第21話 女の子を拾いました。3
塔を飛び出して幻獣の姿へと戻ったカーバンクルは、どこに行くでもなく魔王場内を飛び回る。そしてその姿を見た城内の者達は、
「見つけたぞ!」
「あの幻獣だ!」
と、カーバンクルを追いかけ回し始めた。どうやら幻獣を捕まえた者には報奨金が出るという噂が出回っているようで、その数は雪だるま式に膨れ上がってゆく。
そしてアメリア達も——
「待って! 逃げないで!」
カーバンクルを追って塔を飛び出したアメリア達は呼びかけながらその背を追いかけるが、カーバンクルは呼びかけに応じない。ただ逃げ場を失った蜂のように、縦横無尽に城内を飛び回るだけである。すると、アメリア達の背後からマチルダが追いついてきた。
「お前らが幻獣を匿っていたのか! 通りで見つからないわけだ!」
「だって可哀想だったんだもの! 住み慣れた森から無理矢理連れてこられて、魔王のペットにされるなんて……。そんなの私と一緒じゃない!」
「確かにそうかもしれないな……。だが、事情があるのだ!」
「事情……?」
マチルダの話によると、あのカーバンクルは森で野生の魔獣に襲われて死にかけていた所を魔王軍の者に救われたらしい。その者は気を失っていたカーバンクルの治療をし、親や仲間を探したが、いくら探してもそれらしき姿は見つからなかった。任務の都合で城に戻らねばならなかったその者は、意識の戻らぬカーバンクルを残して森を去る事が憚られ、いっその事魔王軍で飼われた方が安全に生きて行けるだろうと考えて森から連れ出したのだそうだと、マチルダは語った。
「じゃあ、あの時怯えていたのは……」
そう、あの時脱衣所でカーバンクルが怯えていたのは、森で自らを襲った魔獣に対してだったのだ。そして見知らぬ場所に連れてこられた事と、魔王軍の者を魔獣の仲間と勘違いした事によってパニックになり逃げ出したのだろう。
逃げるカーバンクルを追いながらルーナは言う。
「あの子、きっと一人ぼっちだったんですね……。だからまた一人になるのが寂しくて、姫様とお別れするのをあんなに嫌がってたんですよ……」
そんなカーバンクルの手を叩いてまで森に帰らせようとしてしまった事に、アメリアは胸を痛めた。もっと根気よく意思疎通をすれば、事情を知り、別の手を考える事ができるかもしれなかったのに。
「私、あの子に謝らなきゃ……」
「そのためには、まずあの子を安全に捕まえなきゃねー」
プリムはそう言うと、中庭上空を飛んでいたカーバンクルに狙いを定める。そして身を屈め、スライムの弾性を活かして大ジャンプをした。
「よっと!」
カーバンクルの頭上まで飛んだプリムは、その身をスライム化させて布のように広がると、包み込むように落下する。プリムの体はそのままカーバンクルへと覆い被さり、捕獲するかと思われた。しかし……。
べちゃっ
カーバンクルを包み込もうとしていたプリムの体は半透明の何かに阻まれ、へばりつく。
「あれは魔法障壁です! カーバンクルは『森の結界師』とも呼ばれていて、強力な魔法障壁を扱う事ができるんです!」
すると、中庭に追い詰められたカーバンクルに、周囲を取り囲んだ魔王軍の者達は次々と捕獲のための魔法を放ち始める。
「風よ、捕らえよ!」「雷式痺れ針!」「眠り沼!」「砂縛!」「暗黒鎖錠!」「水牢陣!」
カーバンクルは矢のように次々と飛んで来る魔法を障壁で弾いてゆく。そして——
「フシャァァァァァァァア!!」
身の危険を感じた事により牙を剥いたカーバンクルは大量の障壁を展開すると、それを兵士達に向かって飛ばし始めた。飛来する障壁が命中した者達はまるで猪の突進を受けたかのように吹っ飛ばされていくが、続々と中庭に集まってくる兵士達には多勢に無勢である。
カーバンクルの反撃を受けて、兵士達はやり返すかのように先程よりも更に激しく捕縛魔法を放ち始める。
カーバンクルの障壁は無数の魔法を通さないどころか微動だにしていない。しかし、それを張るカーバンクルはどこか苦し気であり、浮遊する姿はフラフラと安定を欠いている。そして徐々にと地上へと降下し始めた。
「やはりまだ傷が癒えていないのか! このままでは力尽きるぞ!」
それでもカーバンクルは己の身を守ために障壁を展開し、放ち続ける。
「ダメ!! もうやめてぇ!!!!」
アメリアの悲痛な叫びは兵士達に向けられたものなのか、もはや地上スレスレを浮ているカーバンクルに向けられたものなのかはわからない。たまらずに駆け出したアメリアは兵士達の間をすり抜けると、カーバンクルの前に飛び出した。
「アメリア下がれ!! お前達、魔法を放つな!!」
マチルダの制止は一足遅かった。カーバンクルの前に出たアメリアの背に、兵士達の放った魔法が迫る。
その時、アメリアの耳にカーバンクルの声が聞こえた。
「アメイア……アブナイ……!!」
そして——
ブゥン
カーバンクルとアメリアを中心に、放射状に巨大な魔法障壁が放たれる。それは飛来する魔法を弾き、更には包囲する兵士達を薙ぎ倒した。
騒がしかった中庭に静寂が訪れた。
力尽きるように障壁を解除して落下するカーバンクルを、アメリアは咄嗟に受け止める。
「あなた、私を守ってくれたの……?」
「アメイア……トモダチ……。アメイア……マモル」
カーバンクルはそう呟くと、ゆっくりとその目を閉じてゆく。
「ダメ! 死んじゃだめ! ごめんなさい! あなたの事をまた一人ぼっちにしようとして……本当にごめんなさい!」
アメリアは涙を流し、力の抜けてゆくカーバンクルを抱き締める。
「姫様ーっ! これを!」
ルーナは近くにいた魔法使いの手から杖をもぎ取ると、アメリアに向かって投げる。それをキャッチしたアメリアは杖にありったけの魔力を通わせると、カーバンクルの口に突っ込んだのであった。
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