第12話 とっても癒されました。
カポーン
女の子達が運動をした後はみんなで仲良く汗を流さねば、それは罪というものである。そしてここは例によって魔王城地下にある幹部専用浴場だ。
「ふぃー」
湯船に浸かるアメリアは木刀の振り過ぎでぎこちなくしか動かぬ両手を、ルーナにモミモミとマッサージしてもらっている。マチルダは少し離れた場所で、チラチラと二人を警戒するように湯に浸かっていた。
「マチルダ、何でそんなに離れてるのよ。こっちで一緒に浸かりましょう」
「バ、バカを言え! 修行の初日の後、お前らが私に何をしたのか忘れたのか!」
そう、二日前の修行初日の後、アメリア達と共に汗を流すために幹部専用浴場を訪れたマチルダは、二人によりエキサイティングマッサージの洗礼を受けたのだ。
「お前らのせいで私は……私は……!」
その時の事を思い出したマチルダは赤面して涙目になると、両手で顔を隠してそっぽを向く。
「そ、その事はもう謝ったでしょう! 気にしないでよ!」
「そうそう! だ、誰にでもある事ですから!」
一体何があったというのであろうか……。
「それにしても、やっぱりさっきのはまぐれだったのかしら……」
先程の一件の後、アメリアは何度かあの奥義を放とうと試みた。しかし、深呼吸をして気を高めるところまでは上手くいくものの、怒りをコントロールして放つ事はできなかった。
「いや、あれはまぐれでできるものではない。一撃放った事による疲労と、単純にお前の修行不足が原因だろう。しかし驚いたぞ、お前はあの集中力をどこで身に付けたというのだ?」
「さぁ、私にもサッパリ……。でも、昔から何かに夢中になると周りが見えなくなったり、音が聞こえなくなる事はあったわ————」
今から約十年程前、アメリアの父であるエスポワール王が国外出張の土産として、組み立て式の城の模型をアメリアに買ってきた事があった。
それは各所にギミックの付いた実に複雑で大きな模型であり、アメリアには作れないだろうと考えたエスポワール王は、お付きの者達に組み立てを命じた。しかし、それを聞いていたアメリアは自分で組み立てたいと言い出し、説明書を見ながら一人で作り始めたのだ。
それから丸二日、アメリアは一睡もせず、食事も取らず、皆の静止の声も聞かずに模型を組み立て続け、遂には大人でも難しい城の模型を完成させてしまったのである。そして完成を見守っていた者達を振り向き、こう言った。
「あー、お腹空いた。あら? まだお昼なのね」と。
その直後アメリアは気絶するようにぶっ倒れ、エスポワール王は二度とアメリアに模型を与える事はなかった。
「姫様って、昔からそんな破天荒な感じだったんですね」
「うーむ、バカと天才は紙一重というがそれにしても……。しかし、それは立派な才能だ。乱戦ではある意味致命的かもしれんが、一対一であればその集中力は強力な武器になるだろう」
「だといいんだけど……」
そう言ってアメリアは首を捻る。
「でも、魔王に何か弱点とかないのかしら。必殺技を身に付けて、更に魔王の弱点を突ければ私にも勝ちが見えてくるんじゃない?」
するとマチルダは、『やはりあなたは魔王という人物をわかっていない』とでも言いたげに、やれやれと首を横に振る。
「アメリアよ、魔王様の事を良く知る親衛隊隊長の私がお前を指導していて何も言われぬ理由がわかるか?」
「あなたが暇だから?」
「違う! そういう事じゃない! 魔王様には明確な弱点などないからだ。魔王様はその肉体自体が鉄壁の鎧であり、研ぎ澄まされた直感は自分にダメージを与えるであろう攻撃を敏感に察知される。そして風よりも早く移動する事ができ、魔法により空間転移までもが可能だ。攻撃に関しては素手で金剛石をも砕く事ができるし、最上級の暗黒魔法でこの城を崩壊させる事すら容易い。つまり、ハッキリ言ってほぼ無敵なのだ」
聞かなきゃ良かったと後悔するほどに、なんとも高い壁である。
「なんかこう、『しいて言えば』みたいなのもないの?」
「そうだなぁ……。トマトが苦手だとか、魔界の邪神ガボドアール様には頭が上がらぬと聞いた事はあるが……。それは弱点と言えるのかどうか……」
ガボドアール様とやらがなんぼのもんかは知らないが、邪神がアメリアに助力してくれるはずがないだろうし、そもそもコンタクトを取る方法すらないのであった。
そんな話をしていた時だ。
「ムッ!?」
マチルダは何者かの視線を感じ、ピクリと耳を動かす。
「どうしたのマチルダ?」
マチルダは浴場内を見渡すが、そこにはただ湯気が舞うだけで、何者の姿も見当たらない。
「アメリアよ、今浴場にいるのは我々三人だけだよな?」
「えぇ、多分。入ってきた時は誰もいなかったし、後から誰か入ってきた様子もなかったわ」
「何か誰かの気配を感じるような……」
「あぁ、それならもしかしたら——」
その時、マチルダの目が水中で蠢く透明な何かを捉えた。
「そこだぁ!」
湯船の縁に置かれていた木桶を素早く手にしたマチルダは、それを水面へと勢いよく叩きつける。しかし、その一撃はただバシャリと湯を巻き上げただけであった。
「今、確かに何かいたような……」
