名前を呼ばないお約束?
「……あの、すみません。ごらんの通りの状態で、とても
ハッとしてあわてて、首を横に振りました。
きっと同情なのだとわかっていても、そう言ってくれる気持ちだけでも嬉しいのが正直な気持ちです。
悪意をぶつけられた後だけに、ことさら
と同時に、自分を省みて、チクチクと胸が痛むのです。
――わたしに、こんなに親切にされる資格があるはずがない。
この人は、きっと知らないのでしょう。わたしがなにをしているか。
彼女たちに、あんな仕打ちをされても仕方ない人間なのだということを。
そう。
いびられる覚悟のある者だけが、いびることができるのだと――わたしは自分で自分に言い聞かせていたはず。
学園に来る前に、どんな結果になったとしてもけっして後悔はしないから、と反対する両親を説き伏せたのです。
侯爵閣下にどんな思惑があったとしても、わたしはこの機会を逃すわけにはいかないのだから――と。
――
唇をかみしめながら、胸元にそっと押し当てたハンカチの束の前に、ふいに大きな手のひらがぬっと差し出されました。
「え――」
見上げると、無愛想なへの字口の男性が催促するように、片手を突き出していました。
「ごちゃごちゃ言ってないで、見せてみろ。――洗えばどうにかなるだろうよ。それでも傷物になったって言うんなら、値切ってやるから心配するな」
「でも、ハンカチなんて、そんなにあっても」
「は、ハンカチってのは
「……いえ。予想外に、こう、軟派なセリフを耳にしたというか――いい話のハズでは、と」
「いい話だろ。アンタにもこっちにも損がない」
なんでしょう。ずけずけした物言いに、拍子抜けといいますか――いっそ肩から力が抜けるといいますか……
「あの……こう言ってはなんですけど」
「ん?なんだ」
「もともとの
……そこだけは、そこだけはあえて主張させていただきたく――!」
「……しっかりしてんな、アンタ」
「あー、ええと、申し遅れましたが」
「……いや、お互い名前を知らないほうが都合がいいな。アンタ、いろいろ噂になりたくない感じだろ?
オレの方も生徒相手に
それもそうですねと納得して、呼びかけができないのも不便かと「校務員のおじさま」と呼んだら露骨に嫌な顔をされました。
――え?そんな
とりあえず「おにいさん」と「お嬢ちゃん」で協定が結ばれました。パチパチパチ。
ハンカチですか?材料費ほぼそのままで交渉成立。いいんです、丸損しないですんで大感謝です。
「にしても、アンタ、ご令嬢がそんな
む。それは言わないお約束!
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