第5話 お茶会をしました。


「ルーナ……あの木の葉っぱが全部落ちたら私は死ぬのね……」

 ベッドに横たわるアメリアは、窓の外を寂しげな瞳で見つめながらポツリと呟く。そんなアメリアに向かって、ルーナは紅茶をティーカップに注ぎながら言った。


「姫様、姫様は死にませんし、窓の外にもうすぐ葉っぱが全部落ちてしまいそうな木なんてありませんよ」

「そうね、そうだったわ。なんなら私は不治の病でもなかったわ。でも、こう寝てばかりだと暇で暇で……」

 アメリアが勇者は助けに来ないと聞かされてから一週間、そしてマチルダのテストを受けてから三日が過ぎていた。

 マチルダに剣を教えて貰える事になったのはよかったが、あの日奇跡の踏み込みをしたアメリアの足は軽い肉離れを起こし、しばらく安静にするように医者に言われてしまったのだ。


「でも、何も食べずに泣いていた頃に比べればずいぶん元気になられたみたいでよかったです。それに、なんだか姫様はおちゃめになられたような気がします」

「そうかしら? 私が真のおちゃめに目覚めた時、その時こそが魔王が倒される時なのかもしれないわね……」

「そういうところです」

 確かにルーナの言う通り、魔王を倒すと一念発起してからのアメリアは随分と明るくなり、冗談を頻繁に口にするようになったかもしれない。やはり人間は生きる目標ができるとイキイキとしてくるものである。

 すると、何者かが部屋のドアをノックして、中に入ってきた。


「アメリア、まだ足は治らんのか」

 それは、クッキーの入ったバスケットを手にしたマチルダであった。

 あれからマチルダはアメリアの事が気に入ったのか、一日一度は見舞いついでにアメリアの部屋に遊びに来るようになっていた。


「あなたはマチルダ!? いいえ、マチルダがこんな所にいるはずがないわ。きっと神様が最後に幻を見せてくれたのね……。あぁ、幻でもいいからどうか消えないで。私にその顔を見せてちょうだい……」

 マチルダに向かって震える手を伸ばすアメリアの手をルーナが握る。


「姫様、お気を確かに! あぁ、お願いマチルダさん! まだ姫様を連れて行かないで!」

 テーブルにバスケットを置いたマチルダは、迫真の演技をする二人の頭を手首にスナップをきかせてスパンスパンと叩いた。


「その小芝居はなんだ!? 人を亡霊みたいに言うな!」

「いらっしゃいマチルダ。ごめんなさいね、せっかく剣を教えてくれる事になったのに、肝心の私が怪我してしまって」

「まぁ、それは致し方あるまい。無理をさせた私にも原因がある。しかしルーナよ、お前の治癒魔法でちゃちゃっと治せんのか?」

 マチルダがそう言うと、ルーナは真剣な表情で返す。


「いいですかマチルダさん。治癒魔法と一口に言ってもですね、医療と同じで様々な種類があるんですよ? 外傷、内傷、精神、解毒、消化器官系、循環器系、更には腹痛や眼精疲労に肩こり、そして性機能回復用の治癒魔法まで色々あるのです。私は鎮痛と疲労回復の軽い治癒魔法が使えるだけですので、肉離れまでは治せないのですよ。一応治癒魔法検定の六級は持ってますけど」

「そ、そうか。なら仕方ないな」

「それに治癒魔法は急激な細胞の活性を促すので、使い過ぎれば寿命が縮みますからね。特に姫様は我々と違って寿命の短い純人間族なので、怪我は自然に治すのが一番良いのです」

