糾弾の内情 ※別視点

 アレクサ・モールトンの持ち物が何者かに荒らされている――と言い出したのが誰だったのかははっきりしない。


 ただ、複数の令嬢たちの悲鳴のような声が上がり、当のアレクサとロバートが気づいたのはその騒ぎを耳にしてからのことだった。

 見ると、アレクサの棚に置かれていた教科書や文房具がこれ見よがしに汚され、損なわれている。 


 ロバートはひそかに臍を噛んだ。遅きに逸したと言うべきだろう。もし、自分たちが先に気づいていたなら誰かに知られる前に事態を処理・・できていたはずだ。


 「……皆様。どうか、お静まりになって。なにかの手違いがあったのかもしれませんわ。」


 今更ではあるが、アレクサが騒ぐ令嬢たちをなだめにかかる。

 普段しおらしいフリを装っているせいで強く主張するということが出来ず、やりづらそうだ。


 それでも騒がれたくないという雰囲気だけは伝わったのか、どうにか令嬢たちの声が鎮まる。自分たちの振舞いがはしたないと気づいたか、ややきまり悪そうな顔を仲間内で見合っている。

 

 しかし、今度はひそひそとそこかしこで囁きが湧いてきた。

「誰が……?」「大人しい方ですのに……」「あら、でも」

「面白くないとお思いの方々も……」「ほら、あの方」


 思わしくない方向へ話が転がっている、というのはすぐに気づいた。

 案の定、聞こえよがしな、囁きというには大きな声が聞こえてくる。


 「あの方ではなくて……?ほら、下級生のクラスの……ランド、とかおっしゃった……?」


 令嬢たちの集団を遠巻きにしていた男子生徒のうち、お調子者の一人がその声を拾って、しゃしゃり出てきた。異性からの注目を浴びるという格好の機会チャンスの誘惑に抗えなかったのか。


「そうだ、アイツだろう。誰か呼んで来いよ。ここで白状させ」

「アイツ――?」


ぶった切るようにアレクサに言葉をかぶせられて、哀れな男子は傍目にわかるほどびくりとした。


おいおい、とロバートは内心、あせる。

――認識阻害の補正が効かなくなるほどの威圧ってなんだよ。それに声がモロ男でしたけど――!?


ロバートが険しい気配を隠しもせずにさらに口を開こうとしたアレクサを制する前に、凛とした声が割って入った。


「――軽はずみに、人に疑いをかけるものではなくてよ。」


 居合わせた全員が、はっとその声の主に注目した。


――グロリア様――!


 思わず、”リア”呼び(※内輪でのみ)していたはずのロバートまでが”様”づけしてしまうほどの気品――アレクサの気配はそう呼ぶにはオラオラし過ぎだとロバートは判定した――をまとってそこに佇むグロリアの姿に圧倒され、沈黙が辺りを包む。


 冴えわたるような冷たい美貌が迂闊な発言をした二人にじっと向けられた。


「あなた方がおっしゃっているのが、レイチェル・ランドのことならば、それは間違いです。

 

 彼女はそんなことはいたしません。

 

 ――わたくしグロリア・ルートが、その名にかけて誓いましょう」


 あくまで優雅なゆったりとした口調でありながら、一言一言がくっきりと刻まれるような効果はどこから生じるのか――ロバートは戦慄し――そして陶酔を覚えた。


 『――ああ。僕の女王様――やっぱりリアこそが僕の未来の妻になるべき人――!』


 この時のグロリアにもアレクサにも、ロバートの内心などにかまけている余裕も意思もなかったのは誰にとっても幸いだった。


◇◇◇◇◇◇


 侯爵令嬢にしてロバート殿下の婚約者であるグロリア・ルートの、名を懸けた宣言に対抗する勇者あるいは愚者は少なくともその場にはいなかった。

 

 なし崩しに群れていた生徒たちが三々五々と散らばっていく中、グロリアが一人の令嬢に何事か囁いた後、ロバートとアレクサに歩み寄ってきた。

 

 学園にアレクサが編入してきた初めの頃にロバートがグロリアに紹介して以来、グロリアがアレクサと共にいるときのロバートに自ら近づいてきたことはない。

 一度だけロバートに苦言を呈したほかには、アレクサの存在を口にのぼせることすらなかったグロリアの接近に、ロバートとアレクサに緊張が走る。


 グロリアがさりげない仕草で、周囲に目を走らせた。

 三人の周りにはそれぞれのいわゆる”とりまき”とされる生徒たちが自然な様子で囲んで、他の生徒たちの接近を妨げている。


 それを確かめた上で、グロリアは二人にだけ届くよう計算された音量の声で話し始めた。


 「此度こたびのこと、何者の手によりますものか、心当たりはおありでしょうか――?」

 

 「いや――」


 狼狽するロバートに、アレクサが横から話を奪う。

 「ランド嬢でないことはわかってい――おります。そのような方ではありませんもの」


 グロリアが目を眇めた。これを美女がするとその迫力は半端ではない。ロバートが背筋に走る快い痺れを感じる一方で、アレクサはひそかに冷たい汗がにじんでくるのを堪えた。


 「まあ。あののことをよくご理解されていらっしゃるのですね――不思議なこと。

 

 けっしてあなたに感じ良くは振舞っておりませんでしょうにね――?」


 アレクサは返す言葉に詰まった。

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