第12話 奪われた「大切なもの」




「気がつかなかった。久保は久保だった。あんなにそっくりに化けるなんてこと、できるわけがないじゃないか。ドラマでもあるまいし」


 雉子波きじなみくんは、一番混乱しているようでした。元々、真面目で、予想外のことが起きると混乱するタイプなのです。


「影男爵って、そういう意味だったんじゃないのか? 影のように誰にでも変装できるとか……」


「じゃあ、もしかしたら、ここにいる誰かに化けているという可能性もある、ってこと?」


 中嶋くんの意見に、島貫しまぬきくんは顔を青くさせます。こうなってしまうと、お互いがお互いを疑ってしまうからです。今までは、みんなで一緒にいたほうが安全だ、と思っていたはずなのに。信じられるのは自分だけということになるのです。


「もう時間がない。ここにいる誰かに化けているという確証があるならば、ここから何人たりとも出なければいいだけの話だけれど。もし、ここに紛れていないとしたら。ここにみんなが一緒にいることで、逆に奴には好都合。屋敷内を自由に闊歩かっぽできる環境になっているということだ」


「そんな。どうするんだよ。宮城」


「島貫。君も考えよう」


「そんなこと言ったって……久保に化けていた怪しい人物が、どこかに隠れているのか、それとも誰かになりすましているのかは、どれも不確定なことでしょう? 考えるって言ったって……。ひとつだけ確かなことは、この屋敷の中に、影男爵が入り込んでいるってことだけじゃないか!」


「ここにいる全員が、本物であるということを証明するのは、不可能でしょう。私は久保さんとは、そう面識はありませんが、それでも、ここにいた久保さんは、久保さんに見えました。怪人影男爵は、巧妙に、他人になりすますことができるという証拠です。ここで互いに疑い合っても、それはそれで相手の罠のような気がしてなりません」


 小夜子さんの意見はもっともなものです。真夜さんもそれに同意しました。


「でも、犯人が複数人いる可能性は比較的、低いんじゃないかしら。だって、ここにいる全員が入れ替わっている、もしくは大多数の人間が入れ替わるだなんてことは不可能ですし、意味もないことだわ。それに、ほら! もう時間になる——手遅れだわ」


 真夜さんがそう言った瞬間。リビングの柱時計の鐘が鳴り出しました。約束の時間、零時れいじを告げる鐘の音です。


 久保くんの偽物騒動で、混乱していて思ったよりも時間が過ぎていたということなのでしょうか。そこにいるみんなが、驚愕の表情を浮かべていましたが、成すすべはありません。結局、『大切なもの』がはっきりしていないのですから、守るとは言っても、どうしたらいいのかわからないのです。その場にいるみんなが一歩も動けずに、たたずんでいると、真夜さんが不意に声を上げました。


「見て!」


 真夜さんは傍にあるテーブルを指さします。そこには、影男爵からの予告状と同じ紙のカードが一枚、置かれていました。中嶋くんは慌てて駆け寄ると、それを取り上げます。


「大切なもの、確かにいただきました。怪人影男爵……」


 中嶋くんがカードを読み上げた瞬間。小夜子さんは、顔を真っ青にしました。そして、ぱっと部屋を飛び出していったのです。それを真夜さんが追いかけます。それに続いて、さかきさんや、髙橋さん、それから探偵団の四人も追いかけました。


 一体、いつの間に怪人影男爵はカードをテーブルに置くことができたのでしょうか。中嶋くんは必死に走りました。とてつもなく大きなものに、自分は押しつぶされてしまうのでないかと思っているのは、中嶋くんだけではないのではないか——。そう思ったのでした。




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