 どうやらそういう事らしい。


 それから三人はマチルダの持ってきたクッキーを囲み、ワイワイと女子会を始めた。

 まだ温かい焼き立てのクッキーを食べながら、アメリアはマチルダに尋ねる。


「でも、マチルダって毎日ここに来てるけど暇なの?」

「暇とはなんだ、暇とは! これでも私は忙しい時間の合間を縫って見舞いに来てやっているのだぞ!」

「それは嬉しいけど……。じゃあ、マチルダって普段何の仕事をしているの?」

「まず、私は魔王様親衛隊の部隊長としての任務があるし、新兵の教育係も担当している。あとは花壇の水やりとか書類の整理とか色々あるのだ」

「親衛隊って近衛兵みたいなものかしら」

「まぁ、そんな感じだ」

 そこでルーナが口を挟む。


「本来は城に不法侵入する不審者とかから魔王様を守る仕事なんですけど、不審者なんて滅多にいませんし、魔王様自身が強くて護衛とかいらないので、結構暇なんですよね」

「あぁ、だからルーナはマチルダを私の剣のコーチに選んだのね」

「そーいう事です」

 そーいう事なのであった。

 しかし、まるで自分がいらない役職につけられているように言われたマチルダは心中穏やかではいられない。例えそれが図星であろうともだ。


「フン、二人揃って私を暇人扱いしおって。貴様らには私が焼いたクッキーを食べる資格はないわ!」

 そう言ってマチルダはほっぺを膨らませると、テーブルに置かれていたクッキーのバスケットを取り上げてしまった。

 しかし、アメリアとルーナがクッキーを取り上げられた事より驚いたのは……。


「ええっ!? そのクッキーマチルダの手作りだったの!? もしかして一昨日持ってきてくれたカップケーキも、昨日のチョコブラウニーも……」

「意外でした。マチルダさんて戦い一筋の人だと思っていましたけど、結構女の子らしいところもあるんですね」

 二人のリアクションにマチルダは頬を赤らめる。

 一見武骨でありながら可愛らしい顔をしたマチルダが照れを隠すようにモジモジとする様子は、同性であるアメリア達にも中々グッとくるものがあった。


「わ、私が菓子を作ったら悪いか……?」

「そんな事ないわよ。でもあんまり美味しいから、てっきりお城の調理人が作ったのを持ってきたのかと思ってたの」

 ルーナもアメリアに同調する。

「私もそう思っていました! ほら、見てください。クッキーに描かれた動物の顔も上手ですし、カワイイですよねー」

 ルーナが手にしている食べかけのクッキーにはチョコレートでクマさんの顔が描かれており、マチルダが抱えるバスケットの中にあるクッキーにも一枚一枚犬や猫などの可愛らしい動物さん達の顔が丁寧に描かれている。改めて見ると、これは魔王城の厨房を任されているネズミの獣人達には無いセンスである。


「マチルダさんて気風がいいし、美人だし、料理も上手となると、いいお嫁さんになりそうですよね」

 ルーナの言葉を聞いて、マチルダは更に頬を赤くする。


「わ、私がお嫁さんだと!? 確かに……私もいつかは所帯を持ちたいと思ってはいるが……」

「そうそう。それに、スタイルだってすごく良いものね」

 アメリアの言う通り、肌面積の広い鎧を着たマチルダの胸は非常に豊かであり、戦闘中に溢れてしまわないか心配になる程だ。そしてうっすらと腹筋が浮き出たウエストはキュッと引き締まっていて、股下に伸びる脚はスラリと長く、艶があって健康的である。

 もしもアメリアが男で、マチルダの部下であれば、『ダークエルフ女上司のイケナイ剣術指導〜夜の素振りは手取り足取り〜』を想像してしまって仕事にも稽古にも身が入らないのは間違いないであろう。

 そんなワガママボディを持つマチルダに、アメリアは尋ねる。


「ねぇねぇ、マチルダは恋人とかいないの?」

「そんなものはいない。いたら毎日こんなところに来てお前達と茶など飲んでおらんわ」

「えーっ、もったいないなぁ。魔王軍の人達って見る目ないのね」

 因みにマチルダは魔王軍の男達の間で密かに行われている『お嫁さんにしたい女幹部ランキング』の上位に長年君臨しているのだが、皆マチルダの強さを恐れて誰もちょっかいを出さないのであった。


「じゃあ、好きな人とかは?」

「おらんおらん! なんなんださっきから、そもそも私は自分よりも強い者にしか心も体も許すつもりはないのだ!」

 と、なんだかゴブリンやオークや盗賊達にあっさり屈伏させられそうな女騎士みたいな事を言うマチルダであったが、城内警備の最高責任者であり、魔王軍でも十本の指に入る剣術の腕前を持つマチルダよりも強い者などそうそういないのであった。


