第十五話 misgivings
~ 2004年8月7日、土曜日、春香病室前 ~
春香がお目覚めした日から三日後、今日の午前、時間が取れましたので彼女のお見舞いに行くことに決定しました。彼女の病室の扉をノックしましてから自分の名前を告げますとその中から懐かしいお声が聞こえてきました。
「いらっしゃい、詩織ちゃん」
「お見舞いに来ましたよ、春香ちゃん」
三年経ちました今では人前で彼女の事を敬称付けしてお呼びする事はなかったのですが、お目覚めしたばかりの春香に突然、その様に申すのも変だと思いましたから昔と同じ様に呼びかけました。ですけど、私のその行為は適切なことであると、のちに知る事になるのです。
入室しますと見知ったお顔が三人・・・。
春香と翠ちゃん。そして、柏木君。どうして彼がここに?そう疑問に思ってしまいました。今の彼にその様な事をなさる義理も義務もないはずですのに。
貴斗が?それとも春香のご両親のどちらかが彼に連絡をお入れしたのでしょうか?翠ちゃんが連絡するとは思えないし。
「せんぱぁい?どうしたんですか」
私の表情をお読み取りしたのか彼女は私にそうお言いになりました。
「何でもないです。お気になさらずに」
「詩織ちゃん、せっかくアナタのご両親のコンサート・チケット、貰ったのに無駄にしちゃってゴメンね」
「いいのですよ、春香ちゃんがご無事でいてくれたのなら、その様な事を私は気にしなくてよ」
「本当にゴメンね、そして有難う」
〈・・・何かがおかしいです?〉
* * *
私を含めた四人で少しの談笑をした。翠ちゃんのお笑いする表情は何か取り繕いましたものを感じます。多分、それは柏木君がいらっしゃる所為。
柏木君が春香と接しますそれは、今の香澄といる時のような表情だったのです。
見ていられませんでした、理解できませんでした。どうして、柏木君がその様なお顔が出来ますのか。
その場に感じる雰囲気に耐えられなくなりまして、この場から離れる事にしたのです。
「私、これから用事がありますのでそろそろ帰らせてもらいますね」
「若しかして、詩織ちゃん、私と宏之君に気を遣ってくれているのかなぁ?」
「その様なことありませんわ、本当に用事がありますから」
半分、似たようなものですけど、もう半分の意味はけして口には出しません。
「それじゃ、また来ますから、春香ちゃん」
「うん、アリガトネ。デモ、こんどは貴斗君と一緒に来てくれるといいな」
彼女はそのような事をお願いしてきました、なぜか貴斗を苗字ではなく名前でお呼びしながら・・・、・・・、・・・。
私は手を振ってその場から退席させてもらった。
ゆっくりと廊下を歩きながら病院の外へと向かう。春香との会話中、何度か変な違和感を覚えました。それが何であるかよく判断できませんでしたけれど。しかし、その様な疑問も直ぐに解決する事になったのです。
私を追ってきましたその人によって。傍に一つの影が追いつきますと、声をお掛けして来ました。
「センパァイ、これから貴斗さんのところへ行くんですか?」
「えぇ、そうですよ」
「貴斗さんのところに行く前にちょっとお話したい事があるんですが」とそこで一呼吸し、
「いいですかぁ?」と翠ちゃんは告げてきたのです。
「急いでいるわけではないので、大丈夫ですよ」
私達は病院の外へと出るのでした。外は未だ明るく、蒸し暑いです。それでも病院の中にお戻りすること無く翠ちゃんのお話しを聞きました。
その内容は春香のご容態の事でした。
彼女、お目覚めしたのは良いのですが、今が彼女の事故から三年お経ちしている事を認識できていない様です。
現実把握能力の欠如と言います物でしょうか。
明日にでも貴斗とご一緒して、春香のお見舞いに来訪しようと思いましたけど・・・、・・・、とても出来そうにありません。だって、この事を貴斗がお知りになったらまた彼がどう考えてしまうか、なんとなくわかってしまいましたから・・・、だから出来ません。
~ 2004年8月9日、月曜日 ~
今、貴斗のご自宅にいます。
「ネェ~~~、貴斗!翠ちゃんからお電話です」
電話が鳴りましたので彼の代わりにそれに出ました。
そのお相手は翠ちゃんからでした。
彼に受話器をお渡しすると勉強を再開・・・。
暫くして、再び私の手に受話器が渡され、翠ちゃんと二時間近くも会話に華を咲かせながら長電話。
「ゴメンなさい、長電話してしまって」
本当に申し訳なくおもいまして彼に謝ったのです。
「気にしなくて良い、詩織なら家の電話、幾ら使っても構わないさ」
「本当にいいのですか?」
