第11話 襲撃



「影男爵なんて、本当に現れるのだろうか?」


 LEDライトを照らしながら、長い廊下を歩く中嶋くんは、そう呟きます。後ろを歩いていた宮城くんは「さあ」と気のない返事をしました。


「悪戯かも知れない。しかし、本当かも知れない。僕には、この家には、がいるような気がしてならないんだ」


「奇妙なもの?」


「そうだ。今はまだ、うすぼんやりとしていて、わからないけれど……。居心地が悪い。なにかがおかしいと思わないか」


「それは、おかしいとは思うけれど。お金持ちの家にはありがちじゃないか? 家族なのに、家族じゃないような違和感。生活感のない邸内の様子——」


「そして、これだ」


 宮城くんは、ふとライトを壁面に移しました。そこにはぼんやりとした白い光に照らされた、なんとも薄気味悪い、あの真っ黒な絵が飾られていました。


「まるで暗黒——。宇宙のような一面の暗闇というよりは、なにかを覆い隠すような——。なにを描きたかったんだろうね。宜臣まさなおは」


 大きな暗黒の絵画を見上げた宮城くんの横顔を眺めながら、中嶋くんは口を開きました。


宜臣まさなおって人は、今回の件をどう思っているのだろうか。真夜さんが、今回の件を知ったということは、一緒にいる宜臣まさなおにだって、伝わっているはずだろう? 自分の家が、娘が狙われているというのに、なぜ、彼は姿を現さないのだろうか」


「そう言えば、雉子波きじなみも彼のことをちょっと調べてみるって言っていたけれど……どうなったんだろうかね」


「さてね。しかし市役所の職員という奴は、特権でそんなことができるんだ。いいねえ」


 中嶋くんは腕組みをして深々と何度か頷きましたが、宮城くんは首を横に振りました。


「そんなことがバレたら処罰されるだろう。軽々しく口にしちゃダメだ」


「だけどさ……」


 中嶋くんの話を途中に、宮城くんはしゃがみ込みました。


「なに?」


「いや。——なんだろう? これ」


 宮城くんは床を指でなぞってから、指先についた粉をじっと見つめました。すると——ピー! とけたたましい警笛が鳴り響きました。二人は、はったとして顔を上げます。どうやら、笛の音は階上から響いてくるようです。


「急ごう!」


 中嶋くんは、宮城くんと一緒に階段を駆け上がりました。宮城くんは、咄嗟に腕時計に視線をやります。まだ予告時間前のはずですが——。


 二階の廊下に躍り出ると、窓から差し込む月明りの中、真夜さんの姿が見えました。中嶋くんたちとは反対の廊下からは、雉子波くんと島貫しまぬきくんが駆けてきます。


「どうしました?」


「真夜さん!」


 彼女は気が動転しているようです。みんなが駆けつけても、我を失ったかのように、警笛を吹き続けています。


「真夜さん! 大丈夫です! 大丈夫ですよ」


 中嶋くんが、彼女の元に駆けつけてから、そっと声を低くして何度も言い聞かせると、彼女は瞳の光を濃くし、それから中嶋くんを見据えました。


「な、中嶋さん……っ!」


「なにがあったんですか? 久保は? 久保はどこに?」


 彼女はまるで死人でも見たかのように、顔を真っ青にして事情を説明しました。彼女の話をまとめるとこうです。


 みんながバラバラになった後、彼女は久保くんと、この二階の探索をしていたそうです。一つ目、二つ目の部屋に差し掛かった時。いきなり、久保くんが、後ろから襲い掛かってきたと、いうのです。彼女は自らの護身術を駆使して、なんとかそれを交わし、彼に催涙スプレーを吹きかけました。そうしたところ、なんと。久保くんは、久保くんの形をしておらず、全身真っ黒な出で立ちになっていたというのです。


 真夜さんは、大変驚きましたが、機転が利きます。あっという間に警笛けいてきを吹き鳴らしたのでした。ぞくは、それに驚いて、この暗闇の中、どこかに姿を消したというのです。


「久保は、久保ではなかった? もしかしたら影男爵の変装だった、とでもいうのでしょうか」


「そうに違いありません。久保さんとのお付き合いは短いですが、あれは確かに久保さんではありませんでした」


 小夜子さんたちの待つリビングに、再び集合したメンバー——久保くんを除いた——は、顔を見合わせるばかりです。あの予告状は本物だったのです。影男爵は実際にいるのです。現に真夜さんがそれを目撃したのですから——。


 それに、本物の久保くんは、どこにいるのでしょうか。まさか、この邸宅に入る前から入れ替わっていたとでもいうのでしょうか。



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