第9話 三年前のお話2

 そして見合いの結果はというと……。

 まぁ、可もなく不可もなくといったところであった。

 いや、別にアメリアにとって相手のガーランド王子に不満があったというわけではない。

 王子は多少ふくよかではあったが、痩せればハンサムであろう顔立ちをしており、礼儀正しく、女性の扱いも心得ていた。エスポワールとガーランドの国同士の関係も長年に渡り友好的であり、その場で婚姻関係が結ばれてもおかしくないくらいの良い見合いだったと言えよう。しかし、肝心のアメリアにその気が無いのであれば、それは満腹時に目の前に出された山盛りのスペアリブのようなものである。


「はぁー疲れた……」

 自室にて着替えを終えたアメリアは被っていた猫を脱ぎ、コキコキと首を鳴らす。

 アメリアにとっては沢山の子供達を相手に全力で追いかけっこをするよりも、コルセットを着て愛想笑いを浮かべながら、初対面の相手と食事をする方が疲れるのだ。そんなアメリアに、着替えを手伝ってくれたお付きのメイドと入れ替わりに部屋に入って来たエルザが声をかける。


「お疲れ様でした。いかがでしたか?」

「いかがでしたかと言われても……」

「いい感じだったように見えましたが?」

「そりゃあ、いい感じに見えるように頑張ったもの。でも……」

 浮かぬ表情のアメリアを見て、エルザは呆れたようにため息を吐く。


「姫様、また断るおつもりですか?」

「うーん……。多分……」

「姫様っ!!」

 声を荒げたエルザに、アメリアはビクッとする。


「毎度毎度一体何が気に食わないというのですか!? いつもいつも曖昧な態度で相手を振り散らかして、何を考えておられるのです!?」

 本来であればエルザが口出しできる問題ではないのだが、彼女は本当にアメリアとエスポワール王国の事を考えているからこそ、罰を受ける事すら覚悟でずけずけとものを言うのである。それをアメリアは理解しているからこそ、強く言い返したりはしないのだ。それに、アメリアは自分の曖昧な態度に問題がある事もよく理解していた。


「ねぇ、エルザはどういう人と結婚したいと思う?」

「私が姫様であれば、迷わずガーランド王子と婚姻関係を結ばせていただきますとも」

「そういう事じゃなくて、一人の女の子としてよ」

 アメリアはこれまでエルザと色恋についての深い話をした事はなかった。


「一人の女の子として……。そうですね、容姿は良いに越した事はありませんし、収入も多いに越した事はありません。性格も良いに越した事はありませんし……。それから国への忠誠心は必須です。そして、できれば家柄も良く健康で、結婚後も仕事を続けさせてくれる人がいいですね」

「あなた、意外と高望みするタイプなのね」

「私も貴族の出ですし、あくまで理想ですから。理想はいくら高くても良いのです。現実に全てを満たす人間がいるとは思っていません」

「でも、もしそれらを全て満たしていない人を好きになったとしたら、それが本当の愛だと思わない?」

「姫様、もし姫様がそんなロクデナシに想いを寄せたのであれば、私は其奴を斬り捨てて自害しますよ?」

「違う違う! たらればの話よ。無条件で『この人を愛したい』って思えるような恋愛ができたら幸せだろうなぁ……って思って」

 するとエルザはアメリアを愛しむような表情で見つめる。


「……姫様」

「なぁに?」

「それは現実逃避です。庶民が『もし俺が金持ちの家に生まれていれば、毎日ステーキを食べるのになぁ』って考えるのと同じレベルです」

「うっ……」

 エルザの意見は的とアメリアの胸を射た。


「そんっっっな愚にもつかないポエミーな事を考えていてはキリが無いんですよ! 例え王族であろうとも、人間である限り人生は選択の連続なんです! そして全ての選択肢でNOを選んでいたらろくな事にならないのだって、庶民も王族も同じです! いい加減目を覚まして結婚について真面目にお考え下さい! 人生は妥協ですよ! 理想を追いつつも妥協点を探さねば、人は前には進めぬものです!」

「わ、わかったわかった! わかったからそんなに怒らないでちょうだい! じゃあ……」

「ガーランド王子に良いお返事を返されるのですね!?」

「良い返事ってほどじゃないけど……もう一度お会いしてみるくらいなら」

 それを聞いたエルザはやや安堵したような表情を浮かべる。


「まぁ、いいでしょう。今日のところはそこを私の妥協点としておきます。それでは、姫様のお気持ちは王に伝えておきますので」

 そう言うとエルザはいつもよりも軽い足取りで部屋を出て行く。その背を見送りながら、アメリアは深いため息を吐いた。そしてベッドに向かってダイブすると、枕に顔を埋める。


「なんでそんなに急いで結婚なんてしなきゃいけないのよ……」

 アメリアの脳裏に、先程見合いをしたばかりのガーランド王子の顔が浮かぶ。優しげで幸せそうなふくよかな顔だ。彼とは良き友人として、たまに食事をしながら互いの国の情勢について話すのも良いだろうとアメリアは考える。しかし、彼と共に生活をし、同じベッドで寝る事など想像もできなかった。ましてや後継作りなどはとてもとても……。

 そうしてモヤモヤしているうちに、見合いの疲れが押し寄せてきたのか、アメリアは自然と眠りについてしまった。


 眠りの中でアメリアは夢を見た。

 草原で佇むアメリアの前に、いつか冒険小説で読んだ、天馬に乗った勇者が降りてくる。その顔はハッキリとは見えなかったが、彼の差し出した手からは胸が踊る冒険の予感が感じられた。そしてアメリアがその手を取ったところで、意識が現実へと引き戻されてゆく。

 とても短い夢であった。


「ううん……」

 アメリアが目を覚ますと、寝ているうちに夜になってしまったのか部屋の中は暗闇に包まれており、窓の外からは月明かりが差し込んでいた。

 そしてアメリアが寝ぼけ眼を擦り、起き上がろうとした時だ————


 月明かりが何かの影に遮られ、バルコニーへと続く窓が音もなく開かれる。そして外から吹き込んできた風によってカーテンが舞う。

 アメリアが目を凝らすと、窓の外には翼を広げた悪魔のような影が宙に浮いていた。


「勇者様……?」

 アメリアが呟くと、翼を広げた悪魔……否、マントを広げて宙に舞う魔王は、口の端を大きく持ち上げてニンマリと笑った。


「ほう、お前が『美腰姫』アメリア・エスポワールか。少々幼いが、噂に違わぬ美しさだ……」

「……誰?」

「我こそは魔界より出し、魔を束ねる者。お前には我が妃となってもらう」

 まだ夢を見ているのだろうと思ったアメリアは、ベッドから立ち上がり窓辺に歩み寄ると、「そういうの間に合ってます」と言って窓を閉める。


「待て待て待て待て!!」

 そして部屋へと押し入ってきた魔王に捕まり、まんまと攫われてしまったというわけだ。

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