第3話 剣を教えて下さい。

「……それはマジで言ってたのか?」

「……本気と書いてマジです」

 アメリアの無茶な決意を聞いて、すぐさま魔王の元へと報告しに行ったルーナは、つい先程アメリアの部屋であったやり取りをありのままに話した。それを聞いた魔王は渋い顔をする。


「まぁ、元気になってくれた事は良いが、また面倒な事になったなぁ……」

「どうしますか? なんなら魔法使いのドリス様に頼んで記憶を一週間分くらい消してしまえば丸く収まると思いますけど」

 ルーナはサラリと恐ろしい提案をする。

 確かに記憶を消してしまえば、アメリアが魔王を倒そうだなんて無茶は言い出さないし、ちゃんと食事もするようになり、また大人しく空に祈り続けてくれるだろう。


「いや、ダメだ。あいつの記憶消しは副作用で頭がヤバい事になる確率が高いからな」

「ていうか前々から思ってたんですけど、姫様をお妃様にしたいのであれば、魔法で洗脳しちゃえば早いんじゃないですか?」

「フン、ルーナよ、貴様は何もわかっていないな……」

「と、言いますと?」

「私は魔王として、人間共をただ滅ぼしたいのではない。圧倒的な力と策略によって制圧し、支配したいのだ。色恋においてもそうだ」

「えーと……つまり、無理矢理じゃなくて、ちゃんと一人の男として姫様を自分の物にしたいと?」

「そういう事だ。心無き人形を傍に置いても何の意味もない」

 確かに魔王ともなれば、手段を選ばねばどんな女性であろうとも手込めにする事はできる。しかし、それをしないのは魔王の男としてのプライド……というかただの自分ルールであり、一種の戯れであった。


「魔王様がそうしたいならそうすれば良いと思いますが……。でもどうしますか? 姫様に命を狙われる事になりますけど」

「うーむ、また飯を食わなくなっても困るしなぁ……」

 魔王はしばらく悩み、決断を下す。


「まぁ、アメリアの気分転換になるならそれもいいだろう。誰か手の空いていそうなやつを家庭教師に付けてやれ」

「いいんですか?」

「別に構わん。どうせ私がやられる事なんてないだろうしな。なんならアメリアが私に挑み、私が強さを見せつける事によって『あぁ、魔王ってこんなに強かったのね、ステキ♡』ってなるかもしれんしな」

 魔王はそう言って鼻で笑ったが、ルーナはなんだかそれがフラグとなっているような気がしないでもないのであった。


 ☆


「と、いうわけで、姫様に剣を教えてくださる方を探してきました。ついでに城内を自由に歩き回れるように許可も取ってきました。あ、でも逃げないで下さいね。どうせ捕まりますし、私が魔王様に怒られるので」


 ここは魔王城の中庭にある広場。

 ルーナの前には運動着に着替えたアメリアが気合いに満ちた表情で立っており、その視線の先にはやけに守備範囲が狭いセクシーな鎧を身に纏った赤髪の女剣士が立っていた。

 彼女の種族はダークエルフのようで、肌は浅黒く、耳は長く尖っている。そしてその体は筋肉質でありながらもメリハリがあって、結構ナイスバディだ。特にその胸はアメリアの倍のサイズがある。


「私が今日より貴様のコーチを務める事となった魔剣士、マチルダ・グラニエラだ!」

 そう言ったダークエルフ——マチルダはなんだか機嫌が悪そうである。


「マ、マチルダさん、姫様に向かって『貴様』は失礼ですよ!」

 ルーナはクイクイとマチルダの手を引くが、マチルダはそれを強く振り払う。


「黙れメイド風情が! 私は前から其奴そやつの事が気に入らなかったのだ! 囚われの身でありながらチヤホヤされおって……。挙げ句の果てに魔王様を倒そうなどとはなんたる事か! いいか、王姫アメリアよ。魔王様が許可を出されたという事で一応来てやったが、私が魔王様のように貴様を甘やかすと思うなよ!」

「すぅーっ……はいっっっっっつ!!!!!!!!」

 アメリアのクソデカ返事にマチルダとルーナは思わず耳を塞ぐ。どうやらアメリアの気合いは尋常ではないようだ。


「ふ、ふふふ……。どうやら返事だけは一人前のようだな……」

「はいいいっっっっっっっつ!!!!!!!!!!!」

 二度目の返事は更に大きく、マチルダは己の鼓膜が破れたのではないかと錯覚した。ルーナなどは耳がキーンとして白眼を剥いている。


「わ、わかった、返事はもういい! だが、貴様に剣を教える前に一つ言っておく事がある」

「何でしょうか!?」

「世間には努力と根性さえあれば何でもできるという風潮があるようだが、私はそうは思わん。戦いとはセンスだ! センス無き者はどれだけ鍛えようとも戦場であっさり命を落とす。そんな奴は生半可に武術など身に付けぬ方がマシだ! よって、私はセンス無き者には剣を教えん。これは曲げられぬポリシーだ!」

