第21話 海賊と帳簿

「いててて……」

 フィリップは身を起こした。

 甲板から転げ落ちたが、幸い怪我はしていなさそうだった。


 甲板上からは大声、砲音がごちゃまぜに聞こえてくる。

 とりあえず様子を見に行こうと階段をのぼる。


「ぶつかるぞー!」

 誰かが叫んだ。


「えっ?」

 目の前に一瞬赤い帆の海賊船が見えた。

 思ったより派手な装飾の船で、舷側に砲口が並んでいる。

 それが一瞬で視界に広がった。


 そして衝撃。

 暗闇。


 フィリップはどうやら自分が海の中に落ちたであろうことを自覚した。

 冷たい。

 そして暗い。

 遠くに水面が見える。


 フィリップはゆっくりと沈んでいった。


——目をゆっくりと開けると、そこはどこかの民家のようだった。木造で、まんなかが土間になっているようだ。土間にはレンガで囲まれた囲炉裏のようなものが置いてあり、炭になりかかった木材が静かに燃えていた。


 暖かい。

 どうも土間から近い板の間に寝かされていたようだ。

 一見日本の古民家にも似ているのだが、天井は高く、どちらかというと元の世界のヴァイキングとかが住んでいるロングハウスに似ているように見えた。


「気がついた?」

 古いジャケットのようなものに三角帽、腰には短いナタのようなものを差した女性がそばに立っていた。髪はくすんだ色の金髪だ。どこからどうみても海賊だ。


 いろいろな疑問が混じった目でフィリップは彼女をみた。身を起こしてみるがあちこち痛む。腕や胸にはシーツか何かを割いて作ったと思われる包帯が巻いてあり、もともとの荷物や衣服はなく、麻か何かでできた簡単な衣服を身につけていた。


「……私は海賊のローラン。噂には聞いたことがあるよね」


 船長が言っていた赤い帆の女海賊だろうか。


「……噂には」

 ローランは油断なさそうに腕組みをしながらこちらを見た。


「あなた船員じゃないでしょ。冒険者風の服装しているけど……あの短剣、実用性は皆無だけど純金だった」

 フィリップは海賊ローランの趣旨が見えずに困惑した。

 ローランたちはフィリップの荷物をあさったらしい。しかし何故手当をしてくれたのだろうか。


「隠さなくてもいい。たぶんあなた重要人物。海賊の調査に来た……それで単刀直入にいうと人質として価値があると思っている」

 ローランは微笑みを浮かべた。


「いくらくらいを考えているんだ?」

「金貨300枚から500枚。300人もの乗組員を1週間は航海させて獲物を探していたんだから、それくらいはね」


 それくらいの金貨ならフィリップは錬金できる。

 しかしそういう錬金が可能というのが知られたら一生飼い殺しにされそうな気もした。


「……わかった、ただ今回は極秘任務なんだ。だから帝都のトルヒーヨという人間に使いを出してほしい」

 ローランはにやりと笑った。


「じゃ人質の生存証明のために署名を後でもらうわ」

「提督閣下!」


 体格の良い白髪の男が民家に入ってきた。

 ローランはじろりとその男をにらんだ。

「提督じゃない、お頭だよねエドワード」

「す、すみません……お頭」

「火薬類が値上がりして……収支が悪くなってしまったようで」

「いくら?」

「帳簿を見てみないと」


 提督、という言い回しが若干気になったが、それよりも帳簿があることに驚いた。

「帳簿があるのか?」

 思わずフィリップが口に出す。

 エドワードと言われた男が困ったようにこちらをみた。


「お頭、この方は例の?」

「そうだ、黄金の短剣の人質」

「お主……帳簿を見られるのか?」

「少しなら」

「お頭」

「いや、だめださすがに機密事項だ」

「ですな……」


 エドワードは頭をふりふり民家を出て行った。

「いずれにしてもあなたは大事な人質。欲しいものがあったり万一体調が悪くなったら言って。声を出せば世話係がやってくる」


 そうして海賊ローランも民家を出ていき、フィリップは1人残されたのだった。



――フィリップの現在の所持金

変更なし


・現在の所持金

なし


 

 

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