第28話 ルーナ奪還作戦。2
その頃マチルダは————
「女一人を大勢で取り囲むか、大層な連中だな」
マチルダはブランシュの部下である魔族、アンデット、オーク、ゴブリン、獣人等の、様々な種族の兵士達に取り囲まれていた。彼等は魔王軍の中でもストイックな事で有名な『ブランシュ兵』とも呼ばれており、各種族の中でも腕っ節に自信がある者達の集まりである。
その中でも、小綺麗な鎧を身に纏った階級の高そうな魔族の男がマチルダに声を掛ける。
「マチルダ様、剣を引いて下さい。いくら魔王軍親衛隊の隊長とはいえ、これだけの数の我々を相手にするのは無謀です」
「無謀か……確かにそうかもしれんな。だが、一介のお姫様が魔王様に挑む程の無謀ではあるまい」
「……マチルダ様、我々はアメリア王姫には傷を付けぬように命じられておりますが、あなたには加減をするようには言われていないのです」
「フン、加減か……」
マチルダは軽く息を吸うと、「かあっ!」という気合いと共に、全身に力を込めて闘気を解き放つ。すると辺りに砂塵が巻き起こり、ビリビリと肌が震える程の衝撃がブランシュ兵達を叩いた。
「安心しろ。貴様らが加減をしなくとも、私は優しく加減してやる。アイツらとつるんでいたせいで私も随分と丸くなったからな……」
今そこに立っているのは、男勝りではあれどお菓子作りが上手で、ちょっぴりドジで耳が性感帯でお馴染みのマチルダではなく、新兵達から鬼教官として恐れられ、戦場では『地獄の魔剣士』と呼ばれたマチルダ・グラニエラであった。
「ひいっ! お、お手柔らかに……」
「腑抜け共! つべこべ言わずに掛かってこんかぁっ!!」
一方プリムは————
「わぁー、女の子がいっぱいだぁ」
プリムはマチルダが身に付けているような、やたら露出度の高い揃いの鎧を身に纏った七人もの美女達に取り囲まれていた。
彼女達は魔王軍内で『ヴァルキリー隊』と呼ばれる、女性だけを集めた戦闘部隊の隊員達である。彼女達は見た目こそ可憐であるものの、厳しい訓練で身に付けた息の合ったコンビネーションによって、その戦闘力は折り紙付きである。
剣や槍等の武器を構える彼女達は、プリムを前にして皆一様に険しい表情を浮かべている。
「このような状況故に無礼講で言わせていただく! 『軟体姫』プリム! 我々はお前に日頃から物申したいと思っていた!」
「え? なぁに?」
「貴様は我々が憧れるマチルダお姉様のハレンチな絵を描き、城内の男共に売り捌いているだろう! これは決して許されない事だ!」
実は彼女達は、魔王軍内でも屈指の実力を持つ女性兵士であるマチルダを影で『お姉様』と呼び、崇め奉る集団だったのだ。
「そっかぁ、君達はマッチーのファンなんだね」
「ファンなどと浮ついた呼び方をしないでいただこう! 我々はマチルダお姉様を尊敬し、崇拝しているのだ!」
プリムは「ふぅん」と首を傾げる。
「じゃあ、君はあの絵を見てどう思った?」
「どうって……男共の欲情を誘うような、ハレンチでふしだらな絵だと思ったに決まっているだろう!」
「確かに僕の絵にはエロスが込められている……。でも、そこに『愛』は感じなかったのかい?」
「愛……だと?」
「僕はね、愛を感じたものしか描かない。もし君達があの絵にエロスしか感じなかったのであれば、それは君達自身がエロスな人間だという事じゃないかい?」
「わ、我々がエロスだと!?」
ヴァルキリー隊がにわかにザワつき始める。
「違う! 我々はエロくない!」
「もし自らのエロスを認める事ができないのであれば、君達は自分を愛する事ができていないという事さ。そして自分すら愛せないという事は、マッチーに対する愛も形だけという事になるんじゃないかな?」
「違う違う違ぁぁぁう!! これ以上戯れ言を吐くな!!」
「そんな悲しい君達に、僕が愛というものを教えてあげるよ」
