雨のもたらすもの ※ 別視点 あり

 寮の自室まで、グロリア様のご学友のお姉さま――フローレンス様とおっしゃいます――がわたしに付き添って送って下さいました。

 

 雨が降りしきっているせいなのか、屋内にいるというのにひどく寒い夕方でした。

 もう初夏だというのに。

 

 歩いている間、フローレンス様はずっとわたしの手を握っていてくれていました。

 それをありがたいと頭では理解しながら、心がどうしてもついていきません。


 泡のように色々な言葉が頭には浮かぶのに、どれも形にはならないのです。


 ――気がつけば、灯りをつけないままの薄暗い部屋の中にわたしは一人でいました。

 見慣れたはずの部屋の内装が遠い場所の風景に見えるのは、わたしの心がまだここに戻っていないからでしょうか。


 雨音が不安をかきたてます。

 いつもは忘れているふりができていたのに。


 冷たい雨は苦手です。怖いのです。

 長く雨が降り続けることが、とても怖い。


 寒い夏がまた来るかもしれない――そう思うだけで、息がうまくできなくなります。

 心が、あの頃・・・に引き戻されてしまうのです。


 湧き上がる暗いもや・・を振り切ろうと目を閉じると、ふっと麦藁の匂いが漂った気がしました。暖かな日差しと土の匂い。日差しに透ける金色の髪。


 会いたい――初めて、その言葉がわたしの中で形をとりました。

 

 ◇◇◇◇◇


 窓の外から降りしきる雨の音。

 

 沈黙が束の間落ちただけで、その音は耳についた。


 グロリアはアレクサを深く追及する気はなかったのか、ふっと目をそらす。

 それだけでアレクサは息苦しさから解放された。


 次いでグロリアの視線はロバートへと据えられた。ロバートのおもてが一瞬、とろりと緩んだように見えたのは錯覚か。


 一呼吸おいて、グロリアの唇が開かれる。

 

 「騒ぎは極力抑えましょう。それは、殿下のお力もお借りしますが――事情・・は、お聞かせ願えるのでしょうか?」


 ロバートの唇がきゅっと引き結ばれた。

 その仕草で意図を誤らずとらえたグロリアの表情がさらに硬いものとなった。


 あ。今、ドアが閉まった――とロバートは直感した。が、拒絶された・・・と受け身で言える立場ではない。

 

 拒絶したのはこちら側が先か――とアレクサは唇をかみしめる。

 

 事の始まりの悪ふざけの責任は自分にある。結果も、であったならば覚悟も諦めもつく。なのに。

 

 彼女・・をこんな形で巻き込むとは想像しなかったなどとは言い訳にすらならない。


 グロリアの怒りの方向をアレクサはほぼ正確に理解していると思う。

 それはグロリア自身の立場をないがしろにされていることよりも自分を慕う令嬢の為のもの――


 自分もそれは変わらない。そう言ってしまえたなら。


 アレクサなど・・・・・・ここで終わらせて・・・・・・・・しまえたら・・・・・


 雨音が不安をかきたてる。


 そんなはずはないと思うのに、この雨に彼女が打たれて震えている気がして、仕方ないのだ。


 会いたい――その言葉が胸の中ではっきりと形をとっていた。

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