第8話 帝都レザンブロン

 キマイラを倒した後の帝都への道は順調だった。

 街道は広くなり、光の玉が浮いた鉄柱が設置された間隔も狭くなり明るくなった。

 行き交う人、馬車やパトロールの兵士たちも増え、賑やかさが増してきた。

 

 ちょっとした丘陵地帯を抜けた先に、オリヴィエル帝国の帝都・レザンブロンが見えてきた。真っ白の高い壁に囲まれ、一方は港町になっているようだった。


 今日は天気もよく海がきらきらと煌めき、爽やかな海風がこちらに向かって吹いていた。


「白き都って言われているんですよぅ」

 弟子のクルエラが赤毛をたなびかせながら手を額にかざして帝都を見つめながら言った。


「これは凄いなぁ」

 フィリップも素直に感心する。

 高い城壁は古い年代のようで銃眼などは設置されていないようだったが、そのかわりに城壁の周囲に壕がめぐらされ、大砲がいくつか据えてあるのが見えた。

「……錬金術師殿は初めてか? いや失礼、記憶がないのだったな」

 もっしゃもしゃと黒パンを食べながら話しかけてきたのはエレノア。

 こちらも白金色の長髪が風にふわふわと揺れている。

「こんなに凄いとはなぁ」

「帝都レザンブロンには長い歴史がある。港もなかなかのものだ。このあたりは良い風が吹いている」とエレノア。

「あ、もう着くみたいですよぅ」


 帝都の前には大規模な厩舎があり、そこには別の街に向かう駅馬車、帝都内の交通のための小さめの馬車、単騎での馬の貸し出しなどでごった返していた。


「いやぁ良かったでやんす! それじゃあっしはここらで……」

 駅馬車を厩舎の近くに寄せると、御者が荷物をおろすのを手伝ってくれた。

 

 厩舎にいた帝都内に向かう小型の2輪の馬車を2台雇い、荷物を載せる。

 来年度の研究費申請には少し時間がかかるようなので荷物は多めだ。

 革のスーツケースには主に実験器具やレポート、当面の衣服などが入っている。

 

「じゃあ手配した宿に向かいますよぅ」

 クルエラが荷物を乗せた馬車に一人で乗り御者に指示を出す。

 後発の馬車にはフィリップとエレノアだけが乗ってついていった。


 帝都城門は広く開け放たれ、古めかしい城門をくぐるとその先には白く広い大通りに、まっすぐ前方には青と白で彩られた宮殿が見えた。

 フィリップは感嘆の声をあげる。


「あの青のスレート石瓦で彩られた宮殿がオストラル宮殿だ」

 なぜかエレノアが誇らしそうに言う。

「よく知ってるのか?」

「私は風の巫女だったからな。宮廷行事で行ったことがある、内装も上品で美しいぞ」


 確かに白を基調として青いスレート石瓦で上部が彩られた宮殿は見事だった。地球でいうところのヴェルサイユ宮殿とかシェーンブルン宮殿のような立ち位置なのだが、どちらかというと東京の迎賓館のような雰囲気にも見える。


 宮殿の前には銃剣を着剣した兵士たちがズラリと並んで警備している。

 彼らは、街道で見かけた兵士とは違い、金色の羽飾りのようなものを帽子につけていた。


「あれは近衛兵だな。宮殿を守ってもいるが、いざ皇帝が親征するとなれば親衛隊として騎兵にもなる」

「詳しいな」

「……そう風の神殿の巫女長が実は近衛兵の中隊長と……」

 何やら面白そうな話が始まった途端、馬車が大通りから路地に入る。

 がたがたと振動するのは大通りよりも石畳がでこぼこしているかららしかった。

 振動を抑える貫紐がぎしぎしときしむ。

 馬車はしばらく行って止まった。


「着きましたよぅ」

 クルエラが声をかけてくる。

「おぉ……」


 それは小さな路地裏の酒場に見えた。どうやら二階と三階が宿屋になっているらしい。

 扉を開けて入ると、昼間から飲んでいる客が数人いた。

 テーブルは全部で6つくらいだろうか。

 

 フィリップの研究所があるザンスケルにある大きな酒場と違い、帝都は土地代が高いのか、こじんまりしている。ただ木の壁や床はよく磨かれ、見事な装飾の入った棚には酒瓶がずらりと並んでいる。


「いらっしゃーい」

 露出度が高い服装をした年齢不詳の女将らしき人物が迎えてくれた。

「あーらフィリップ先生御一行ね、また研究費の申請かしらん?」

「ですよぅ、あ、フィリップ先生実験の影響でいま記憶ないので初対面みたいなもんですぅ」

「ええー、そうなの?」

 女将は驚いてはいたが、しばらくして納得したようだ。

「ここは"眠るクジラ亭"よ。私はオーナーのリーヨ。ゆっくりしていってね。あ、ところで」

 女将が一瞬真顔になる。


「ところで?」不穏な気配を感じたフィリップが促した。

「なんか今年から登録料金貨3枚になったらしいわよ」

「え」ケラケラ笑っていたクルエラも思わず真顔になった。

「それで帰っていく人もいるんだけど、成果ナシの人を弾くためかしらねぇ、まぁフィリップ先生なら大丈夫よね、一応曲がりなりにも錬金術スキル持ちだし、ねぇ、あはは、あ、忙しい忙しい」

 女将は一気にまくしたててそそくさと厨房に消えていった。

「あちゃー、どうします? 所持金足りないですよぅ?」

 さすがのクルエラも心配そうだ。

 そんな中フィリップは一人平然としていた。

 彼はニヤリと笑う。

「大丈夫だ、俺に任せろ」

「不安……」クルエラの心配顔をよそにフィリップは自信満々だったのだった。

 



――フィリップの現在の所持金

馬車短距離二台分 銅貨 -4枚


銅貨10枚(4000円相当・財布)

銀貨8枚 銅貨6枚 銀貨(68000円相当・クルエラ管理)

一部が黄金色になった小刀




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