第4話 暗黒の肖像画



「しかし、解決してきたと言っても。小学校の頃は、迷子の猫の飼い主探し、学校の盗難事件、バレンタインチョコレート事件、給食のメダカ事件……。最近では、彼氏の浮気調査に、ご近所トラブル、紛失物や犬猫の捜索。おれたちは、大した事件は扱っていないんだぞ? 

 それなのに、こんな、怪人なんて。確かに悪戯かも知れない。だけど、悪戯にしては薄気味悪い冗談だ。やっぱり、この件は、警察に相談したほうがいいんじゃないか?」


 このメンバーの中で、一番、慎重派である雉子波きじなみくんは、不安げな表情を見せて、一同を見渡しました。探偵団の中に、「それもそうだろう」という空気が流れます。誰かが、なにかを言い出すのではないかと、お互いに視線を合わせて様子を伺っている中で、腕組みをしていた久保くんが「よっし」と声を上げました。


「おいおい。困っている人がいるんだ。みんな、協力してやろうじゃねえかよ。中嶋が言うように、おれはその怪人——なんとかって奴が本当にいるんだったら、見過ごせねえ」


 久保くんは、それから小夜子さんを見つめます。


「だけど、姉ちゃん。おれたちは素人だぜ。できる限りのことは引き受けるが、どこまでできるか、保証できないぞ。どうする?」


「警察は相手にしてくれませんでした。構いません。少しでも相談に乗ってくださる方がいるのであれば、私も心強く思います」


 彼女の返答を聴いて、久保くんは、みんなを見渡しました。


「おれたちを頼ってくれている人がいるんだ。どうだ? ここで引き受けないんじゃ、男がすたるぜ」


 久保くんの言葉にそこにいたメンバーは顔を見合わせてから、首を縦に振りました。


「よっし、やるか」


「やるからには、情報が足りないな」


「一度、小夜子さんのお宅にお邪魔したほうがいいんじゃないか。現場は確認しておいたほうがいいだろう」


「おれは仕事だ。休めないぞ」


 メンバーたちはそれぞれに押し問答です。そこで、中嶋くんが一つの提案をしました。


「明日の木曜日。藤原さんのお宅にお邪魔するのは、僕と宮城。で、どう?」


 宮城くんは「明日は夜勤で夕方からだから。いいよ」と頷きました。


「ともかく明日、僕と宮城とで藤原さんのお宅に行って、情報を集めてくることにしよう。まずは、その『大切なもの』の正体を見つけないと——だね」


 中嶋くんの提案にメンバーたちは、まちまちに首を縦に振りました。小夜子さんは、それはそれは、嬉しそうに笑みを浮かべて頭を下げて帰っていきました。


 こうして、元少年探偵団——おじさん探偵団は、この怪人影男爵の事件に巻き込まれることになったのでした。



***



 藤原小夜子さんは市内の住宅街に一人暮らしをしていました。屋敷には、使用人であるさかきさんと髙橋たかはしさんが住み込みで働いています。


 彼女のお父さんである、藤原宜臣まさなおさんは画家です。そう売れているわけでもありません。元々資産家だった藤原家の財力のおかげで食べていけるようなもので、画家業は正直に言うと、道楽のようなものです。十八年前にアメリカに移り住んでからは、ほとんど日本に帰って来ることはありませんでした。


 小夜子さんには、妹が一人いました。藤原真夜まよさんです。十八年前のある日。宜臣まさなおさんは、真夜さんと一緒に日本を出て行きました。小夜子さんが十九歳の年でした。それから、小夜子さんはこの屋敷で、一人で暮らしています。


 小夜子さんは、自宅の大きな廊下を歩いて行き、そして一枚の絵の前にたたずみました。その絵はとても大きいものです。小夜子さんなんてすっぽりと収まってしまうくらいの大きい絵画です。


 しかし、この絵を見た人間が驚くのは、その大きさではありません。画面一面が真っ黒に塗られているということです。灰色がかったような、それいで青みがかっているような黒です。黒の中には、うっすらと人物のような影が垣間見えますが、男の人なのか、女の人なのかは判断がつきません。絵の右端には、描いた人のサインが書かれています。


『MF』


 小夜子さんはその絵をじっと見上げていました。その目はガラス玉みたいにつやつやとしているはずなのに、真っ黒な絵が一面に移り込んでいて、白目も黒目もない、真っ黒な瞳がいっぱいに広がっているようでした。


「小夜子さん」


 名前を呼ばれた小夜子さんはゆっくりと視線を戻します。そこには使用人の髙橋さんが立っていました。


「喫茶店、いかがでしたか」


「マスターの中嶋さんは、とても紳士で、私の話を真面目に聞いてくれましたよ。明日、家にいらしてくれるそうです。ありがとう。髙橋さんに紹介していただいてよかったわ」


「そうですか。それならなによりです。なにか困ったことがあったら、そこに相談するようにと、行きつけのお店の方から聞いたもので。変な人たちだったらどうしようか、と心配していたんです」


「とってもいい人たちでしたよ。その方にお礼を言わないといけませんね」


「私からお礼をしておきます。少しでもお力になれたならよかったのですが——。しかし。怪人なんて、本当に現れるのでしょうか」


「さあ。どうなんでしょうね。悪戯であるといいのだけれど……」


「小夜子さまが昼間、喫茶店にお出かけになられた後、セキュリティ会社の方がお見えになりましたよ。リコールが出たので、機器の交換をしたそうです」


「まあ、そうなの。影男爵からの予告状もあるし。安心ですね」


「そうですね。——あの。それから、小夜子さま。真夜さまからお手紙が。影男爵の予告状のことを大変心配されているようで、一時帰国しますとのことです」


「まあ、真夜に影男爵の話をしたのですか」


「すみません——。ですが、とっても心配で……」


「髙橋さんは、心配性ですね。よかれと思ったのでしょうから、今回は咎めませんが、次からは私に相談してください」


「申し訳ありませんでした」


 いそいそと姿を消す髙橋さんを見送ってから、小夜子さんはもう一度、絵を眺めてから廊下を歩き出しました。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る