第八話 目覚める悪夢Ⅰ

 春香が入院してから早、二年目が過ぎようとしていました。

 しかし、未だ彼女のお目覚めになる事はありません。本当に何時になったら・・・。


~ 2003年、8月のある暑い夜中 ~


 私は夢を見ていました。

 それはある夏の出来事、未だ幼さを面影に残す少女が街を一望できる高台の丘で大きな木の木陰で座りながら街の景色を眺めていた。

 少女は可愛らしく彼女の背の中程まで伸びた髪をくるくると弄りながらその待ち人の来るのを待っている。

 まだ、来ないその待ち人を思って彼女は口をこぼす。

「フゥー、遅いなぁ~」

小さなため息を吐き、そう言葉にしていた。

〈別に時間を決めて約束したのではないからしょうがないね〉

 その少女は心の中で思ったのだ。そして、暫くして、どこからか時刻を刻むチャイムが鳴る。しかし、何時を示しているのかは判らない。それと時を同じくして一人の男の子が彼女に声を掛けてきた。

「遅れて、ごめんよ」

 少年は申し訳なさそうに木の下で待っていた彼女に謝っていた。

「そんな事ないよ、だって私がちゃんと時間を決めなかったのがいけないんだもん」

「でも、ヤッパリ、待たせちゃったから・・・、ゴメン」

「だから謝らなくていいってばぁ~~~」

「ゴメン」

「判ったわ、ゆるしてあげるね」

 その少女は少年の行動パターンをよく知っていた。だからそのような言葉を彼に掛ける。

「それで、僕に大事な様ってなんだい?」

 少年はここに呼び出された事に対してその質問を彼女に投げかけてきた。

 少女は顔をほんのり紅く染め〝モジ、モジ〟と身体を蠢かせながら恥ずかしそうに口を動かす。

「あっ、あのねぇ、今から大事なお話しするから、ちゃ、ちゃんと聞いてね」

 さらに一呼吸置いてからその少女は彼に言葉を続けた。

「私、ずっと前からアナタの事、好きだったの。だから幼馴染みなんて関係、もう嫌。私だけを見ていて欲しいの・・・」

 そこまで言うと彼女は顔をさらに紅潮させ彼から顔を背け彼の言葉を待った。

「僕はオマエが・・・」

 ジメジメして蒸し暑い夏の夜、日本にいる限りそれは一生、切り離す事が出来ない関係。

 でも、これからも地球上の自然環境の破壊が進み、それが改善されて行かないのであればそれも変わってしまうのかもしれません、日本の四季と言う情緒が無くなってしまうのかもしれませんね。

 ???あら、ワタクシとした事が、お話しがおずれになってしまったようで・・・。

 話を戻しまして、その夢・・・?と言うより過去の記憶と言った方が正しいのかしら?

 私はその夢(過去の記憶)のクライマックスを見る前に目を覚ましてしまったようです。

 今年は気候の変化が不均一で暑かったり、寒かったり。

 今夜は久しぶりに蒸し暑かった。その暑さの所為でジットリと寝汗を掻いてしまったようですね。着ていたパジャマと下着はその所為で体に変に纏わり付いていました。

「ハァウゥ~、寝苦しいぃーーーっ!」

 そう言葉にし、掛けてあったタオルケットをパタパタと仰いで見ました。ですが生温い風が私を嫌がらせるように吹き付けてきただけです。

 堪らなくなってタオルケットを外し、敷布団から身体を起こしました。

 私はベッド派ではなく蒲団派です。リホームでフローリングに変わってしまった自室。

 ですが、お父さまに我侭を申しましてフローリングの部屋に態々、二畳分だけ畳を置いてもらいそこへ蒲団を敷いて毎日寝ているのです。たまにフローリングに敷いて寝る時もありますが。

「この暑さ何とかならないのでしょうか?」

 手元にありました扇風機のリモコンスイッチを手にとってボタンを・・・、押そうと思いましたけどそれを止める。

 それは体がベト付くし、気持ちが悪かったのでシャワーを浴びようと思いまして。

 バスタオルと新しい着替えを持ちまして浴室へと向かいました。


『シャァーーーーーーーーーーーーーーーっ』

 熱すぎず、冷たすぎず程よい温度のお湯をシャワーで頭から浴びる。

「あぁ~~~、気持ちいぃーーーっ!」

 独り言を申しながらお母さまの手作り、ジャスミンの香りがする石鹸をボディータオルにお擦り付けして、それで体を洗いました。その手作り石鹸はお母さまの趣味。

 小さい頃どうして市販の石鹸ではなく、それをお使いになるよう私に言ったのかお聞きした事がありました。なんでもご市販の物の多くはお肌によくない成分が多く含まれていると言うことでした。

 詩音お母さまは他にも彼女の手で育てたハーブやお花で化粧水や香水などを作るのが趣味で、それを私は使わせていただいています。

 一通り体を洗いますとシャワーで泡を流し、しばらくその流れに打たれていました。


*   *   *


 さっぱりした体で自室に戻り、扇風機のスイッチを入れその前に腰を下ろす。

「ゴクラク、極楽ッ!」

 空調と扇風機の電源を入れまして、そこから放たれる心地よい風を受けながらさっき見ました夢。

 先ほどのそれが続きが頭の中を過ぎってしまい、私はそれを思い出してみたのです。

 急に私の気分は暗闇の彼方へと引きずり込まれてしまう。

 その夢の続きを思い出した事を酷く後悔しながら独りで呟いてしまいます。

「ハァウ~~~、どうしこのような夢をいまごろ思い出してしまったの」と。『ブン、ブンッ』と頭を横に振り、その思いを打ち消そうとしました。

 嫌なその思いを直ぐにでも忘れたくて、二つの空調のタイマーを掛け再び眠りへと誘われることにしたのです。

 ですが・・・、どうして、今頃になってあの日のことを夢の中で思い出してしまったのでしょうか?不思議で仕様がないです。


第九話 私の進路


~ 2004年4月26日、月曜日 ~


 無事にどの単位も落とす事無く大学三年生へと進級。

 今、人のまばらな大学内の第二図書館であと約三週間と差し迫りました司法試験―短答試験に向けまして必死に勉強をしています。どうしても今年中に司法試験に受かりたかったので。その理由は・・・、


2004年、元旦


 今年の神社の参拝は翠ちゃん、翔子お姉様、貴斗、それに加えまして八神君とそのお姉さまの佐京様とおまけで私の弟の響。その様な大所帯となっていました。

 騒がしいかったのですけど、とても楽しい参拝となりました。

 お賽銭のおり、いまだ記憶の回復の兆しを見せることがありません貴斗の事、それと目覚める事ない春香の容態の回復を祈りました。

 参拝の帰りに翔子お姉様が私に用事があるからとお言われしたので、藤原家のお屋敷まで彼女と向かう事になりました。そして、現在、藤原家の客間で私をお呼びになった本人を待っていました。

 その方がお部屋にお入りになり私の前に腰を降ろしになります。その後それに続く様に翔子お姉様がお入りになってきました。その方が挨拶をしてくる前に私の方からそれをするのです。

「洸大様、新年、明けましておめでとうございます、不束ではありますが。本年もどうぞ宜しく御願い致します」

 出来る限りその方に丁寧にご挨拶したつもりでした。

「ウムッ、こちらこそ宜しく御願いいたしますじゃヨ、詩織ちゃん。しかしなぁ、そんな畏まった挨拶など無用といつも言っておろうに。洸大ちゃん、今年もよろしくねぇ、とか」

「・・・・・・・・」と押し黙って私は心の中で苦笑してしまうのです。

 洸大様は世界にその名を知らしめる藤原科学重工のご会長でおありになられ、貴斗の祖父でもあります。

 何度か洸大様のお仕事を見学させていただいた事がありますが、その時はとても威厳に満ちていました。しかし、私生活ではその見る影もありません。朗らかとしてらっしゃる方です。それに付け加えましてとても色好みでございます。

 洸大様は香澄のお祖母さま、私のお祖父さまと戦友でもありました。

 隼瀬、藤宮、藤原の三家は先祖代々のお付き合いだそうです。

「詩織ちゃんも、大変綺麗になられたノォ~。もう少し私が若かったら、お付き合いしてもらいたかったわ、ワァーハッハハッ」

「おっ、お爺様、詩織ちゃんは貴斗ちゃんの恋人なのですよ。お鼻の下を伸ばしながらその様な変な事を彼女に申さないでください」

「ハハッ、そうだったのぉ、シッケイ、失敬じゃ」

 洸大様は本当に面白い方ですと胸のうちでそう思いました。

「ところで洸大様、私にご用件とはどのようなことでしょうか?」

「ウムッ、大学の勉強の方は滞りないのじゃろうか?」

「ハイッ、今年も無事、進級できると思います」

 今の状態から考えてその方にそうお答えしました。

「よろしいことじゃのぉ。・・・・・・・・・それで、貴斗の事じゃが・・・」

 その方は貴斗のこれからの事について色々と教えてくださいました。

 私の知らない所で貴斗は洸大様にお会いしていたようです。

 洸大様は自分達の関係と貴斗君の関係を何らかのご通達でやっとお打ち明けする事が出来たようです。しかし、今日の参拝で貴斗が翔子お姉様に対する様子は何時もと変わっていませんでした。

 隠し事が多いいのは今も昔も変わらないようですがどうして、私に言ってくださらなかったのか不思議に思えてしまいます。

 現在記憶喪失でありまして、それが戻りませんでも貴斗、彼は大学卒業後、洸大様のご事業の一端を引き受ける事にしたみたいです。

 それにはどうしても司法資格を持ったものサポートが一人以上必要みたいでした。

 洸大様は貴斗の事を案じ、そのサポートを私に頼んできたのです。しかし周りの重役達がそれを認めるはずもなく。

 ですから、その方達に私の実力の程を知らしめる為に出来るだけは若い年齢の内に司法資格をとった方がよいと洸大様が言ってきてくださったのです。

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