんは店にやってくる女性たちの相談相手になります。そんなことが口コミで広がって、今では悩み相談をしにやってくる女の人は、少なくありません。中には、話を聞くだけでは解決しない悩みもあります。そういう時は、決まってとある手段を取るのですが……。
カランカランと銅製の鐘の音が鳴ると、来客の合図です。中嶋くんは「いらっしゃいませ」と顔を上げました。そこには、初めて見る女の人が立っています。
真っ白いワンピース。漆黒の長い髪。どこか顔色は蒼白で、生気の感じられない女性でした。彼女は、中嶋くんのところにやってくると、思いつめた表情で黒いカードを差し出しました。
「あの。探偵団への依頼はこちらで、とお聞きしたのですが——」
中嶋くんは笑みを消して、それから神妙な顔つきになり、静かに頷きました。
「どうぞ。こちらに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます