第10話 オリヴィエル帝国への研究費申請
朝から快晴だった。
エレノアは宿にしている"眠るクジラ亭"に残ると主張して朝からぐだぐだしていた。
フィリップは弟子のクルエラだけ連れて散策に出た。
「とりあえず書類だけは整えてありますけどぉ、登録料の金貨3枚どうします……?」
クルエラは心配そうだ。
「大丈夫、実は秘蔵の品があるんだ」
フィリップは懐から黄金色にきらめくスプーンを5つ取り出した。
「あれっあのスプーンまだあったんですか?」
「実は錬金したんだ」
「またまたぁ」
クルエラはケラケラ笑ってフィリップの背中をどんと叩く。
「はは……」
実際錬金には成功した。
マスターレベル2になったことで、金に変換できる質量が増えたようだった。
(これ
ここに来る前はしがないサラリーマン・新井だったフィリップはそう思った。
「じゃあとりあえず換金に行きましょうか」
「うむ……」
宮殿に向かう大通りに面した雑貨商に入る。
その雑貨商は派手な店構えで、どちらかというと控えめで優雅な景観の王都の中で、こじんまりとはしているが、まるでゴシック建築のように凹凸の多い装飾が施されている。
店の窓にはガラスも使われ、センスはともかくかなり派手な雰囲気だ。
重々しい木の扉を開けると、そこかしこに、これまた派手なツボやら極彩色のグラスやら、よくわからないものやらが陳列され、奥にカウンターがひとつ。
そして赤と青のストライプの服装に、緑に髪を染めた恰幅のよい中年男が座っていた。男は長いつけまつげをつけ、頬紅をつけていた。
「あーらいらっしゃい」
男は品定めをするような目つきでこちらを見ている。
「あたしはトルヒーヨ……見たところ学者先生のご一行って感じかしら?」
「まぁ当たらずとも遠からずかな」
フィリップは若干、
「ここはかなりの高級店よ、学者先生に売るものなんかあるのかしら?」
鼻で笑うトルヒーヨ。
むっとしたらしいクルエラが彼に詰め寄る。
「先生は、ただの学者先生じゃないんですよ!」
「へぇ?」とトルヒーヨ。
「そりゃあ研究費がいつもなくて変な薬ばっかり作ってるし、体力はないし、ついでに実験もしょっちゅう失敗してますけどぉ、雑務もたくさん押し付けてくるし」
「……それ何かいいところあるの?」
「あ、うーんそう……うーん……」
「そこは考え込まなくても」フィリップはがっくり肩を落とす。
「そ、そうだ、善人! 善人です」
「学者関係なくない?」
「キーッ!」
「まぁ…まぁまぁ」
フィリップが割って入る。
「いや実際俺はそんなに大した学者ってわけじゃないんだが、秘蔵の品を売りにきたんだよ」
そう言ってフィリップは高級感のある色合いの布をカウンターに広げる。その布には黄金のスプーンが5つ入っていた。
「あらぁ?」
トルヒーヨが目を細めた。
眼光が鋭くなる。
「ちょっと見せてもらってもいいかしら?」
「どうぞ」
トルヒーヨはルーペのようなものを取り出して、黄金のスプーンを1つつまみ、眺めた。
「ん……みた感じ金無垢ね……刻印とかなーんにもないけど……」
秤の上にスプーンを乗せて調べ始める。重量を見ているのだろう。
「……多分純金ね。アタシは鑑定スキルは持っちゃいないけどだいたい分かるわ」
そう言ってトルヒーヨはじろりとこちらを見る。
「これどこで手に入れたの?」
「先祖が残したものの中にあったんだ」
「そーお? この形はわりと最新だけどねぇ……」
「何か問題でも?」
「出所が確かじゃないものは基本的には買わないんだけど、物はいいわね……」
トルヒーヨはカウンターの上に金貨を3枚置いた。
研究所のある港町ザンスケルで売った時よりも若干レートが高い。
「おぉー研究費クリア!」
クルエラが思わず言う。
トルヒーヨが噴き出した。
「くくっ……あんたたち、研究費の申請に来てたの? あぁ登録料か、今年から上がったらしいわね」
「まぁそうなんだ」
「ふーん、まぁ本当は情報料とも思ったんだけど……あんたたちが気に入ったわ。今回はこのレートで買い取ってあげる。ただ次は出所がある程度確かじゃないと買わないわよ」
「恩に着る……」
「この町は帝国のおひざ元でもあるから、地方と違って買い取りや中古品の売買にも結構規制があるのよ。まぁあたしなら何とかできるけどねぇ」
トルヒーヨが怪しげな笑みを浮かべる。
「考えておく」
「また来てね、学者先生」
扉を閉めると、思わず息をついた。
「いやーなんかすごい人でしたねぇ」とクルエラ。
「あぁ……だけどこれで登録費はクリアかな?」
「ですね?」
「錬金術師どのぉ」
聞きなれた声がする。
見ると、白金色の長髪の女性騎士が哀れな様子でこちらを見ている。
「エレノア……」
「く、空腹で力が……」
がくりと崩れ落ちるエレノア。
「魔物を両断した時はかっこよかったのに……」
クルエラがぼそりとつぶやいた。
「……とりあえず飯に行こうか」
そしてその後、エレノアは金貨以外のほぼ全財産分食べたことは言うまでもない。
――フィリップの現在の所持金
食事代(エレノア) 銀貨-8枚
黄金のスプーンを売った代金 金貨+3枚
金貨3枚(240,000円相当)
銅貨5枚(2,000円相当・財布)
全部が黄金色になった小刀
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