敵を知り己を知れば、割といやになります。いろいろ。

 さて。「令嬢いびり作戦」実行部隊隊長レイチェル・ランドです。ほかに隊員はいません。以上(泣)。

 まずは本作戦の概要の確認です。まったく気は進みませんが。


 作戦の標的は隣国から今年の春、留学生として王立学園に編入してきたアレクサ・モールトン嬢。

 自国ではそこそこの貴族の出だという話ですが、我が国での後見人は王家の執事が勤めているという体裁で、それもなんと同じ隣国出身の王妃様のひそかなコネによるというのが確かな筋からの話だとか……

 

 予想外に大物でした。聞かされた時には、白目をむくかと思いましたよ。それ知ってたら、引き受けてません!と。

 

 慌てて侯爵閣下が言い訳がましくなだめてきて、隣国王室の周辺にはそれらしい貴族令嬢はいないので、王妃様の関係者といってもそんなに重要人物のはずがない、末端だろうというのです。


 いやいや。王妃様のお声がかりって時点で、自他ともに認める元祖・末端貴族令嬢モブのわたしに勝ち目はありませんが?

 王妃様の名前が出てきても気にならないって、侯爵家ってそんなに偉いんですか!?――あ、偉いんですか。そうですか。

 というか、それって王妃様をないがし……あわあわあわ。


 やめましょう。貴族社会の深淵を覗き込んではいけないのです。足元が滑って落ちるのが関の山なのです。


 それはさておき。アレクサ・モールトン嬢についての情報は、あまり多くはありませんでした。

 

 学園の高等部に編入して、ロバート殿下とグロリア様と同じクラスに在籍していること。

 成績は優秀ですが、体が弱いということで運動系の授業は免除され、社交にもあまり積極的ではなく、ひっそりと学園の片隅で過ごしていることが多い――ただし、ロバート殿下のおまけつきで。


 アレクサ嬢と殿下のツーショットは編入初日から目撃され、時に二人で、時に殿下の親しいご学友のグループと連れだって誰はばかることなく学園生活を謳歌しているのが明らかだというのです。その光景の中にグロリア様の姿はないというのに。腹立つことに。


 ――この辺りから作戦会議がおかしなテンションになっていったのは憶えています。まるで街角の酔っ払いのようでした。お酒なんて口にしているはずもないのに。解せぬ。


 「おうかしている?どうかしてるの間違いでしょう。

 『可憐な風情のアレクサ嬢と眉目秀麗な殿下が談笑を交わしている姿は、流行りの恋物語の挿絵のようだと学園ではもっぱら評判』?なんの妄想ですか?視力検査した方がいいのでは?

 

 アレクサ嬢の天使の微笑?それを言うならグロリア様は女神ですが、なにか?しかも美と慈愛の女神ですが。次元が違います。


 幼少期に、すでにグロリア様の美貌も人格も完成してましたからね!

 小さなわたしが転ばないよう、やさしく手を握ってくださったその笑顔――幼心おさなごころにもどこの宗教画かとその尊さにぼうっと見とれたのも懐かしいことですよ。」

 

「おお、わかってくれるか!?

 その上、近頃では親の目にもまばゆいばかりに美しくも思慮深く育っているというのに、殿下ときたら――これ見よがしにあんな令嬢を連れ歩いて、娘には目もくれない始末だとか――」


 「はああ!?

 なんですか、それ。」


 「しかも一度だけ『身分のある年頃の男女が、あまり人前で親し気にふるまうと誤解を与えることもある』とリアがそっとたしなめたら――」

 

 リアって、グロリア様のことですよね。ふむふむ。それで?


「『アレクサ嬢は知人もいない他国で心細い思いをされている。それを気遣うのは迎え入れた側の義務だ。――まさか、あなたはそんな邪推などしないだろう?』と――」


 そ・う・い・う・も・ん・だ・い・じゃ・な・く・て・


 思わず、絶句してしばしの沈黙の後、わたしと侯爵閣下は重々しく頷きあいました。心は一つです。


 ――目にもの見せねば、気がすまぬ。


 殿下、ちゅうすべし。(※個人の意見です)


 (――いや、ホントに標的は令嬢じゃなくて殿下にすべきでは――?)


 こうして。

 具体的なことは何一つ決めることのないまま、作戦決行のGOサインだけが出されてしまったのです。


 流されるがままの自分がコワい……

 

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