歪んだパズル
晴れた日が続きました。
その分だけ、わたしは放課後の裏庭に通うことができました。
その日の朝、いつもより少し早く目がさめたわたしは、ふと昼食を外でたべようかと思いつきました。
学園の食堂のそばには売店があって、軽食や昼食を購入することができるのです。
混雑を避けて、授業が始まるより先に売店へ行ってサンドイッチと飲み物を買うことができました。
買ったのは二人分です。
お昼を一緒にと誘えたらなと思ったのです。
裏庭に必ずいるかどうかはわかりませんが。
仕事で違う場所にいるのかもしれません。
お互いに名前を知らないわたしたちは、誰かに尋ねることも伝言を託すこともできません。
知りたいな、という気持ちはあります。でも、自分の名前を教える勇気はないのです。
あの人はわたしがしていることを知っても、わたしを変わりなく受け入れてくれるでしょうか。
たとえば事情のすべてを打ち明けて、それで理解してくれるでしょうか。
ただの言い訳です。わたしのしていることの罪が軽くはならないでしょう。
――いつか。いつかは、話さなくてはならない時がくるでしょう。
受け入れてもらえなくても、隠したままではいられなくなるでしょう。
この思いが、つのっていくのなら――
でも、今はまだ。
もう少しだけ、このままで。
◇◇◇◇◇◇
昼休み前の授業が終わってすぐ、裏庭へむかいました。
教室棟からは少し距離があります。
胸に二人分の昼食の包みを抱えて、少しだけ小走りになりました。
そして、遠目にあの金色の髪を見つけたと思ったのです。
でも、よく見るとそれは二つありました。
よく似た色合いの二人の髪が、揺れています。一人はいつも通りの人で。
でも、もう一人も見たことがある気がします。どこかで。
なぜでしょう。胸が不安にざわめきました。
声もかけられず、背の高い植え込み越しに立ち止まったわたしの耳に、苛立ったやりとりが届きました。
「いい加減にしろ。そんな恰好でうろつくな。誰が見ているかわからないんだ」
「用心はしてる。ここからは出ていない」
「なんで、こんな場所にこだわる?――いいから、屋敷にこもっていろよ。
これじゃアレクサの方がまだましだ。」
それはロバート殿下の声でした。聞きなれない話し方に戸惑いましたが、間違いありません。
「待ってくれ。――少しだけ、時間が欲しい。せめて、話がしたい。
オレが、消えてしまう前に」
「誰だ?――オマエ、ここで誰と会ってた!?
ふざけるなよ、自分の立場がわかってないのか。
学園の人間相手になにやってる?
遊ぶなら、よそでしろよ!」
いつの間にか動けなくなっていた手から、包みが滑り落ちました。
その気配に気づいたのか、殺気立った二人がばっと振り返りました。
はっと息をのんだ殿下は、すぐに怪訝そうな表情になり。
――あの人は凍りついた顔をしていました。
その顔で、わたしはすべてを理解した、と思ったのです。
それまで無意識に目を向けまいとしていた、いくつかの物事。
名前のこと。何も聞かれないこと。
そして、きっと、わたしにけっして触れまいとしていたことも――
まき散らされたいくつものかけらが、音をたてる勢いで、はめこまれていき――やがて一枚の絵が形作られました。
最初から。あの人はすべてを知っていたのです。
どうしても、目がそらせない、というようにわたしをあの人が見つめています。
わたしも同じです。目が、そらせない。見たくないのに。
一瞬が永遠のようでした。どこまでも引き延ばされていく、苦痛があります。
あの人の手が、さしのべられます。あれほど、わたしに触れるまいとしていた人の手。
「っ、レイチェル――!」
ほら。名前だって、本当は知っていたのです。
――初めて名前を呼ばれて、こんな気持ちになるなんて、思ってもみませんでした。
あれほど、いつか呼んでほしいと願っていたのに。
不思議です。なぜ、涙が出ないのでしょう。こんなに、胸が痛いのに――
悪役とりまきモブ令嬢、ヒロインいびりで逆転人生!?ヒロイン無双で勝てませんがね! オトモト @inutomo3
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