男たちの黒歴史ノート ※別視点

「――これは愛だと思うんだ」

 

 「寝言か。目ぇ開けたまま寝るとドライアイになるぞ」


 王子(笑)のうわ言を間髪入れずに斬って捨てる。

が、こたえた様子もなく王子(笑)はまたうわ言をこぼし続けてきた。どこかの広場にこんな形の噴水口があっただろうか。据え付けてきてやろうか。


 「オマエが学園に来てから、オレとずっと一緒にいるだろ?」

 

 「不幸にもな」

 

 「オマエに遠慮して、リアはそばに寄ってこない。もともと、慎ましくて控えめなリアはオレが他の誰かといると、邪魔しないようにと遠慮して離れてたんだ。淑女のたしなみとしてな」

 

 「誰だ、リアって」

 

 「『婚約者のわたくしがおりましたら、他の方も気がねなさいますもの』って言って微笑む彼女は、でも本当は気持ちをぐっとこらえてたんだよ――それに気づかなかった以前のオレは本当に愚かだった」

 

 「ああ、グロリア嬢な。大丈夫。今のオマエはもっと馬鹿みたいになってるから」


 「リアは、本当はオレの側にいたい、でも殿下はいずれこの国の王として重責を負う身、せめて学園にいる間だけでもご自由に過ごさせてさし上げたい――」

 

 なんで途中からなりきってるんだよ。やめろ、目じりをぬぐうな。そっと口元をおさえるな。


 「ああ、でも、あの方はどなた?王妃様のご縁者というけれど、なぜあんなに殿下とお親しそうなの?なぜ、いつもいつもおそばにいらっしゃるの?本当は、そこはわたくしの居場所のはずなのに――」


 「ハンカチ噛んで引っ張んなよ。伸びるぞ」


 「ああ、リア。『あまり親し気に振舞われては』なんて、あれが君の精一杯だったんだよね。わかってたのに、オレとしたことが、ついつい意地悪な返しをしてしまって――

 違うんだ、気を悪くしたんじゃない。そんなことを言う君があんまり愛らしくて」


 「なあ、まだ続くのか」


 「でも、オレに嫌われてしまったんじゃないか、と不安になったリアは胸を痛めて一人はらはらと涙をこぼし――そこでその姿を物陰から見守っていたのが、リアを姉とも慕うレイチェル嬢だ」


 「誰だ」


 「オマエいうところの小犬令嬢ちびワンコだよ。前に名前、聞いたよな?」


 「……ああそうだったかな。いいだろ、ワンコで。いつも噛みついてくるし」


 「そう言いながら、オマエいっつもかまってるじゃないか。で、レイチェル嬢がな」


 「おい」


 「ん?」


 「名前呼びするな」


 「は?」


 「――別の呼び方にしろよ。令嬢とか、苗字とか」


 「ワンコが」


 「それもダメだ」


 「えー」


 「……」


 「あー、わかった。睨むな。

 ――で、ランド伯爵令嬢はな、憤慨したわけだ。『お姉さまをイジメる悪いやつらめ、許せない!!』

って突撃してきてるわけだ、オマエに」


 「まあ、そんなとこだろうな」


 「だから、すべては愛のせいなんだよ。令嬢の突撃から、オレはリアの愛情が伝わってくる気がするんだ。政略結婚なオレたちだけど、愛は確かに育まれてるんだ――」


  ――頭がいい湯加減な感じの結論に、オレは真剣にこの国の将来を案じた。

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