第30話 ルーナ奪還作戦。4

「私の……負けか……?」

 現状が飲み込めぬブランシュはアメリアの手を離れ、まだ視界の戻らぬ目を瞬かせる。


「我ながらちょっと卑怯だったとは思うけど……一撃は一撃でしょう?」

 ブランシュの口元に笑みが浮かぶ。


「フフ……とんだお姫様がいたものですね。いいでしょう。この一騎討ち、私の負けです」

「じゃあ、ルーナは……!!」

「魔王様が良いと言ったのであれば、それが私の全てです。どうぞご自由に」

 ブランシュの敗北宣言に、ギャラリー達から歓声が湧いた。


「姫様ぁ!!」

 アメリアの胸に、ギャラリー達をかき分けたルーナが飛び込んでくる。


「姫様ごめんなさい! 私のせいでご迷惑をかけて……ご心配をかけて……」

「いいのよルーナ。元はと言えば魔王がキスくらいでグダグダ言うのが悪いんだから」

 抱き合う二人を見て、マチルダは呆れたような笑みを浮かべつつ、鼻を啜る。


「全く、心配をかけおって」

「だけど、これで一件落着って事かなぁ。めでたしめでたし」

「アメイア! ウーナ! ナカヨシ!」

 これが舞台であればエンディング曲が流れ、これにて大団円と幕が降りるところではあるが——


「ちょっと待つにゃ!」

 その場にいた全員が声のした方を見ると、そこには今回の騒動の発起人、ミーニャ・アマチが立っていた。


「これはどういう事にゃ!? なんでミーニャが気絶してるうちに感動的な展開っぽくなってるにゃ!?」

 ミーニャは怒り心頭といった様子でアメリア達へと歩み寄る。


「ミーニャちゃん! あなたの企みは全部——」

 ミーニャに食って掛かろうとするアメリアを手で制したのはルーナであった。前に出たルーナはミーニャへと寂しげな笑みを向ける。


「ミーニャちゃん。私、ずっとあなたに嫌な思いをさせてたんだね……」

「そうだにゃ! 大して可愛くもないくせに、ミーニャの地位を揺るがそうだなんて厚かましいんだにゃ! その上ミーニャが狙ってた姫様のお付きの座まで……」

「じゃあ、私はどうすればいいの?」

「こうなったら拳でケリをつけるにゃ! 負けた方はメイドを辞めて一生トイレ掃除係になるのにゃ!」

 ミーニャの提案に、その場にいた一同は騒めいた。

 するとその時、上空から声が降ってきた。


「面白いではないか」

 一同が上空を見ると、そこには銀色の月に照らされて宙に浮く魔王の姿があった。


「アメリアよ、ブランシュとの一騎討ち、変則的とはいえ見事な勝利であった。そしてミーニャ・アマチよ、私はそなたの野心を評価するぞ。よって魔王の名において、ルーナ・パルティーンとの一番勝負を認めよう」

「ちょっとあんた! いきなり出てきて何言ってんのよ!? ルーナが獣人のミーニャちゃんと喧嘩なんかできるはずないでしょう!」

 ミーニャのように獣の遺伝子を色濃く受け継いでいる獣人という種は、人型の種族の中でも最も身体能力に優れているのだ。いや、例えミーニャが獣人でなくとも、ミーニャが誰かと殴り合いができるとは、アメリアには到底思えなかった。

 魔王に突っかかるアメリアを、ルーナは再度制する。


「姫様、大丈夫です。私頑張りますから」

「が、頑張るって言っても……」

 すると今度は、マチルダがアメリアの肩を叩く。


「アメリア。お前にとって先程の一戦がそうであったように、女には戦わねばならぬ時があるのだ。ルーナには今がそうなのであろう」

「でも……」

 心配そうな表情を浮かべるアメリアに、ルーナは力強く頷く。そしてミーニャへと向き直る。


「私もね、正直ミーニャちゃんの事あんまり好きじゃなかったんだ……。でも、可愛さもメイドの武器の一つだと思ってたから、何も言えなかった」

「だからどうしたにゃ!? オラ、さっさとかかってくるにゃ! 真面目さだけが取り柄の凡庸メイド!」

 ミーニャは軽くステップを踏み、挑発するようにシュッシュと拳を突き出す。


「確かに私はミーニャちゃん程可愛くないし、姫様に剣も教えられないし、魔法だって大して使えない……。でもね、素手喧嘩ステゴロだけは負けた事ないんだよね……」

「……にゃ?」

 次の瞬間、ミーニャの顔面にルーナの鉄拳がめり込んだ。


「んぶっ!?」

 重心を落として拳を構えたルーナは叫ぶ。


「アメリア王姫付きメイド兼護衛、ルーナ・パルティーン! 推して参るッッッ!!」


 魔王を除き、その場にいる者達は知らなかった。

 かつてルーナが魔界のJr.ハイスクールで『鉄拳のルーナ』と呼ばれて恐れられていた事を。そしてルーナが密かにアメリアの護衛を兼ねていた事を。

 魔王が自らの妃にする予定のアメリアに、ただのメイドをあてがうはずがなかったのである。


 数分後、ルーナの放ったバックドロップが決まり手となり、ミーニャはパンツ丸出しで地に沈んでいた。

 服についた土埃を払うルーナに、アメリアは声を掛ける。

「ルーナ、あなた強かったのね……」

「いえいえそんなぁ、マチルダさんやプリムさんに比べたら私なんて……。お恥ずかしい所をお見せしちゃいました」

 ルーナはテレテレと頬を赤らめる。

 確かにマチルダ達と比べれば、ただ格闘術が使えるだけのルーナの強さは数段劣るだろう。それにしても、獣人であるミーニャから一撃も食らわずに完封したルーナが強かったのは間違いないだろう。


 アメリア達の元に、上空から魔王が下りてくる。


「ルーナよ、見事な勝負であった。お前は今後ともアメリア付きのメイドを続けるが良い」

「はい! ありがとうございます!」

「礼などいらん。あくまでアメリアと私の戯れの結果だ」

 ニヒルな笑みを浮かべる魔王を、アメリアは睨み付ける。


「何が戯れよ。ルーナを追放しようとした事、私は許さないからね!」

「ひ、姫様、魔王様にも立場上の事情というものがあって……」

 すると魔王はおもむろに、アメリアの顎に手を触れた。


「フン、今後は好きなようにイチャつくがよい。城の者達には布令を出しておこう。『我が妃候補であるアメリアはキス魔故に、一々報告せずとも良い』とな」

「何よそれ!? 私がキス魔だったとしても、あなたとは死んでもキスしたりしませんからね!」

「十年でも二十年でも、そうやって意地を張り続ければよい。私は花が好きだが、それが哀れに枯れてゆく姿も好きなのだ」


 アメリアは魔王の腕を振り払うと、その顔にビシッと指を差した。


「そういえば、まだあなたに面と向かって言ってなかったわね」


 そして深く息を吸い、はっきりと告げる。


「エスポワール王国王姫、アメリア・エスポワールは、魔王を討伐し、自由を勝ち取る事をここに宣言するわ!!」

「ククク……良かろう。受けて立つ! やれるものならやってみるが良い! ならば私はその前にお前が私の妃となる事を予言しよう!」


 こうして、今ここにアメリアvs魔王の開戦の狼煙が上がった。

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