ヴァルキリー隊が一斉にプリムに襲い掛かるのと、プリムの全身からスライム状の触手が放たれたのはほぼ同時であった。
そしてアメリアは————
仲間達によって道を開かれたアメリアは、ここ数ヶ月で鍛えられた健脚を遺憾無く発揮して馬車へと辿り着く。
「ルーナ! 助けにきたわよ!」
そして馬車の後ろに回り込むと、荷台にかけられている幌を勢いよく開いた。しかし——
「……え?」
そこには誰も乗っていなかった。
唖然とするアメリアを見て、ブランシュはメルティアと戦闘を繰り広げながらも高笑いを上げる。
「ハーッハッハッハッ! 残念でしたね! それはフェイクの馬車です! メイドを乗せた馬車は今頃裏門に向かっている事でしょう!」
「何ですって!?」
そこからのアメリアの判断は早かった。
アメリアはショックを受けつつも素早く踵を返すと、裏門へと向かって走り出す。
「今から向かってももう遅いですよ! たとえ間に合ったとしても、馬車には私の部下が付いています。あなた一人ではどうにもなりません! へぶっ!?」
「コザカシイ!」
クールなキャラが崩壊しているブランシュの顔面には、メルティアの放った障壁がめり込んでいた。
アメリアは走る。
間に合わないかもしれなくとも、それでも全力で腕を振り、地を蹴る。その背を見ながらブランシュは「間に合うはずがない」と、ほくそ笑む。
しかし、その頃裏門では————
「えぇい! 貴様等退かんか!」
ルーナの乗る馬車は、老若男女、多種多様の種族の者達に取り囲まれて身動きが取れなくなっていた。
「ちょっと待ってくれよ! お別れくらい言わせてくれてもいいだろう? ルーナちゃん、東の砦に行っても元気でな」
「ルーナ先輩……! 私達、先輩に教えていただいた事忘れません!」
「ルーナちゃん! 実はずっと好きだったんだ!」
「ルーナ、寂しくなるよ。これ、ウチの田舎で取れたプニプニ芋だけどよかったら……」
「あの時ルーナちゃんが私を慰めてくれて……」
馬車を取り囲んでいるのは、これまでルーナの世話になった多くの者達であった。ルーナは馬車から顔を出し、皆に別れの挨拶をしながら握手を交わしてゆく。
「ゴイルさんありがとうございます、手紙書きますね。マーサさん、本当にお世話になりました。ペルさんまで! あの時の御恩は一生忘れません!」
あまりにも多くの見送りに、ブランシュの部下である護送兵達と御者はため息を吐いた。
なぜこんな事になっているかというと、時は少し遡る。
今から十分程前、謁見の間を出たアメリア達は正門へと向かって走っていた。そして売店のある正面ホールを抜けようとしていた時である。
「おや、姫様達、こんな時間にお揃いでどうしたんだい?」
売店に売り上げ金を忘れて取りに来ていたガーゴイルとばったり鉢合わせた。
「ガーゴイルさん! 詳しく話している暇はないけど、このままじゃルーナが城を出て行っちゃうの!」
「ルーナちゃんが!? 最近見ないと思っていたけど、どういう事だい!?」
「とにかく今は説明している暇がないから、ごめんなさい!」
アメリアとマチルダが走り去る中で、プリムはガーゴイルに簡潔に事を話した。そして……。
「だから、今の話をみんなに知らせて正門に……あ、やっぱり裏門に集めてくれないかな」
「あいよ! ガッテンだ!」
プリムは万が一の事を考えて、ガーゴイルを通して裏門にルーナの見送りの人々を集めていたのだ。
「お前達いい加減にしろ! もういい、門を開け!」
護送兵達が見送り人達を力付くで押し退け、ルーナを馬車に押し込もうとした時だ——
「ルーナ!!」
自らを呼ぶ声にルーナが振り返ると、そこには汗だくになりながら、肩で息をするアメリアが立っていた。
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