壊してしまいたいもの ※ 別視点

 アレクサ・モールトンを合法的にないものとする。


 それはさして難しくはないはずだった。初めから、そんな令嬢は存在していないのだから。


 もともと体が弱いという設定なのだから、具合が悪くなったことにして祖国に帰せばいい――というの提案にロバートは眉をしかめた。


 「乱暴すぎる。それでは人間関係のトラブルで追われたのだと評判が立つ。

 王太子としてのオレ――わたし・・・の立場にも、その婚約者のグロリアの立場にもかかわる問題になる」


 「いつかは、アレクサはいなくなる予定だったはずだ」


 「いつかは、だ。それは今じゃない。第一、仮にアレクサがいなくなったとして、オマエが自由に動いていい理由にはならない」

 

 「――学園の職員が動いてなにが悪い」

 「本気で言ってるか?

 雑用をしているだけの校務員に警備なんてつけられない。ましてわたしが共にいるのも不自然だ。いざという時、どう身を守る」


 「……」


 「オマエになにかあれば、最悪、外交問題だ。

 ――それ以上にわたしと王妃はははオマエに何かあって欲しくはないんだ」


 「……」


 「なあ、今、あせってどうなる?

 今が正念場なんだ。――隣国の王の容態はいよいよ芳しくないと聞く。次の王位継承者を早く定めようという動きが本格化しているんだ。

 

 次の王さえ定まってしまえば、オマエの政治的価値はなくなる。

 

 オマエを傀儡かいらいにしようとする連中がいなくなれば、オマエはこの国で自由に暮らせるようになる」


 ロバートの言葉は誰よりも彼自身がよくわかっている内容のはずだった。

 なのに、素直にのみこむことができない。


 怖いのだ。

 アレクサがいることで、”彼女”が傷ついてしまう。

 

 彼女が本気でアレクサを疎んでいないことはわかっている。

 現に、アレクサとは奇妙ななれ合いの関係にさえなってきている。それは、どこか居心地さえいいものだった。

 ”女同士だから、許される”――そんな建前で彼女に触れてさえいる自分アレクサはなんだろうか。


 そして校務員のもう一人の自分もまた、彼女と出会ってしまった。


 その状況に気づいた時、最初は見て見ぬふりをすべきだとわかっていた。

 

 グロリアのとりまき志願の令嬢たちが、レイチェルを目障りなものと考えて除け者にしようとするのは自然な流れに見える・・・

 

 だが、用心に越したことはない。

 ロバートやグロリア周辺の生徒たちと一介の校務員である自分が関わるリスクを冒すべきではない。どこで不審を買うかはわからないのだから。


 ――なのに、気がつけばその場に踏み込んでいた。


 なにも気づかないままで彼女はそんな自分に無心になついてしまった。


 まずい、とすぐに気づいたのに。


 偽りの名前さえ、告げる勇気もなかったのに。

 彼女の名前さえ、口にする勇気もないのに。


 もし、彼女が自分の嘘に気づく時がきたら―

 

 むしろ隠し通してこのままいて、どうにかなるはずもなかった。

 アレクサと同様にこんな校務員も実在しないのだ。

 実在しない人間に、どんな未来があるというのか。


 真実をすべて知った時、彼女は自分を受け入れてくれるだろうか? 

 

 そう考えるだけで、何気なく触れることすら怖くてできなかった。

 

 かなうなら。時を巻き戻し、やり直せるのなら。

 

 壊してしまいたいものが、自分にはありすぎる。

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