「では、どうすればよろしいのですか?」

「まず、そこにある木刀を取れ」

 アメリアは言われた通りに足元に置かれていた木刀を手に取り、しげしげと眺める。木刀はそこそこの重量があり、アメリアの細腕で振り回すのは結構大変そうだ。


「これから貴様にセンスがあるかテストをする。その木刀で私に一撃でも加え——」

 マチルダが言いかけたその時であった。


「いえぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!!!!」

 脳天に突き抜けるかのようなクソデカ気合いと共に、アメリアはマチルダに木刀で殴り掛かる。そして気合いに驚いて身をすくませたマチルダの肩に、アメリアの木刀が勢いよく叩きつけられた。


 ゴスッ


「痛っ…………たぁーい!!!!」

 打たれた肩を押さえたマチルダに、アメリアは更に木刀を打ち込む。


「いぇあ!! きぇい!! ぜやぁ!! ちぇあ!! オラァ!! クラァ!!」

「い、痛い! 待っ……! ちょ……!! バカ!!」

『待った』すらかけられない激しい連撃に襲われ、マチルダは逃げ惑う。そして一分が過ぎる頃、マチルダは背中を丸めて地面にうずくまっていた。


「ちょっと! 姫様! 落ち着いて下さい!」

 ようやく息切れしてきたアメリアをルーナが背後から羽交い締めにし、木刀を振る手は止まった。ゼイゼイと肩で息をするアメリアがマチルダを見ると……。


「ヒック……ヒック……痛いよぉ……」

 マチルダはうずくまったまま泣いていた。

「帰る……マチルダ……おウチ帰る……」

「マ、マチルダさぁーん!!」

 ルーナは泣きじゃくるマチルダに駆け寄り、治癒魔法を掛けた。そして三分後——


「バカ者ぉ!! 言い終わる前に打ち込んでくる奴がいるかぁ!!」

 マチルダは額に青筋を浮かべてブチギレていた。


「申し訳ありません! マチルダさんがこれから何を言うかなんとなく察する事ができたので、先手を打たせていただきました!」

「その意気やよし! だが物事には順序というものがある! まずは私の言う事をよく聞いてから行動するように!」

「はいぃぃぃっ!!」

 泣かせてしまった罪悪感のせいか、アメリアの返事は控えめであった。


「では先程は不意打ちを食らってしまったが、これから貴様のテストを行う。私からは一切反撃をしないから、その木刀で打ち込んでこい! もし私に一撃でも加える事ができたら貴様をコーチしてやろう。あと、無駄にデカい声で驚かせるのも禁じる!」

「わかりました! では、今度こそ始めてもいいんですね!?」

「そうだ! 来いっ!」

 マチルダがそう言って身構えたは良いものの、なぜかアメリアは戸惑った様子でマチルダの顔を見つめたまま動かない。


「どうした? さっさとかかって来い。私も暇じゃないんだ」

「で、でも……」

「なんだ!? ハッキリ言え!」

「マチルダさんのお口の端にパン屑が付いているのを見ると、なんだか気が抜けてしまって……」

「な、何だと!?」

 マチルダは手の甲で口元をゴシゴシと擦る。


「取れたか!?」

「いえ、まだ付いてます……」

「むっ! おのれパン屑め……」

 マチルダは更に口元を擦る。


「あぁ、そこじゃありません。ここですわ」

 アメリアはマチルダに歩み寄ると、その白く細い指で口元に優しく触れた。


「と、取れたか?」

 なぜだか僅かに頬を赤らめたマチルダの顔を、アメリアはジッと見つめる。


「な、何だ!? まだ何かあるのか!?」

「マチルダさんって、とってもお肌が綺麗ね。武人とは思えない……」

 そう言ったアメリアの目は僅かに潤んでおり、表情はうっとりとしている。そして口から漏れる吐息は妙に熱い。


「な、何を言っている!?」

 マチルダの唇に触れていたアメリアの指が、頬へと伸び、くすぐるようかのに撫でる。アメリアの蕩けたような表情と妖艶なその仕草に、マチルダは同性でありながらドキドキと胸を高鳴らせた。


「唇もプルプルしていて……」

「な、何だ……よせ、私にそういう趣味は……!!」

 アメリアは徐々にマチルダへと顔を近づけてゆく。

「私、マチルダさんのような女性を見ていると……」

「は、離れ……あ、やだっ……はうう……」

 アメリアの吐息が唇にかかり、マチルダはギュッと目を閉じる——

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