 ルーナは首を傾げ、唇に人差し指を当てて考える。

「うーん、でもマチルダさんより強い男性ってなると、魔王軍の中だと……四天王の方々や、魔王様の側近のジャミルさん。処刑人のカサンドラさんとか……あとは、それこそ魔王様くらいしかいないんじゃないですかねぇ」

 その時、ルーナの言葉にマチルダがピクリと身を震わせたのをアメリアは見逃さなかった。アメリアは身を乗り出して、マチルダの目を見つめる。


「マチルダあなた、今ルーナが言った人の中に気になる人がいるんじゃない?」

「な!? 何を馬鹿な事を言っている! 私には好きな人などおらんと言ったであろう!」

「怪しいなあ……。ルーナ、今挙げた人達の名前もう一回言って! 四天王の名前も一人ずつ!」

「はい。えーと、まず四天王の皆さんから。業火のグレンさん、大地のドルマさん、疾風のフィールさん。あと一人の静水のクリアさんは女性です」

 マチルダの表情に変化は見られない。

 ただスンとした顔をしてそっぽを向いているだけである。


「続きまして、側近のジャミルさんに、処刑人のカサンドラさん」

 やはりマチルダに変化は見られない。


「まさか……魔王様?」

 ピクッと、マチルダの長い耳が震えた。

 そして茶色がかった瞳がスイスイと泳ぎ始める。

 マチルダは実にわかりやすい性格をしていた。


「えーっ!? マチルダあなた、魔王が好きなの!?」

「ば、馬鹿な事を言うな! 何を根拠に私が魔王様を好きなどと……!!」

 手にしたカップをテーブルにガツンと置いたマチルダの顔は今日一番赤くなっており、まるで熟したリンゴのようになっている。それが何よりの証拠であった。


「はー、ふーん、へー、そうなんだぁー……」

「ななななにが『そうなんだ』だ! 魔王様は私の君主であり、尊敬するお方だぞ! 恋愛感情など抱くはずがないだろう!」

 マチルダは唾を飛ばして弁解するが、アメリアとルーナは確信した様子で顔を見合わせている。

「実は私も前々から、もしかしたらとは思ってたんですよねー」

「だから最初に会った時、あんなに私に敵対心燃やしてたのね」

 そう、マチルダがアメリアに対して敵対心を燃やしていたのは、ただアメリアが魔王を倒そうとしていたからだけではない。マチルダは以前から魔王に憧れに近い感情を抱いており、その魔王が自らの妃にするために拐ってきたアメリアをチヤホヤしていたのが気に食わなかったのである。しかし、憧れはあくまで憧れであり、それが恋愛感情かどうかはマチルダにもよくわかっていなかった。


「じゃあ、一石二鳥ってわけね」

「な、何がだ?」

「今現在、魔王は私をお妃にしようとしているけど、私が魔王を倒してここを出ていけば、マチルダにもチャンスがあるってわけじゃないの」

「何を言っている。万に一つすらありえぬ事ではあるが、貴様が魔王様を殺したとなればチャンスも何も……」

「殺したりなんてしないわよ。私はただ魔王に勝って、エスポワール王国に帰れるだけでいいの。魔王だって自分をコテンパンにした相手をお妃にしようだなんて思わないでしょ?」

 となれば、魔王を倒そうとしているアメリアに剣を教えるという事に正直気が引けていたマチルダにもメリットが出てきたというわけである。


「なるほど……。いや、別に私は魔王様にそういう感情を抱いているというわけではないが、何かと目障りなお前がここを出て行くのであればそれはそれでいい事だ。まぁ、不可能ではあるがな」

 自らを納得させるようにうんうんと頷くマチルダに、アメリアはまだ包帯の巻かれている手を差し出す。マチルダは僅かに戸惑い、やがて覚悟を決めた表情でその手を取った。そして握手を交わす二人の手の上に、ルーナが手を重ねる。


「むっ? なぜお前まで手を乗せる?」

「だって、私だけ仲間外れなんて寂しいじゃないですか」

「いいわよいいわよ、ルーナも仲間!」

 こうして、ここに三人の乙女達による反魔王同盟が結成されたのであった。

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