第2話 ならば私が魔王を倒します。
アメリアが魔王に『勇者は助けに来ない』と告げられたあの日から三日が過ぎた。
あれからアメリアはベッドで布団に包まりながら、三日三晩泣き続けている。
トイレに行く時以外はアルマジロ状態を貫いてるアメリアに、お付きのメイドである魔族の少女——ルーナは恐る恐る声を掛けた。
「あのー、姫様。ショックだったのはわかりますけど、少しはご飯食べないと体に悪いですよ。お風呂も入らないと……」
アメリアが壊したせいで雑に補修されているテーブルには、たった今運ばれてきたばかりの手付かずの朝食が載せられた銀盆が置かれている。ルーナが手付かずの皿を下げたのはもう何度目であろうか。
ルーナはため息を吐くと、返事を返さぬ布団アルマジロの背を優しく撫でる。
「姫様、僭越ながら申し上げます。私は姫様が毎日空に祈っているのを見ていました。だからお気持ちはわかるんです……。でもやっぱり、挫けそうな事があっても立ち上がって、少しずつでも前に進まなきゃいけないと思います。それは人間でも魔族でも同じです。田舎の父が、私が何か失敗して泣いている時によく言っていました。『今日が雨だったとしたら、明日はきっと晴れるさ』って。だから……今姫様の中では雨が降っていると思いますが、きっといつかは『晴れた明日』が来ると思うんです!」
ルーナの熱弁を聞いて、アメリアは布団からひょっこりと顔を出す。そして目を潤ませつつも、ニッコリと微笑んだ。
「そうよね、止まない雨はないものね……」
「そうですよ! だからほら、少しでいいのでご飯食べて下さい!」
万が一アメリアが餓死したりしたら魔王からどぎついお仕置きを受ける事になるので、ルーナは結構必死であった。
ルーナの説得の甲斐があってか、ベッドから起き上がったアメリアはフラフラとした足取りでテーブルに歩み寄り、用意された朝食を見る。
「わぁ、美味しそうな朝ごはん……。やっぱり落ち込んでる時はご飯食べて元気出さなきゃね。ほら、このクロワッサンの美味しそうなこと。まだ焼き立てで温かくてパリパリしてるわ。あら、このスープ、コンソメのいい香り……。サラダも野菜が新鮮で良い色してるわ。このドレッシングはマヨネーズベースかしら? ただのマヨネーズでなくて黒胡椒が入ってるのがにくいわね。さて、せっかくだから美味しい朝食に舌鼓を打たせていただきましょうか……ってならないわよ!!!! なるわけないじゃない!!!!」
情緒不安定にスープに顔面を突っ込むように崩れ落ちたアメリアを、ルーナは慌てて抱き起す。アメリアの顔面はスープでホカホカになっており、鼻にはクルトンが詰まって酷い有様になっていた。
「ひ、姫様お顔が!!」
「うえっ……うえぇぇ……!!」
ルーナが幼児のように泣き喚いているアメリアの顔を拭うと、アメリアはルーナの手を振り払い、再びベッドにダイブする。
「私はこれからどうすればいいの!? また新しい勇者が助けに来るまで何年もこのカビ臭い城で待ってなきゃいけないってわけ!? そりゃあ、ルーナも他の人達も良くしてくれているけど、そんなのイヤよ! 待ってるうちに私の貴重な十代が終わっちゃうじゃないの! そしたら私は恋も知らずにオールドミスよ! 私王姫なのに!」
因みに、エスポワール王国では貴族だろうと庶民だろうと、十代半ばから二十代前半で結婚するのが一般的である。
「姫様ぁ、お願いですからご飯食べてくださいよ。姫様に何かあったら私が魔王様に怒られちゃいますよぉ……」
「私が餓死しても別にあなたは悪くないわよ。悪いのは逃げ出した勇者……いえ、そもそも私をここに拐ってきた魔王が悪いんだから!」
「そう言われましても、私も所詮雇われの身なんで上の言う事には逆らえませんし、ちゃんと姫様のお世話をしないと……」
例え理不尽なお仕置きを受ける事になろうとも、組織の一員として上の者には逆らえない。それは人間であろうと魔族であろうと変わらない世知辛い現実なのであった。
「魔王軍なんてやめちゃえばいいじゃないの! あんな変態誘拐魔王の下で働く事ないわよ!」
「私、八人兄弟の長子なので、弟達の学費のためにそうもいかないんですよねぇ。それに魔王軍はお給料いいですし」
「……魔王軍って給料制なの?」
「そうなんですよ。まぁ、お給料はともかく、基本的にみんな魔王様に忠誠を誓ってますけどね」
なんだか随分と軽そうな忠誠である。
「姫様、時間は掛かるかもしれませんが、きっとまた新しい勇者が姫様を助けに来ますって。その勇者が魔王様に勝てるかはわかりませんけど……。だから元気出して下さい」
「でも、いつ助けに来るかなんてわからないじゃないの……」
「そりゃそうですけど、助けに来た時に姫様が餓死してたら元も子もありませんよ。それに、その勇者が物凄く素敵な人かもしれないじゃないですか」
「そうかもしれないけど……そうじゃないかもしれないじゃない」
「その時はその時ですよ。人生何があるかわからないんですから。ほら、元気出して!」
「…………わかったわ。私のせいでルーナがお仕置きされるのもかわいそうだものね」
献身的な励ましに根負けしたアメリアは今度こそテーブルについて、渋々とクロワッサンを口に運び始めた。食欲は全くなかったが、栄養を求めていた体は咀嚼された食物をすんなりと胃袋へと運び、消化してゆく。
ルーナはホッと胸を撫で下ろし、ポットからティーカップに紅茶を注ぎ始めた。
するとその時、久しぶりの栄養が届いたアメリアの脳に電流が走った————
「そうだ!!」
口からクロワッサンの欠片を飛ばしながら勢いよく立ち上がったアメリアにルーナは驚く。
「ど、どうしたんですか? ジャムならそちらに……」
「違うわよ! 勇者が来ないなら私が魔王を倒せばいいじゃない!」
「……え?」
「そうよ! どうして今まで思い付かなかったの!? 私が自分で魔王を倒して、自分の足でここから出ていけばいいのよ!」
ルーナはそんな事を叫び始めたアメリアを見て、気が狂ったのではないかと疑う。
「ちょ、ちょっと待ってください! 姫様、本気で言ってます?」
「当たり前歯の脛齧りよ!」
「でも、魔王様を倒すってどうやって……」
そう、問題はそこである。
アメリアは聖剣に選ばれた勇者でもなければ、華々しい功績のある騎士でもない。剣を学んだ事もないし魔法だって扱えない。ただのちょっとおてんばな普通のお姫様なのだ。しかし……。
「あいつこの前私に蹴られて『痛い!』って言ってたじゃない! やろうと思えばやれるわよ!」
「いやいや姫様、それは——」
アメリアは先日魔王に飛び蹴りをかましたり、胸ぐらを掴んだりはしたが、あれは魔王がアメリアを傷付けぬように力をセーブしていたからできた事である。もし魔王が少しでも力を解放すれば、アメリアはデコピン一発で首から上が消し飛ぶだろう。
「なるほどね……。でも、このままここでじっと待ち続けるなんてできないわ! ルーナ、今すぐ私に剣と魔法を教えてくれる人を探してきてちょうだい!」
「えぇ!? 私がですかぁ!?」
「思い立ったが吉日よ! 私は修行して強くなって、この手で魔王の奴をコテンパンにしてやるんだから!」
こうして、エスポワール王国王姫アメリア・エスポワールは、魔王の討伐を決意したのであった。
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