第16話 深淵の魔道士の正体

「く、くるなぁー! 許してくれ!」

 扉を開け放ち、ハミッシュとレジーナが武器を構えて飛び込むと、漆黒のローブをまとった男が両手をあげて降参のポーズをとっていた。


 ハミッシュは剣を水平に構えて「深淵の魔導士か?」と聞いた。


 漆黒のローブの男は高速で顔を上下に振る。


「……みたいですぜ」

「これが討伐クエストの対象かぁ」


 フィリップもその最奥の部屋に入った。

 ステラとロークがフィリップの前に立つ。


 レジーナが剣を振り上げた。


「ひぃっ」

「まぁまぁ……」


 どうもその人物は攻撃を仕掛けてくる気配はないようだった。

 そして、少し余裕の出てきたフィリップはこの部屋を見回してみたが、ひどい有様だった。


 雨漏りでもしているのだろか。

 ところどころに小さな木のバケツが置いてある。というよりいまも水滴がぼたぼたと落ちてきていた。湿気でもたまっているのだろうか。


 何かの儀式のための台の上には乱雑に書物が積み上げられている。

 漆喰がなく、石がむき出しの壁からは隙間風が入ってくるようで寒かった。

 それをカーテンか何かで塞ごうとした後は見受けられるのだが、カーテンやマントが足りずに、結局は風が吹き込んできていた。


 床には粗末な木の椀に入った大麦か何かの粥。


「……」

 フィリップは漆黒のローブの男の目を見た。

 男は怯えていた。年齢は思ったよりも若く20代半ばくらいだろうか。


「はぁー」

 レジーナがため息をついて剣をおろした。


 男がほっとしたように手をおろそうとする。

 レジーナはキっとにらみつけて言った。


「こら! 手をおろさない」

「はひぃぇぇー!」

 男……深淵の魔導士は、はいとヒエーが混じったような叫び声をあげ、また両手をあげた。


「深淵の魔導士で間違いないのかぁ? 冒険者ギルドが手配書回してたぞ」

 ハミッシュは油断なく両手剣を構えたままだ。


「ま、間違いない……しかしまだ何もしてないんだ! 魔獣もコボルトくらいしか生成できてないんだ」

「コボルトって初歩の初歩」

 ステラがぼそっとつぶやいた。 

 ロークがうんうん、とうなづく。


「違法な魔獣生成とか召喚は違法よ」

 レジーナが腰に手を当てる。


「それはわかってるが……金がつきたんだ。もう援助もないしな」

「え、こういうのってお金がかかるの?」

 思わずフィリップが背後にいた弟子のクルエラに聞く。


「ですよぅ。まぁこういう"悪事"の場合はだいたい闇商人ギルドから出資されて、まぁなんかその地方で暴れたりとか、密輸とか人身売買とか、そういうことやってるらしいですよぅ」


「そ、そうだ。闇商人ギルドから金貨30枚の出資を受けたんだが使い切った……コボルト生成の術だの道具だのを揃えるだけでボったくられたんだ」


 金貨30枚といえば、だいたい240万円分くらいだ。

 

「ついでにこの"雨上がりの塔"の賃貸も」

「これ賃貸なんだ?」

 フィリップは思わず聞き返した。


「そうだ……闇商人ギルドが手配したんだ。こんなオンボロなのに月に金貨3枚はとられる」


「つまり魔獣を生成しただけで何もしてないって? だけどなんどか待ち伏せされたわよ?」

「そ、それは……」

「それは?」

 レジーナが剣の握り方を変えた。いざというときにすぐ斬りかかることができるように、なのだろうか。


「その……食料が足りずに逃げ出したコボルトだろう……」

 深淵の魔導士はがっくりと肩を落とした。

「……」


 フィリップはどちらかというと同情心が沸いてきてしまっていた。


「その……なんだ」  

 フィリップは深淵の魔導士に近寄り、肩をぽんと叩いた。

 

「?」

「つまり金貨30枚の出資を受けたと」

「そうだ……」

「でも毎月の賃貸だったりコボルトの餌代がかかったと]

「その通りだ……」

「結構高い維持費で何もできない間に資金がつきたと」

「そうだ」

「それ、騙されてない?」

「……」

「………」

「…………」

「……………」

「……………はっ!」


 深淵の魔導士は何かに気付いたようで、くわっと目を見開いたが、やがてがっくりと椅子に座り込んだ。


「このままだと高利で借金をかかえた上に、この機材も廃城も没収だ……はは」

「その前に今ここに討伐に来ているあたし達冒険者にとっつかまるか、斬られるかだけどー」

 レジーナがじろりと深淵の魔導士をにらむ。


「なるほどなぁ、もしかして機材一式は中古買い取り?」

「そうだ」


 フィリップの頭の中ではすべての話がつながった。

 どうやら深淵の魔導士は悪の道を志したものの、闇商人ギルドとやらに出店詐欺・フランチャイズ詐欺のような形ですっかりカタにハメられているわけだ。


 ということは。


「ひとつ……解決策があるんだが」

「何だって?」

「お耳を拝借」


 フィリップの話に最初は半信半疑だった深淵の魔導士だったが、やがて目をキラキラとさせはじめた。


「なるほど! 乗ろう!」

 ぽかんとするレジーナ、ハミッシュを置いて話は進み始めたのだった。



――フィリップの現在の所持金

特に変化なし


金貨33枚(2,640,000円相当)

銅貨5枚(2,000円相当・財布)

全部が黄金色になった小刀







 


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