第1話 怪人影男爵の正体
カランカランと鐘が鳴って、扉が開きました。中嶋くんは顔を上げます。そこには、宮城くんが立っていました。
「なんだい。今日は」
「夜勤明けで非番」
「珍しいね。夜勤明けでも、帰れない日が多いのにね」
宮城くんは、カウンターに腰を下ろすと、ため息を吐きました。
怪人影男爵の一件は、警察には通報されませんでした。怪人影男爵は、絵の表面を引き剥がしては行きましたが、実質、なにも盗まれていないからです。強いて言えば、不法侵入、器物破損——というところでしょうか。小夜子さんは、その件については、被害届を出さないということにしました。
それから、怪人影男爵に利用された
なんと卑劣な怪人なのでしょうか。仲間に変装をして、いつの間にか紛れ込み、そして時期を見て、ぱっと姿を現したのです。探偵団が来る前から、屋敷になんらかの形で忍び込んでいたに違いありません。
「セキュリティ会社の社員を名乗る男が、リコールで機器の交換をしたい、と言って訪問していたそうだ」
昨日、小夜子さんが話してくれた内容を、中嶋くんは伝えます。
あれから、小夜子さんが、中嶋くんのお店に、寄ってくれるようになったのです。彼女は、何かに囚われすぎていたのかも知れません、と中嶋くんは思っています。彼女に必要なものは、自由なのですから。
宮城くんはコーヒーを飲みながら、その話に耳を傾けていました。
「その時は、影男爵が来る前で、願ったり叶ったりだ、と髙橋さんと話していたそうだけれど……。もしかしたら、影男爵が手を回したのかも知れないね」
「影男爵って奴は、用意周到だってことだね」
「セキュリティだけではないよ。あの絵。あの絵の表面を削ぎ落すには、それ相応の時間がかかるはずだ。もしかしたら、小夜子さんは、長期間、家を空けることがあったと言っていただろう?
「『彼』という表現は、時期尚早だと思うよ。男かどうかすら疑問だ。影男爵なんてものは、有名でも何でもない。一部の人間だけが知る存在だ。と言うことは、事の発端である真夜さんに聞けば、影男爵とは何であるのかを明らかにできるはずだ。僕はそこが興味深い。一体、影男爵ってヤツは、どこの誰なんだろうか?」
「影男爵の謎。そこが明らかになれば、ヤツの正体に近づけるかも知れない……ってことだね」
「そういうこと。だから——ほら」
客の来店を知らせる鐘の音が鳴り、中嶋くんが顔を上げると、そこには真夜さん。そして、後ろには久保くんが立っていました。
「いつの間に、そんなに仲良しになったんだい?」
中嶋くんの問いに、真夜さんと久保くんは、声を合わせて言いました。
「「たまたま、そこで一緒になったんだ(のよ)」」
宮城くんは口元を緩めて笑みを浮かべます。
「喧嘩するほど仲がいい。昔の人は、よく言ったものだ」
「なんだと?」
「どこが、仲がいいのよ!」
中嶋くんは、にやにやとしてから宮城くんを見ます。彼も呆れたような笑みを見せてから、「はい、そこまでね」と話を打ち切りました。
それから四人は、怪人影男爵についての意見を交換しました。まずは、怪人影男爵の予告状を作った真夜さんが知っていることを、明らかにしなくてはなりません。
「怪人影男爵って言うのは、父が作った架空のキャラクターなの。私が小さい頃に、父が手作りで紙芝居をこさえてくれて。父に後から尋ねたところ、どうやら自分が子どもの頃に読んだ本から、創作したものだったらしいの。今はもう、父はいないしね。父の作ったキャラクターなら、姉、いえ……母……えっと、紛らわしいな。母も、私の犯行だって気がつくのではないか、と思って、使ってみたってわけなの」
「小夜子さんは、犯人は、真夜さん——もしくは、藤原家の関係者が犯人かもしれない、と考えたのかもね」
中嶋くんが宮城くんを見ると、宮城くんは頷きました。
「だから本気で警察に、相談していなかったのかも知れない。影男爵というキャラクターを知っている人間は、他に誰がいるんだい?」
「
「小夜子さんのお母さんも、お亡くなりになっているし。過去に出入りしていた使用人の誰か。その誰かが、怪人影男爵の存在を知っていて、模倣しているってことなのだろうか。もしくは……」
中嶋くんの視線を受けて、宮城くんは「失踪している
「確かに。影男爵の姿かたちは、父に似ているような気もするけど……。父は、失踪する半年前に事故にあって、左足を引きずっているのよ。二階から飛んで、姿をくらますなんてこと、到底できないと思うわ」
「おいおい。難しい話は、わからねえな」
久保くんは、コーヒーを一気に飲み干すと、真夜さんを見ます。
「じゃあよう。ともかく。今まで屋敷に出入りしていた奴を、かたっぱしから締め上げて、吐かせればいいだけの話だぜ」
「だから。今、榊さんに調べてもらっているんだって」
久保くんは、おもしろくない顔をしています。元々、勉強が嫌いで、躰を動かしていることが大好きな子です。こういう話をしていると、すぐに飽きてしまうところは、小学校の頃から変わりがないな、と中嶋くんは思いました。
「おれが調べてやるよ。さっさとリスト出せよ」
「だから。少し黙っておけ。久保が入ると、話が滅茶苦茶になるから。黙っていましょう」
宮城くんに叱られて、久保くんは、ますますおもしろくない、という顔をしました。
「藤原家の関係者を洗うには、榊さんに頼るしかない。今は待つしかないでしょう」
久保くんはむすっとしたまま、「コーヒー、おかわり」とマグカップを差し出しました。
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