第12話 深淵の魔道士討伐

 錬金術師フィリップが結成した討伐隊は帝都レザンブロンを出発して一路、街道を東に向かっていた。レヴィアタン峡谷の廃塔が目指す場所とのことで帝都からは3〜4日の距離だった。


 食料や水、酒を積んだ荷馬車が一台。

 がちゃがちゃと鎧や鎖帷子の音を鳴らして歩く傭兵が数人。女性も1人混じっている。

 茶色っぽい麻のローブを着た男。

 魔道士風のローブをかぶった小柄な人物が1人。

 そして風の勇者エレノア、弟子のクルエラというパーティだった。

 雇い主であるフィリップは荷馬車の樽の間に座ってぼうっと空を見ていた。


 話は数日前に遡る。


「いい? あくまでそのアイディアが解った上での出資金なのよ、これは」

 けばけばしい化粧をしたトルヒーヨはふんと鼻をならしたものだ。

 しかし彼はどすんと金貨の入った袋をカウンターの上に置いた。


 フィリップはあの後、トルヒーヨの雑貨店に行き、実はまだ出どころがいえない黄金が結構な量あるという話をしたのだ。


 そうしておいて例の黄金に変えた小刀を見せた。

 トルヒーヨはその小刀をしばらく鑑定していたが、少なくともフィリップがまだ黄金を持っているらしいこと自体は信じたようだった。

 

 その上でフィリップは持ちかけたのだ。

 いま帝都で話題になっている「深淵の魔道士」を討伐する冒険者ギルドの仕事クエストを受けると。

 そして深淵の魔道士が宝を持っていようが持っていまいが、そこから出た宝ということにしてこれらの黄金をさばいてくれないか、と。そのために討伐するので金を前借りしたいと。


 トルヒーヨはしばらく考えていたが、やがて出した結論として一言。

「乗るわ」だったのだ。


「少なくともここ最近、アンタが持ち込んできたブツは本物の黄金だわ。まるで安物の食器やナイフの鋳型に純度の高い黄金を流し込んだかのようにね。そんなことをして意味があるとは思わないけど黄金なのは事実、それもかなり純度が高いわ」

 トルヒーヨはじろじろフィリップをながめる。

「そんな黄金どこで手に入れたのって聞きたいところだけど、出どころが納得できるようなものだったらそもそもこういう話にはなってないわよねぇ」


「それでいくら出してくれるんだ」

「そもそも成算は? それによるわよ」

「なんだっけ、勇者のライセンスを持った人物がもともといる」

「勇者? 勇者免許? ふぅん、ならそんじょそこらの魔道士なら案外簡単かもね」

「人数はどれくらいいるかな?」


 トルヒーヨはくっくっくと笑った。

「ここは交渉するところでしょうよ? まぁそんなバカ正直なところが信用する根拠だけども」


 彼はそろばんのような金属製のプレートを取り出した。

 トルヒーヨは慣れた手つきてガリガリとそれを動かし始めた。


「……しばらく使ってなかったからロウの具合が悪いわね」

 ぶつぶつと言いながら計算する。

 見たことがない形式だが、ケタを表す玉と、数字を表す玉を動かして計算するようだ。


「勇者って剣士系? 魔道士系?」

「え? さぁ、剣使ってたから剣士系?」

「ふん……」

 

 そろばんを弾いた後、トルヒーヨは羊皮紙にカリカリと何か文字と数字らしきものを書き込んでいく。不思議とフィリップはその意味は何となくわかる。


「うーんこんなもんかしらねぇ」

 トルヒーヨが羊皮紙を差し出す。


――トルヒーヨの試算表

傭兵日当銀貨2枚で往復10日、4人 = 銀貨80枚

荷馬車・御者セットで日当銀貨3枚、往復10日、1セット = 銀貨30枚

60リットル入りタル(小)入りの安ワイン = 銀貨10枚

160リットル入りタル(中)入りの水(未浄水) = 銀貨120枚

パン・干し肉など食料 = 銀貨20枚


合計)銀貨260枚=金貨26枚


 フィリップは頭の中で急いで計算した。

 だいたいこの世界に来てからこれくらいかな? という価格感を彼は既に持っていた。

「おぉ……日本円で208万円!」

「エン?」

「日当もさることながら水が高い……しかも未浄水ってこれ川の水?」

「魔法はかけてまで変質はさせてないけど最低限、石とか炭で不純物は取り除いてるわよ。しかも特別価格よ? これ」

「それにしても多くないか?」

「ワインを割って飲むのと、体洗ったりとか色々必要でしょうよ」

「なるほど……」


 ふんわりフィリップも新井という日本人であった時、ヨーロッパは良質の水がとれにくいので、ワインにするためのブドウの搾りカスを水に混ぜて飲んだりする習慣があったと聞いたことがある。気候や風土が似ているのかもしれない。


「とりあえず雑費もあるでしょうから金貨30枚貸すわ。そのかわりさばく黄金からこの金貨30枚分をのぞいて手数料20%もらうわよ」

「さばいてもらうだけでもありがたいから、それでいいよ」

「……交渉しがいがないわねぇ」

 トルヒーヨは舌打ちした。

「じゃ15%」

「なぜさがる?」

「もともと交渉で10%くらいまでは下がるかもって思ってたのよ。これはアタシのキ・モ・チ」

 ばちんとウィンクするトルヒーヨ。

「それはいらないや」

「……本当に正直者ね」


 そういうわけでフィリップはエレノアに頼んで冒険者ギルドにアプローチし、さらに冒険者を名乗る傭兵を数名雇用したのだった。



――フィリップの現在の所持金

トルヒーヨからの出資金 +金貨 30枚


金貨33枚(2,640,000円相当)

銅貨5枚(2,000円相当・財布)

全部が黄金色になった小刀






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