第15話 魔法を学びたいです。2

 そして、ここは魔王城内にある魔法研究所。

 怪しげな薬品で満たされた瓶やフラスコが納められた棚や、得体の知れぬ生物を培養しているガラスケース、そして用途不明の謎の器具が立ち並ぶ研究室内で、アメリア達三人はなぜか鼻にティッシュを詰めて、椅子に腰掛けていた。


「イッヒッヒ、完成したぞ。かけられたものは鼻血が出てくる魔法『ハナヂドバ』が! いや、『ハナヂール』の方が語呂がいいかな……。そこの君、どう思う?」

 異常に顔色が悪く、片眼鏡をかけたいかにも怪しい魔族の老人、『魔法博士』ドリスに問われ、ルーナは鼻をフガフガさせながら答える。


「……普通に『ハナヂデル』で良いのでは?」

「ふむ、あえて捻らないか。それも良い」

 ルーナに連れられて研究所を訪れた三人は、中に入るなりドリスに促され、問答無用で新魔法の実験体にされてしまったのだ。


「で、なんだっけ? そちらの姫様に魔法を教えて欲しいのだったかね? ワシは構わんよ。丁度魔力増幅薬の研究をしていたところで……」

「やっぱり結構です!」

 ルーナがそう言うと三人は椅子から立ち上がり、逃げるように魔法研究所を去るのであった。


「ああっ! ちょっと待って! せっかくなら拷問用の新型触手の実験に付き合って——!!」

 背後から聞こえてくるドリスの恐ろしい提案は聞こえないフリをした。


「お前、よくあやつをアメリアのコーチにしようとしたな」

「だって魔王軍で魔法と言えばドリス博士じゃないですか。博士なら姫様が手っ取り早く魔法を習得する方法を教えてくれるかと思ったのですが、まさかあそこまでマッドな方だったとは……」

「で、次はどうする?」

「三の矢に向かいます!」


 それからルーナ達はアメリアに魔法を教えてくれる者を求めて城内を歩き回ったのだが……。


「すまぬ! 東の要塞に出張が入って——」

「え? 魔王様を倒すため? ダメダメ! あなた達誰からお給料を貰っていると——」

「イッヒッヒ、兄者に断られたか。では新しい催眠魔法の実験体になってくれるのであれば——」


 なんやかんやと理由をつけて断られたり、アメリアの身が危なそうなのでこちらから断ったりしているのであった。

 広い城内を歩き回ったためにすっかり疲れてしまった三人は、休憩場所を求めて、たまたま近くにあった図書館へと足を踏み入れた。

 やけに薄暗く、物々しい雰囲気を放つ図書館内には、どうやって本を取れば良いのかわからない程に背の高い本棚がズラリと並んでいる。本棚の中身は魔法や歴史や人物に関する本が多いようであったが、物語や料理本なども置かれていた。

 三人が人気の無い読書スペースに腰掛けると、マチルダがルーナをジトリと睨み付ける。


「全然ダメではないか」

「フッ、まさかこの私の人脈が役に立たないとは思いませんでしたよ……」

「一癖ある猛者のようなセリフを吐くな。しかしどうしたものかな……。いっそ親衛隊の中で魔法が得意な者に——」

 そんな話をしていると、アメリア達の元へと近付いてくる一人の人物がいた。


「あのー、あなた達、図書館内でお喋りはちょっと……」

 三人に声を掛けてきたのはいかにも真面目そうな、眼鏡をかけてグレーのケープを着たポニーテールの美女である。


「あ、すいませんラミアさん。うるさかったですよね」

 ルーナが頭を下げた彼女の名はラミア・ブックノート。ここ魔王城内にある図書館の司書である。

 彼女は凄まじい記憶力を持っており、図書館内にある数万冊の本のタイトルと保管場所、更には貸し出した相手や貸し出し日数まで全てを記憶しているのだ。

 そんな彼女はあらゆる魔法書を読破しており、全ての属性の魔法を使いこなし、召喚術や呪術にも精通しているという噂をルーナは聞いた事があった。


「そうだ! 何で思いつかなかったんだろう!」

「ちょっと、図書館内ではお静かにと……」

「ラミアさん! 姫様に魔法を教えてくれませんか!?」

 ルーナの突然の頼み事にラミアは戸惑う。


「え!? 姫様って……そちらにいるエスポワール王国の王姫様ですよね? 先日劇場の方で何か出し物をされていた……」

「そうです! その姫様に魔法を教えて欲しいのです! さっきから色々な方に声を掛けているのですが、断られてばっかりで……。どうにかお願いできないでしょうか!? このままじゃ私の面目も丸潰れなんですよ!」

 戸惑うラミアに縋り付くように頼み込むルーナの耳元で、マチルダが囁く。


(おい、ルーナ。此奴は魔王様に対抗できる魔法が使える程の腕がある魔法使いなのか? いつもここにいる司書ではないか……)

(私、聞いた事があるんです。魔王城内には本来の実力を隠して一般職として城勤めをしている魔法使いがいると。恐らくそれがラミアさんなんです!)

