第6話 イヴェール街道

 石がしきつめられた街道はよく整備され、ところどころに街で見かけたのと同じ光の玉が浮く鉄塔が建っていた。

 

 駅馬車の車輪はがらがらと調子よく回転し、馬……日本でよく見かける競走馬と違って随分と太く短い脚の馬が2頭で一生懸命荷車を引っ張っていた。


「……勇者免許なんてものがあるなんてなぁ」

 フィリップは窓の外を見ながら何となくつぶやいた。この世界のガラスの強度はあまり高くないようで小さな縦型の窓が側面に1つずつ取り付けられているだけだ。


 何となくフィリップが想像していた優雅なスタイルというより、実用的な屋根付きのワゴンタイプで、荷物は天板に乗せてロープで縛っていた。中はやや狭く向い合せの座席にフィリップ、弟子のクルエラと堕落した勇者・堕勇者だゆうしゃエレノアが詰め込まれていた。


「錬金術師殿、免許がないと勇者は名乗れませぬが……」

 エレノアは昼時を待ちきれずにチーズとソーセージを挟んだ黒パンをほおばっている。

 そのエレノアにクルエラがひそひそと語り掛ける。

(フィリップ先生は実験中に一部記憶喪失になったんですよぉ)と説明しているのが何となく口の動きで分かる。


 エレノアは納得したようなしてないような表情で黒パンのサンドイッチをもぐもぐと食べ続けた。


 元・風の神殿の巫女で現役の勇者であるエレノアを乗せるということで何とか御者を説得し、帝都に向かう駅馬車を仕立てたフィリップ達は、帝都に向かうイヴェール街道を北上していた。


 気候は地球のヨーロッパに似ていてカラっとしている。 

 季節的には春から夏くらいのようだが湿度が低いのと、気温が低めなので駅馬車は少し窓をあけるだけで新鮮な空気が入ってきて心地よかった。


 ここから100kmくらい北の位置にオリヴィエル帝国の帝都レザンブロンがあるという。駅馬車は調子がよければ一日に40kmから50kmは進むのでだいたい2~3日くらいの工程らしい。


 途中、何度か帝国兵に止められて検問を受けた。

 彼らはたいてい数人で、青色のフロックコートのようなものを着込み、大きく長い銃のようなものを担ぎ、銃剣を着剣していた。


(銃があるのか……)

 フィリップはその兵士たちをしげしげと眺めた。

 よく見ると街道沿いにところどころにいくつかの天幕が張られ、兵士たちが街道を警戒しているようだった。全員が全員、銃を手にしているわけではなく、長槍を持った数十人の兵士の集団がどこかへ向かうのを目撃したこともあった。


 エレノアが窓からひょいと勇者免許を出すと大抵の場合、兵士は敬礼して通してくれた。

  

 日が暮れて暗くなってきたため、途中のキャンプで一泊するために停車する。

 背の高い黒っぽい木々に囲まれた森の中だった。

 そのキャンプには郵便配達人、別の街に向かう兵士が数人火を囲んでいた。


 こういうキャンプ場は無料で使えるらしい。

 駅馬車の御者、エレノア、クルエラ、フィリップも火を焚き、馬車が積んでいた毛布をしいて座った。


「旦那がた、そろそろ魔物が出るって噂の地域ですぜ」

 御者が不安そうに語りかけてきた。

「いざというときは……本当にお願いしやすぜ」

 彼は目をきょろきょろとさせた。


「銃を持った兵隊がたくさんいたけど、それで何とかならないものなのかい?」

 フィリップが素朴な疑問を口にする。

 

 御者は首を振った。

「そりゃあ巡回の兵士もいやすが、このあたりはどの街からも駐屯地からも遠いんですぜ。何か起きても兵士が来る頃にはその魔物が駅馬車を略奪しつくしてるって噂でさぁ」

 フィリップが焚火で作った暖かいお茶を渡すと御者はそれをすすった。


「どういう魔物が出るんですかぁ?」とクルエラ。

「何でもクマのようなライオンのような、でかい鳥のような巨大な魔物らしいでやす……魔王軍の手下の遊撃隊がいるという噂も……」

「何で目撃証言一致してないんだろ」とフィリップ。

「生き残った人間が少ないからでやす……生存者の言ったことが噂レベルで出回っているんでやすが……」

「なるほどなぁ……エレノア、何かそういう魔物知ってる?」

「知っているような知らぬような……」

 エレノアは上の空でさっそく焚火で炙った塩漬け肉を黒パンに乗せて食べ始めていた。どうも今回は食費が気になる。


 フィリップは彼女が大事にしている細身の剣が、クマのようなライオンのような、容姿はどうあれ筋肉の塊のような肉食獣に有効なのかだんだん不安になってきていた。そもそもこの世界での勇者の立ち位置がいまいち分からない。


「エレノア……確認なんだが……」フィリップが言いかける。

 エレノアは食べる手を止め、懐から手ぬぐいのようなものを取り出すと、それを毛布の上にさらにしいて、その上に大切そうにソーセージ乗っけ黒パンを置いた。


 彼女はいつになく真剣な表情でこちらを見ている。

 いや、こちらというより視線はフィリップの背後を見ているように感じた。


「エレノア?」

「出たようだな」彼女は帯革から外していた剣を手にとった。

 その時、フィリップは背後から凄まじい唸り声と共に熱い息が首筋にかかるのを感じたのだった。



――フィリップの現在の所持金

収支 銀貨 -5枚(駅馬車片道・危険手当・御者の日当込)

食糧費・雑費 銀貨 - 2枚


銅貨10枚(4000円相当・財布)

銀貨8枚 銅貨10枚 銀貨(68000円相当・クルエラ管理)

一部が黄金色になった小刀




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