「マチルダ、その流れは全く同じのをこの前やったのよ」
「えっ?」
となると、出てくる人物も当然同じである。
カプッ
「はぁぁぁん♡」
突如背後に現れたプリムに耳を噛まれ、マチルダはセンシティブな声を上げて身悶えする。
「あむっあむっ……やぁ、アメちゃん、ルーちゃん。あむっあむっ……僕だよ、プリムだよ。あむっあむっ……」
「プリム、あなたまたお湯に隠れてたの?」
「まぐまぐ……ううん、今日はお湯に溶けて遊んでたら寝ちゃってさ。まぐまぐ……君達の声が聞こえてきたから起きたんだ。まぐまぐ……」
「そうだったの。でも、そろそろ私のお友達の耳を放してあげてくれないかしら」
「ちゃぷちゃぷ……んむ? ちゃぷちゃぷ……」
「その……彼女が色んな意味でのぼせちゃうから……」
さっきからあまりにセンシティブ過ぎてミュートになってるが、マチルダはプリムに耳をカプカプされながら嬌声をあげ続けていた。
☆
「あ……はぁ……ひぃ……」
アメリア達は時折痙攣しながらグッタリとしてしまったマチルダを洗い場に寝かせて、顔に濡れタオルを被せてあげた。
ヒィヒィと息を荒げているマチルダを見て、アメリアはため息を溢す。
「はぁ……。魔王にもこれくらいわかりやすい弱点があったらいいのにな」
「あー! そういえば僕さっき聞いちゃったよ! アメちゃんは魔王様を倒そうとしてるんだって?」
「そうなのよ。でも魔王には弱点らしい弱点がないらしくて……」
「そうだねぇ、魔王様はとっても強いからねー」
プリムが言うと弱そうに聞こえるが、魔王が強いのは確かである。
「何か突破口があればいいんだけどねぇ」
「僕だったら体の一部を魔王様のゴハンに紛れ込ませて、魔王様がそれを食べたら体の中からブシャーンてやるけどなぁ」
「そんな事できるの?」
「うーん、どうかなぁ」
因みに魔王の舌は超敏感であり、嚥下力も消化力も半端ではないため、プリムの作戦は成功しない。
「やっぱり私自身が強くなるしかないのかぁ……」
そう言ってアメリアは豆の潰れた手を見やる。
いったいあといくつ豆を潰せば魔王に届くというのだろうか。
すると、それを見たプリムが声を上げる。
「うわぁー、痛そうだねー……」
「うん、痛いけど、そのうち慣れるってマチルダが——」
「ちょっと貸して」
プリムはアメリアの手を取ると、自らの手をスライム化させて包み込む。すると——
「えっ? あれ?」
さっきまで空気に触れるだけでもピリピリとしていた手の痛みが、まるで嘘のように引いていくのだ。
「……治癒魔法?」
「違うよ。僕の体にはね、スライム細胞による癒しの力があるんだ」
アメリアは医学の進んだ国ではスライムを傷口に寄生させて治すという治療法が確立されていると聞いた事があるのを思い出した。
「プリム凄いじゃない!」
「えへへ……ねぇ、抱きついてもいい?」
「え?」
「ほら、この前『びっくりするから急に抱きついちゃダメ』って言ってたでしょ?」
「えぇ、言ったけど……」
すると、プリムは先日と同じようにアメリアへと抱き着き、スライム化して包み込んだ。
「ふぁ……」
先日とは少し違う心地よさにアメリアは吐息を漏らす。
そして今度は全身から疲労が抜けてゆくのが感じられた。
「気持ちいー……」
「ヌフフ、僕も気持ちいー」
アメリアは疲労の抜ける心地よさを、プリムはアメリアを抱きしめる心地よさを堪能する。かつてこれ程までにWin Winな関係があったであろうか。いや、それを見てなぜかハァハァと昂っているルーナを合わせれば Win Win Winのトリプル Winの関係だ。
「よいしょー」
疲労を抜き終えたプリムはアメリアを開放する。
アメリアの体からは疲労だけでなく修行による筋肉痛すらも抜けており、肉体には気力が漲っているような気がした。
「ありがとうプリム! これならいくらでも修行できそうな気がするわ!」
「ヌフフフ、友達なんだからこれくらい当たり前だよ。それにね、スライム細胞は『ちょーかいふく』にも作用して、使った筋肉の成長も促すんだよ」
プリムはエヘンと胸を張り、屈託ない笑顔を浮かべる。
「ねぇ、もしよかったら、毎日やってあげようか?」
「本当!?」
「うん、もちろんだよ! だって友達だもん!」
「すっごく助かるわ!」
今度はアメリアがプリムに抱き着き、プリムは照れたように笑うのであった。こうして高い壁にぶつかったアメリアは、修行の手助けをしてくれる強力な仲間を得たのである。
すると、抱き合う二人を見てルーナがこんな事を言い出した。
「あのー……プリムさん、良かったら私にもさっきのしてくれませんか?」
「もちろんいいよー。どこか痛いの?」
「最近夜更かしして本を読み過ぎたせいか、ちょっと目が……」
「おっけー!」
プリムは指でVサインを作ると、目潰しをするようにルーナの目に突っ込む。
「おんぎゃぁーーーーーっ!!??」
ルーナの目にスライム化したプリムの指がニュルニュルと入っていく光景は、アメリアがドン引きする程ホラーだったそうな……。
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