彼のそんなお気遣いが嬉しくなって表情を綻ばせてしまいました。彼は私のそんな表情をお無視しになって言葉を掛けてくるです。
「詩織、何で涼崎さんの所へ行った事、隠してたんだ」
彼にその様な問いに対しまして内心ヒンヤリとしてしまいました。
「隠していたつもりないのですけど・・・、それに貴斗、お聞きしなかったじゃない」
本心をお隠ししましてそれとは逆の言葉を彼にお返ししたのです。
「そうだけど」
「明日はご一緒しましょうね、貴斗」
そうは言いますものの本当は彼をお連れしたくはなかった。ですが彼が決定した事。
私が変に拒否してしまえば、彼は私の事をどう思いになるか心配になってしまいまして。ですから、今は彼にお従いするのでした。
~ 2004年8月10日、火曜日 ~
+ 春香の病室前 +
「貴斗、アナタはここでちょっとお待ちくださいね」
「なぜだ」
「いいですから、おねがいします」
彼にそう言い残しますとお先に病室へと入りました。
病室には―――――――――――――――、柏木君が今日もいらっしゃるようです。
翠ちゃんは部活から直接ここへお寄りになりましたのでしょう部活の時に使っていますスポーツ・バッグが隅に置いてありました。
彼女が着ています制服・・・、聖陵の物ではありません。
彼女にその理由を小声でお聞きしましたら、今、春香の中で流れます時間は夏休みも終わり新学期の始まりと言います状態。しかも三年前の。
そのような春香に貴斗をお連れした事を告げるのでした。
演技・・・、どこまで出来ますでしょうか?
そう思いつつも、貴斗に春香の事を苗字でお呼びするようにご忠告しましてから彼をお招きしたのです。
「貴斗君、もう入ってきても構いませんよ」
「こんちは、涼崎さん!」
「藤原くんぅ、酷いよぉ~~~皆、来てくれたのに、藤原君だけちっとも来てくれないんだもん」
「詩織先輩、コンニチハァ。ついでに、貴斗さんも」
「お前も来たのか?」
「ヒっ」
柏木君のその存在にどう思われたのか貴斗は驚いたような口調で柏木君をお呼びしようとしましたから、その様な彼のお口を押さえ小さく呟くのです。
「貴斗、そんな驚いた声で柏木君の名前、呼ばないで。普通に会話して」
「如何して?」
「お願いですッ!」
「わかったよ」
渋る彼を強要しましてどうにかその場をやり過ごしました。
その様な貴斗との遣り取りを春香は気にする風もなくただ、ボーっとどこかをお眺めしていただけでした。
暫くしまして、貴斗が翠ちゃんと私に退室するよう求めてきました。
彼の眼が怖かったのでその要求を拒みます事が出来ず・・・、今、病室の外にいるのでした。彼はとても怖い顔で翠ちゃんに事の顛末をお尋ねしていました。
「答えろ、みどりぃー」
「よして下さい、貴斗!翠ちゃん、怯えていますわ」
貴斗を諌めます様に彼の行動を止めに入りました。
「アッ、ゴメン翠ちゃん」
何とか彼は私の言葉に我にお返りになってくれました。
翠ちゃんは沈黙したままです。このまま貴斗が諦めてくれればと思いました。ですがタイミング悪く、春香の主治医のご登場で彼は総てをお知りになることになってしまうのです。
「そんな馬鹿な、せっかく、折角、目覚めたのに・・・、あんまりだ」
彼はそう言葉にしますと悲痛の色を顔にお浮かべになられた。
「貴斗、もう貴方が気に病む事ではないのですよ」
この前、彼がお話してくれました春香に対する思い。
それが貴斗の心の負担となっていました事を知りましたから、痛切なほど理解できましたから、ですからもう貴斗にとって春香が心の負担になります様な、彼にそんな思いをさせたくなかったのです。だからその様にお言葉を掛けたのです。しかし、私のその言葉は貴斗に余計に負の感情を与えてしまうものでしかなく・・・・・・・・・。
主治医の調川先生との会話中、先生のお言葉から彼の記憶喪失について少し触れていました。それは貴斗の心の問題だと口にしたのです。
彼にとって私の存在とは?一抹の不安が・・・。
* * *
翠ちゃんと私は今、貴斗が運転します車に乗りまして彼女のお家へと向かっていました。
その時の貴斗の表情少しだけ良くなっているみたいでした。
翠ちゃんの家にご到着しますまで今月半ばにある彼女の今年最後の大会の話題が浮上しました。
貴斗、最後に翠ちゃんにせがまれて彼女の御願いを渋々と聞き入れたようでした。
私も翠ちゃんに加勢してしまったせいでしょうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます