第19話 女の子を拾いました。

 そして、その数日後の事であった。


「点せ!!」

 いつも通り屋上で修行をしているアメリアが声と共に前方に短い杖を突き出すと、その先端からは寸胴鍋サイズの火が放たれて宙空へと消える。それを見ていたルーナはアメリアにパチパチと小さな拍手を送った。


「いいじゃないですか! まだだいぶ大きいですけど、魔力のコントロールもできるようになってきましたね!」

 あれからアメリアは先日課題として上がった魔力のコントロールの修行に専念しており、中々のペースで上達を見せていた。それはアメリアの努力と才覚の賜物でもあるが、ルーナから借りた魔法の杖のおかげでもある。


 魔法使いが持つ杖というのは素材やメーカーにもよるが、本来魔法に指向性を持たせたり、魔力の放出量の調整を手助けする弁の役割を果たすのだ。おかげでアメリアの魔力のコントロールは格段に上手くなり、小さな納屋くらいなら丸ごと着火してしまいそうだった着火の魔法も、なんとか実用性があるレベルにまでなってきていた。


 そして、毎日限界近くまで魔力を使ってからプリムに回復をしてもらう事で、一日に使える魔力量も日々増大していっている。


「じゃあ、今日の修行はそろそろお終いにして、お風呂行きましょうか」

「うん、今日もありがとうございました」

「いえいえ、それではいつものいきますよ。うぉー……」

「「——ッビクトリー!!」」

 二人は声を揃えて叫ぶと、拳を天に突き上げる。

 これは何かというと、ルーナの敬愛する魔界の格闘家ミノ・バッファロスの決めポーズであるらしく、なんだか締まる気がするので、一日の修行の終わりにはこれをやるのが定番となっていた。初めは嫌がっていたアメリアも、今ではすっかり型にハマっている。


 そして、二人が地下にある幹部専用浴場へと向かう途中のことであった。


「そっちにいたか!?」

「いや! そっちはどうだ!?」

 城内は珍しく騒々しく、様々な種族の兵士達がドタバタと走り回っている。


「何かあったのでしょうか?」

「さぁ? プリムが何かやらかしたんじゃない?」

 そんな事を言いながら廊下を歩いていると、前方から見知った顔が忙しない様子でこちらに走って来るのが見えた。


「マチルダ、何かあったの?」

「おぉ、アメリア! 今日の修行は終わりか。それがちょっとしたトラブルがあってな——」

 マチルダの話によると、魔王の部下が遠くの森で幻獣を捕まえてきて、それを魔王に献上しようとしたらしい。しかし、その幻獣が城に運ばれて来た際に脱走したのだそうだ。

 因みに幻獣とは、ユニコーンやフェニックス等、精霊や妖精に近い能力を持つ珍しくて希少な動物の事である。


「大丈夫なのそれ? 危ないんじゃない?」

「うむ、私も詳しい情報はまだ聞いていないが、何やら強力な力を持つ幻獣らしくてな。何かがあってからでは遅いという事で、こうして手の空いている者達で探し回っているのだ。お前らも見覚えの無い動物を見かけたら、近付かずに近くの兵に報せてくれ」

 そう言い残すと、マチルダはその場を走り去ってゆく。


「大丈夫かしら……。凶暴な幻獣じゃないといいけど」

「ドラゴン種とかなら大きいからすぐ見つかるはずですけど、小型の幻獣なんですかね?」


 そして幻獣の姿がないか辺りを見渡しながら地下へと降りた二人は、浴場の脱衣所へと入る。

 すると——


「あら?」

 脱衣所の隅には小さな人影がうずくまっており、よく見るとそれは、純人族換算でまだ十歳前後に見える幼い少女であった。

 少女はフサフサとした毛で編まれた極小の水着のようなものを着た裸同然の格好をしており、少年のように短い髪は艶やかなエメラルドグリーン色である。

 怯えた表情で二人を見つめる少女に、子供の相手が得意なアメリアは優しく語りかけた。


「あなただぁれ? どうしたの?」

 少女は何も答えない。

 ただブルブルと小刻みに震えながら、髪色よりも更に深いエメラルドグリーンの瞳でアメリアを見つめ返すだけである。


「ルーナ、この子知ってる?」

「いえ、ちょっと城内では見た事無いですね。髪色からして四天王の疾風のフィールさんの妹さんとかでしょうか。あ、でも角は生えてないから魔族ではなさそうだし……」

 少女の耳の形は尖っているが、マチルダのように長くはなく、エルフ族でも無さそうだ。ましてや純人族やドワーフ族でも無さそうだし、ホビット族にしては頭身が高い。

 酷く怯えているところを見ると、何か恐ろしい目にでもあったのであろうか。


「あなた、お名前は?」

 少女はやはり何も答えない。

「喋れないんですかね?」

「わからないわ……。ねぇ、誰かにいじめられたの?」

 今度はコクリと一度だけ頷く。


「こんな小さい子をいじめるなんて、ひどい奴もいたものね! 大丈夫よ、私はあなたの味方だから」

 アメリアが手を差し出すと、少女はビクリと身を竦ませる。

 どうやらよほど怖い目にあったらしい。


「どうしましょうか? 誰か呼んできます?」

「ちょっと待って」

 アメリアはそう言うと、床に伏せるようにして少女に目線を合わせた。そして——


「にゃーお」

 猫のように鳴いた。

 あまりにもリアルな猫のモノマネに驚いたのか、少女はキョトンと目を丸くする。するとアメリアは床に寝転がり、腹を見せて動物のやる『服従のポーズ』をしながら、更に猫のモノマネを続ける。


「うみゃーお、ゴロゴロゴロゴロ……。みゃおう」

「ひ、姫様何を……はっ!?」

 ルーナの目に映るアメリアの目は、愛おしい飼い主甘える猫そのものになりきっており、自らが敵では無いことを少女に強く訴えかけている。ルーナにはそんなアメリアの姿が、かつて魔界の芝居小屋で観た演劇、『魔猫シールの一生』の主演女優の姿と被って見えた。


 ひとしきり魔界演劇賞受賞レベルの猫のモノマネを披露したアメリアは起き上がると、震えの止まった少女へと手を差し出す。そして、「大丈夫。私はあなたの味方だよ」と言うと……。少女は恐る恐るアメリアの手を取った。


 ☆


「で、その子どうするんですか?」

 ルーナの着ていたエプロンを体に巻きつけた少女の手を引いて城内を歩くアメリアに、ルーナは尋ねた。


「とりあえず私の部屋に連れて行くわ。変な奴に引き渡しちゃったりしたら、また怖い目に遭わされるかもしれないじゃない?」

「それもそうですねー。それにしてもこの子は一体どこの子なんでしょうか? さっきから全然喋らないし……。他所の子だとしても、ウチの軍は女の子の誘拐とかしないはずなんですけどねぇ」

「……あなた、誰を前にそれを口にしているかわかってる?」

 そんな話をしていると、またしても前方から見知った顔が走ってきた。


「あ、マチルダ。幻獣は見つかった?」

「おぉ、アメリア。随分と早風呂だな。それが全く見つからんのだ」

「早く見つけてくれないと、おちおち城内を歩き回る事もできないわ。こんな小さな子もいるんだから、できれば早く見つけてちょうだいね」

「あぁ、わかっている。ところで、その子は誰だ?」

「知らないけど、多分迷子か何かよ」

「迷子? まぁいい、今はそれどころじゃないからな。そうそう、幻獣の正体が判明したぞ」

 マチルダ曰く、逃げ出したのは『カーバンクル』という、大型のリスのような姿をした幻獣であるらしく、艶やかな緑色の体毛を生やしており、人の姿に化ける能力を持っているそうだ。そして非常に警戒心が強く、追い詰められると攻撃的行動を取るらしい。


「じゃあ、人の姿に化けていたら見つけるの大変じゃない」

「いや、問題ない。闇夜の森で潜伏する敵兵の姿を見つける事ができる私の目であれば人に化けた幻獣など、些細な違和感などで容易く見破れるはずだ。じゃあ、またな」

 そう言ってマチルダは慌ただしくどこかへと走って行く。

 アメリアとルーナはその背を見送ってから、顔を見合わせて、ゆっくりと少女の方を見た。


「まさかねぇ」

「いや、十中八九そのまさかだと思いますよ。マチルダさんみたいな間の抜けた事言わないでくださいよ」

 どうやらマチルダには闇夜の森に潜む敵兵は見つけることはできても、明らかに場にそぐわぬ少女の正体に気付く事はできなかったようだ。


 ☆


 塔にある自室に戻ってきたアメリアは、連れて来た少女をベッドに座らせる。少女はしばらく落ち着きなく室内を見渡していたが、疲れていたのかコテンとベッドに横になり、そのまま眠ってしまった。そして——

 眠りについた少女の体はシュルシュルと縮み始め、緑色の体毛を持つ猫サイズのリスのような姿へと変わった。


「「やっぱり……」」

 と、アメリアとルーナは声を揃えた。


「この子、どうしましょうか……」

「どうしたものかしらね。魔王に引き渡すのもかわいそうだし、なんとか逃してあげられないかしら」

 望まぬ場所に無理矢理連れてこられて、飼い殺しのような扱いを受ける辛さはアメリアにはよく理解できる。そして少女にはアメリアのように勇者が助けに来てくれるかもしれないという希望も無い。


「でも、あれだけの人数で探し回られていたら逃す事は難しそうですし、この子だけで元いた場所に戻れるかはわかりませんよ?」

「そうよねぇ……。この部屋で飼うわけにもいかないし」

 もしアメリアが自室で幻獣を——カーバンクルを匿ったとしても、いずれはバレるだろうし、この部屋から出られないのであれば魔王に飼われているのと大差ない。二人は首を捻りながら、どうやってカーバンクルを元いた森へ返そうかと考える。


「姫様が最速でめちゃくちゃ強くなって、魔王様を倒してからこの城を去る時に、この子を連れて行くとかどうでしょう?」

「なるほどね! ならばトンチ者ルーナよ、まずは私が手っ取り早く強くなる方法を教えてちょうだい」

「……そうなりますよねー」

 今のところ二人には有効な手段が思い浮かびそうにもない。

 仕方がないので、その日はルーナと交代でカーバンクルの様子を見ながら過ごしたアメリアは、得体の知れぬ緑色の幻獣と同じベッドで眠りについたのであった。

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