(その噂は私も聞いたことがあるが、まさか此奴が……。よし、なぜ実力を隠しているかは知らんが、ダメ元で頼んでみるか)


 目の前でヒソヒソ話を始めた二人を見て、ラミアは不審そうな顔をしている。そんなラミアに対して、ルーナに続きマチルダも頭を下げた。それに倣いアメリアも頭を下げる。

「図書館の司書ラミアよ、私からも頼む。突然の頼みで驚いたとは思うが、我々は他に頼める者がおらんのだ。職務時間以外で、更に暇な時間で構わないし、魔王様から手当ても出される。だからアメリアに魔法を教えてやって……」

「いいですよ」

 三人の頼みをラミアはアッサリと承諾した。

 ラミアの返答を聞いた三人の顔に、特にルーナの顔にパァッと笑顔が咲いた。


「ほ、本当ですか!?」

「えぇ、勤務時間外であれば。でも、本当に私なんかでいいのですか?」

「もちろんです! あらゆる魔法を使いこなすラミアさんが教えて下さるのであれば、きっと姫様も——」

 すると、ラミアの頭上にハテナマークが浮かんだ。


「え? 私は記憶の魔法と速読の魔法、あとは飛翔の魔法くらいしか使えませんよ」

 今度はルーナが「え?」と言う番であった。


 ☆


「流れ的に完全に奴が魔法を教えてくれると思ったのだが、どうやら噂は所詮噂だったらしいな」

「フフフ……ハハハ……ハーッハッハッハ!!」

 夕日が差し込む魔王城内を塔へと帰る途中、ルーナは突然狂ったように笑い始めた。


「見てくださいよ、私のこの様を! 何がメイドランキング二位ですか!? 何が魔王城イチの人脈の持ち主ですか!? 何が魔王城人物名鑑ですか!?」

「いや、誰もそこまでは……」

「調子に乗って偉そうな事を言っていた結果がコレですよ!! う、うえぇぇぇぇぇぇ……」

 そして情緒不安定な事この上なく、声をあげて泣き始める。


「ル、ルーナ、何も泣く事ないじゃない」

「私、姫様のお役に立ちたかったんです……。マチルダさんは剣を教えていますし、プリムさんは体力の回復をしていますし、何もできない私はせめて姫様に魔法を教えてくれる人を探してこようと思っていたのに……。私は役立たずです……」

 手で顔を覆いメソメソと泣くルーナを、アメリアは優しく抱きしめ、頭を撫でる。


「何言ってるの、あなたが役立たずのはずがないじゃない」

「役立たずです! 私は姫様に剣も魔法も教えてあげられませんし、体力を回復してあげる事もできません……」

「でも、あなたが毎日私の身の回りの事をやってくれるから、私は修行に専念できるのよ。あなたがいなければ私は何もできないわ。それに、私が絶望から立ち上がるきっかけをくれたのはあなたじゃないの」

「姫様……」

「あなたのお父さんの言葉『止まない雨はない』でしょう? ほら、元気出して」

 顔を上げたルーナに、アメリアはパチリとウインクをした。

 そしてアメリアはルーナに一つの提案をする。


「ねぇ、ルーナ。考えたんだけど、あなたが私に魔法を教えてくれないかしら?」

「わ、私が姫様にですか!? でも……」

「魔法だって基本はあるわけでしょう? あなたに基本を教わって、ある程度上達したら魔法の上手な人に教えてもらうようにすればいいじゃない。一ヶ月すればグスタフさんも帰って来るって言ってたし」

 二人の会話を聞いていたマチルダも、その案に首を縦に振った。


「悪くない案ではあるな。魔法というものは様々な分野に枝分かれしてはいるが、基礎的な部分は同じだ。その部分だけならば治癒魔法が扱えるルーナにも教えられるだろう」

 ルーナは二人の顔を見比べて、目をパチクリとさせる。


「……本当に私で良いんですか?」

「違うわ。あなたでいいんじゃないの。私はこのお城で一番最初に仲良くなってくれた、一番信頼できるのよ」

「ひ、姫様ぁぁあああ!!」

 再度涙を流したルーナは、今度は自分からアメリアの胸へと飛び込む。こうしてルーナは当面アメリアの魔法指南役を務める事となったのだ。


 夕陽をバックに抱き合う二人を、まるで姉妹のようだと微笑ましく見守るマチルダ。そしてこの日の出来事はいい感じに幕を閉じるかと思われた。

 しかし————


「おーい、みんなー。アメちゃんに魔法を教えてくれる人達を探してきたよー」

 三人が声のした方を見ると、城と塔を繋ぐ渡り廊下をプリムが手を振りながら走って来ている。そしてその背後にはローブを身に纏い、杖を手にした魔法使いらしき男達がドドドドと大量に押し寄せてきていた。


「姫様に魔法を教えればマチルダさんがオッパイを揉ませてくれるって本当ですか!?」

「マチルダさんが一晩◯◯してくれるって!?」

「拙者マチルダ殿に猫耳鼻フックメイドコスで罵倒してもらいながら頭を踏んで欲しいでござるでもし!」

 目を血走らせながら迫ってくる男達とニッコニコのプリムを見て、マチルダは額に青筋を浮かべる。そして腰に携えた剣を抜くと、怒りのオーラを纏わせた。


「このバカスライムがぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!」

 マチルダが雄叫びと共に放った一撃によって、男達共々プリムが吹き飛ばされた所が本日のオチであった。

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