第8話 喫茶店での作戦会議



「どう思った?」

 

 中嶋くんの店は閉店中ですが、カウンターに座った宮城くんは、悩まし気に眉を潜めました。


「複雑だ」


「母親がいないってことか」


「いや。そうじゃない。小夜子さんの内面だ」


「またお前の悪いクセだ。相手の同意もなしに、中まで踏み込むことは、失礼だよ。それに今回の予告状と、小夜子さんの内面と、一体、どんな関係があると思っているんだい?」


 中嶋くんの呆れたような口調に、宮城くんは「悪い」と首を振りました。


「彼女には。そう思ってしまったら、聞かずにはいられなかったんだ。ごめん」


「僕じゃなくて、小夜子さんに謝るべきだよ」


「そうだな」


 宮城くんは、中嶋くんが煎れてくれたコーヒーを口にしながら続けました。


「しかし。藤原家は、家族としての形がいびつで、機能していない。専門用語でいうと、機能不全家族というものだね。父親は父親としての機能を果たしているのかどうか疑問だし、母親は早くにいない。小夜子さんは、かなり複雑な心境で成長したんじゃないだろうか」


宜臣まさなおって人は、随分、女性にだらしがないのかも知れないね。小夜子さんのお母さんとは、二度目の結婚だし。妹の真夜まよさんのお母さんは、別にいるって話だしね」


 中嶋くんは、コーヒーを煎れながら「ううん」と唸ります。宮城くんはカウンターのいつもの場所に腰を下ろし、そのまま頬杖をつきます。


「恋多き男性だったのかも知れないね。芸術家っていうのは、女性の心をくすぐるのかも知れない」


「宮城から男女の関係について話題を聞くことが出るなんて、なんだか新鮮だね」


「そう? 色々な人間の話を聞いているからね。別段、不思議がることはないと思うけれど。それよりも僕は、小夜子さんと真夜さんという姉妹の関係性が気になるね」


「確かにね。姉妹で父親の奪い合い——てところかい?」


「女性同士だと、複雑な思いがあるんだろうね」


「男同士だってそうだろう? 兄弟や父親に対する思いは複雑じゃないか」


「ライバルだからね」


 中嶋くんはコーヒーを宮城くんの前に置きます。


「しかし、自宅内をくまなく見させてもらったけれど、なんだか僕には、ピンとくるような品物は見当たらなかったな。中嶋はどうだった?」


「そうだね。さすが、M市内でのトップに名を連ねる高額納税者だよね。置いてある調度品や骨とう品は、高価なものばかりだ。その中で、異質な感じがするのは、やっぱり——」


「あの絵?」


「そうだね。当主である宜臣まさなおが描いたというあの絵。ねえ、あれだけが、突出して異色で、なんだか気味が悪いと思わないかい?」


「黒を基調にしていたね。様々な説があるけれど、黒っていう色は、高貴なイメージもあれば、喪に服すという意味もあるね。感情の抑圧、心の沈黙、人との距離……。役割を全うするなんていう、いいイメージもあるけれど」


 宮城くんは、まるで心がここにないかのように、ぼんやりとした瞳の色で「しかも、タイトルがね……」と、つぶやきました。


「ねえ。宮城。マグダラのマリアって、一体、なにを意味しているんだい?」


 中嶋くんが、そう質問をした時。扉が大きな音を立てて開きます。二人は、はっとして視線をやりました。なんと、久保くんでした。


「なんだ。まだ夕方だけれど」


「もう仕事終わったんだよ。今日は、現場近かったからな~」


 久保くんは、埃で汚れた作業服をパタパタとしながら、宮城くんの隣に腰を下ろしました。宮城くんは、ポケットからハンカチを取り出すと、それで口元を覆います。


「なんだよ~。ばい菌扱いするんじゃねえ」


「アレルギーなんだよ。別に久保を嫌っているわけじゃないでしょう」


「そっかよ~。ちぇ~。医者っていうのは難儀だぜ」


「医者だからって、一括りにされるような内容ではないと思うけれど」


「お前は、昔からそうだよな~。すました顔してよお」


「仕方ないじゃない。これが僕という人間の個性なんだから。君に、いちいち言われる筋合いはないと思う」


 中嶋くんは、久保くんの目の前にコーヒーを差し出してから「はいはい。やめようか」と声を上げました。


「昔からそうだよね。久保と宮城は、いっつも口喧嘩。なのに、いざとなると意気投合しちゃうんだから」


「お、お前も入るか?」


 久保くんを見て、中嶋くんは首を横に振りました。


「勘弁してよ。もうずっと付き合わされている方の身にもなって」


「ちぇ~。それよりも。今日、どうだったんだよ?」


 中嶋くんは、藤原家の様子、それから家族の内情について説明をしました。それを聞いた久保くんは「うーん」と唸り声をあげました。


「なんだよ。ばっらばらじゃねえか」


「離婚騒動を起こした久保には、言われたくないコメントだね」


「だからよお。つっかかるなって。おれだって、ダメージ受けているんだぜ? 優しくしろよ!」


 久保くんは、隣にいる宮城くんを睨んでから、腕組みをしました。


「しかし、なんだ? その黒い絵? それが怪しいじゃねえか」


「いや。確かに目を惹くんだ。それは間違いがない。しかし、価値があるのかどうかと言ったら疑問だ。それに、あの大きさだ。いくら怪人でも、盗み取るということは、かなり骨を折る作業になるだろう。影男爵は一体、なにを狙っているんだろうね? そしてその大切なものっていうのは、一体、誰の大切なものなんだろうか?」


「誰のってさあ。そ、そりゃよお。小夜子さんだろ?」


「そうとは言い難い。もしかしたら、藤原家としての大事なもの——なんじゃないのかな」


「そんなことを言われたら、もう収拾がつかねえじゃねえか」


「あのね。収拾をつけたいのは、自分がすっきりしたいだけでしょう? 謎は謎なんだから。自分の都合のいいように解釈するのはやめたほうがいいよ」


 宮城くんの言うことはもっともです。久保くんは、返す言葉もなくなって、だんまりを決め込みました。


「ま、とりあえずは、予告状に書かれているXデーの相談でもしようぜ。屋敷に入らねーようにすればいいんだろ? 屋敷の警備をすれば、万事オッケーだ」


 久保くんは偉そうに胸を張って言い切りました。確かにその通りかも知れません。狙われている物がわからなくても、なにも盗られなければいいだけの話なのです。久保くんの話はかなり乱暴で短絡的に聞こえますが、影男爵がなにを狙っているのかわからない状況で、対策を立てることはできませんから、それは最もな話なのかも知れないのです。


「今回ばかりは、久保の案に賛成だ」


 宮城くんが「降参」とばかりに、両手を挙げたので、中嶋くんも大きく頷きました。


 さあ、影男爵はなにを狙っているのでしょうか。そして、その目的は? 


 メンバーたちは、それから何度か話し合いを重ねて、そうしてとうとう。予告状の期限日を迎えたのです。








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