第4話 風の勇者エレノア(所持金銅貨3枚)

「ゆ、勇者って……おま……」

 水夫が立ち上がった。体格のいい男でモジャモジャの髭は一見海賊だ。

 怒りというよりは驚きに満ちた表情だ。見たところ怪我もないようで、短剣を弾き飛ばされただけのようだった。

「だっておま、奢ってくれっていうからてっきり商売女かなって……」

 

 エレノアと名乗った白金のような輝かしい長髪の女性は気まずそうな表情になった。

「それは……」

「それは?」

 酒場の客がそれぞれ食事の手をとめてカウンターの彼等に注目していた。

「銅貨3枚しか持っていないからだ……」

「おま、それじゃ魚なんて食べた日には……」

「し、しかしそれと私を侮辱したこととは違うぞ!」

「奢ってくれっていうから、そういう話かと思ってちょっと手を握っただけじゃないかよぉ……」

 エレノアは顔を真っ赤にしている。

 

 それにしても聞けば本当にしょうもない話だ。

「そ、それはお主が悪人面だから」

「ひ、ひどい……」

(それは確かに普通にひどい)思わずフィリップもうなずいた。


 それにしても勇者とは一体何だろうか。

(ところでクルエラ、勇者って何だ?)

(忘れたんですかぁっていうリアクションはもう面倒くさいからしませんけどぉ、ちょっと特別なユニークなスキルとか運命みたいなのを持った人たちですよ)

 クルエラがぼそぼそと教えてくれる。

(一人じゃないんだ?)

(レアといえばレアですけど、結構いますねぇ)


「おいおいちょっと待ったぁ!」

 あれだけにこやかだった太った酒場の主人が鬼のような形相でフライパンに似た調理器具を片手に奥から出てきた。

「勇者様といったな、さっきからすでに銅貨20枚分は食べてるぞ!」

「美味かったぞ」

「そういう問題じゃない! さっきからあれだ、ええと豆のスープ、魚のシチュー、塩漬け魚の焼き魚、豚肉のソーセージ……」

(めっちゃ食べてる)

 この世界はそこそこの量が出てくるようで、一人で何皿も食べるのはかなり苦労すると思われた。


「所持金銅貨3枚であんだけ食うとはどういう了見だ!」

「そ、それは……」

 追い込まれる勇者。


 フィリップはさっと立ち上がった。

「まぁまぁ……ご主人、水夫の方、ここは私が払おうじゃないか」

「フィリップ先生?」

 主人が目を丸くする。

「銅貨20枚なら払えるし、水夫の方にも一杯奢ろう、そのかわり……」

「そのかわり?」

「まずは話を聞かせてくれ」


――宿の主人と水夫に少し金多めに金を払い、場所を変えることにしたフィリップは、ゆっくり話せる場所ということで研究室にエレノアを連れ帰った。

 

 研究室の慎ましやかな様子にエレノアは申し訳なさそうな表情になっていたが、実験のために掃除だけはしっかりしていたので清潔ではあった。


「錬金術の先生でいらっしゃったのか。すまなかった、食事代を肩代わりしていただき……」

「いえいえ、ちょうど実験に成功して少し臨時収入があったものですから……ところで一体どういうわけで魔王を倒す旅をしていらっしゃるんですか?」

 フィリップが言う。我ながらRPGに出てくるNPCのようだと思ってしまったが。


「それは長い話になるが……」

 エレノアが身の上を語り始めた。


 そもそもの話でいうと、西風の魔王ゼフィロスがこの地方で暴れ始めたのはここ数年の話らしい。魔王が攻め込みはじめたのがこのオリヴィエル帝国というわけだ。

 

 西風を利用した毒攻撃に帝国は苦戦するが、その中で立ち上がったのが風の精霊ウェントゥスに仕える風の巫女たちだった。風の巫女たちは帝国軍を風の障壁で守って戦いを有利に進めていたが、怒った魔王ゼフィロスは風の神殿そのものを滅ぼしてしまった。

 その生き残りがエレノアだ。


 彼女はこの事件をきっかけに巫女長の力を継承した結果、或るユニークスキルに目覚め勇者として旅をしているとのことだった。

 しかし19歳まで風の神殿で世間から隔離されて育てられたエレノアは、世間知らずが直らずに各地でトラブルを起こし、仲間とも別れて一人この港町に流れてきたということだった。


(なるほど……)

 フィリップはどうやら戦う力をほとんど持たないようだった。

 あるのは「マスターレベル」となった錬金術だけ。

 

「……いまは魔王が優勢で、帝国軍も敗北を繰り返している。風の加護を失った今、魔王が西風の力でまずこちらを弱体化させてくるのだ。私が護ることができる範囲も限られているし、風の神殿は滅ぼされてしまったからな」

 エレノアが沈痛な表情で語った。

「私も路銀がつき、とうとう酒場で物乞いのようなことをする始末……他の勇者に期待するしかあるまい……」


 泊まる場所もないということだったので、とりあえずエレノアには空いた部屋をひとつ貸した。


「先生、そんな親切でしたっけ?」 

 クルエラが文句をいいつつも準備をしてくれた。

 フィリップは一人実験室にこもった。


 実験器具らしい小刀を手に意識を集中する。

 緑色の光が放たれ、ほんのりと小刀の柄の一部が黄金色になっていた。

「どうやら錬金術を一度使うと、すぐには使えないようだな……しかし……この力を使えばもしかして」


 フィリップの心中ではある思いが首をもたげていた。

「金の力で魔王と戦えるんじゃないか?」

 それはもしかするとこのマスターレベルの力の理由なのかもしれない、と彼は思い始めていたのだった。


――フィリップの現在の所持金

収支 銀貨 -2枚


銅貨10枚(4000円相当・財布)

銀貨15枚 銅貨25枚 銀貨(130000円相当・クルエラ管理)

一部が黄金色になった小刀

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