いびりの道は、いばらの道――いびり道とは

 人は、なぜいびるのか。

 なぜ、人の世からいびりがなくならないのか。

 人が人である限り、いびりを捨て去ることはできないのか――


 そんな深い悲しみに囚われながら、わたしは目の前の人物に静かに問いかけたのです。

 名門ルート侯爵家の現当主にして、グロリア様のお父様にあたる方です。


 高位貴族の方々に領地の名を答えれば、あまりの田舎っぷりに失笑されるか、聞いたことがないわと首を傾げられるかのどちらかの、名ばかり貧乏伯爵家の我が家ですが、実を言えば、現侯爵家のご当主様とは微妙ながらも縁故があり、はばかりながらご令嬢のグロリア様とは、幼い子ども同士で親しく遊ばせていただいた時代もあったのです。

 

 ――この日、そんなわたしが侯爵家に人目につかないように呼び出されました。侯爵閣下直々に。


 「それは、いびりですね――?」


 思いがけず突きつけられた言の刃に、一瞬たじろいだその方は、それでも空咳からぜきを払い、虚勢を保ちました。


 「いや、なんというか――

 殿下と最近、よく連れだっているどこやらのご令嬢がいるなどという噂を耳にしてね――

 わたしはただ、娘を不安がらせているその、ご令嬢がだね――

 年若いせいか、事の是非がよく理解できていないのではないか、と憂慮してだね――

 こういうことを年若いご令嬢に大の大人が説教するというのもはたからは見苦しくもあろうし――

 君のような同じ年ごろのご令嬢なら、その辺をうまく、こう――」


 なに言ってるのかちょっとよくわかりません。帰ってもいいですか。


 さっきから似たようなことをうだうだうだうだ繰り返されて、なんだか言葉の意味が失われている気がします。

 我が家の猫の寝言の方がまだ意味が通じますよ。年をとったせいか、最近よく寝ぼけて叫ぶのです。


 とても面倒なので、言いたいことをまとめましょう。


 『最近、娘の彼氏に変なオンナがくっついてんの。

 いい気になっててウザいから、オマエちょっといって〆てきてくんない?』ということですね。


 つまり


 「そのご令嬢を・いびってこいと・わたくしに・おっしゃっているのですね?」


 「いや、いびりというか――」


 「いびり、ですよね」

 

 「まあ、なんというか――」


 「いびり、です。

  

 いびりだけです。


 いびり以上のことは、できかねます」

 

 たたみかけて迫った結果、閣下は渋々頷きました。

 ここが精いっぱいの妥協点です。

 殴ったり、蹴ったり、突きとばしたり、足をひっかけたり、お茶をかけたり、上靴に画びょうをしこんだり、バケツの水をかけたり――なんてしたら、社会的に死にます。わたしが。イジメ駄目、絶対。

 

 どうにかこうにか、口撃こうげきだけでおさめたい。

 いや、本当はそれだっていやですけど、相手が『ちょっとヤダな』と思う程度でお茶を濁してどうにかしたい……


 わたしに与えられた選択肢は、絶妙にして微妙ないびりの境界線ラインぎりぎりを目指すこと――


 そう、いびりの道をきわめること――!

 

 心中ひそかに拳を握り、柔らかすぎて落ち着かないソファの上で、わたしはそっとため息をつきました。


 ――なんかなー、変だとは思ったんですよねー。

 呼びつけられて、うちの領地への資金援助とか持ち出してきて。

 こんな小娘に話してもしょうがなくない?って思ったら、実は主題メインはこっちかー。

 大人ってヤダなー。

 でもなー。断れないんだよねー。うちシャレにならない貧乏だからー。

 あーあ。


 わたしの良心とプライドは、資金援助と交換かー。

 社交界デビュー前から、いびり役にデビューですよ。


 はあー。これからどうなっちゃうのかなー。


 いびりの道は険しいのぅ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る