第十一話 人工の海の中で

~ 2004年7月19日、月曜日 ~


 今日も大学内の図書館で司法試験の勉強をしていました。

 いつもの様にノルマを終わらせましてただ今家に帰宅しているところです。

「ハァ~~~、今日も貴斗にお会いできませんでした、寂しい」

 一人独り言。帰りがけに彼のマンションに寄ってもよかったのですけど、貴斗はすでにバイトに出ています頃で。彼がいないその空間は私にとって淋しすぎます。

 ですから、自分の家に帰宅する事にしたのでした。お家に到着してから、最初にお声を掛けてくださいましたのはお母様の詩音でした。

「お帰りなさい、詩織・・・?あらどうしたの不満そうな顔して」

「詩音お母様にはご関係のないことです」

「ウフフッ、分かったわ、貴斗君と喧嘩でもしましたのね」

「違います!お母さま、勝手なご想像はお止めしてください・・・・・・・・・。お母さまの言う通り確かに貴斗の事ですけど、喧嘩なんてしていません、その様な事するはずもありません」

「それでは彼が余り貴女をお相手にしてくれないので不満だったのね、フフッ」

「―――――――――――――――。」

「あら、あら、お黙りしてしまって、冗談の積もりで言ったのですが当たってしまったのかしら?」

「ゥうぅ~、そんなことないよぉ」

「ハイ、ハイ、泣かない泣かない。フフッ、マダマダ詩織には貴斗君を惹きつける魅力が足りないようですね」

「ソッそんな事ない・・・、と思います」

「自信がないようね。詩音がそんな貴女に良い物をあげるわ。こっちにいらっしゃい詩織」

 お母様に付き従いまして、玄関から靴を脱ぎリヴィングへ向かったのです。

「ハぁ~~~イっ、これを貴女にあげます。こに場所で彼を悩殺して差し上げなさい」

「オッ、お母様、へぇ、へっ、変な事を言わないでください」

 お母さまから手渡された物は去年、臨海副都心にオープンしたてのテーマパークのフリーパス七枚でした。

「どうしてこんなに何枚も持っていたのですか?詩音お母さま」

「『ご家族で遊びに行って下さい』と知り合いから貰ったのですけど。ほら家の人達みんな忙しいでしょ。だから去年、貰ったらそれっきりなの」

 お母様にそう言われましたのでパスの有効期限を確認して見ました。

【2004年7月31日まで有効】と印字されていたのです。

「アハハッ、今月いっぱいまで、ですね」

「そう見たいね、だから貴斗君を誘って行ってらっしゃい」

「貴斗とご一緒ならチケット七枚もいらないと思うのですけど」

「貴女に彼を一人誘う勇気おありなのかしら」

「ナハハッ」と苦笑していました。

 お母様のお言葉通りに彼を単独でこのテーマパークにお誘いするのは難しそうです。

〈詩音お母さま、私の事何でもお見通しなのですね〉

「お母様有難うございます、何とか彼を誘って見る」

「お礼は、ちゃんと貴斗君をお誘い出来てから言ってください。それでは頑張ってね、詩織。それとたまには私にも彼の成長しました姿を見せて欲しいわ」

「駄目です」

「フフッ、独占よくの強い事」

 お母様は私の事をお笑いしながらキッチンへ行ってしまった。

 自室に戻りお母様からもらったそのチケットを貴斗君以外、誰にお渡ししようかと考えていました。

 香澄と柏木君をお誘いしたかったのですけどそんな事したら貴斗が絶対に来てくれないと思いまして、諦める事にしました。ですが、チケット二枚だけは香澄にもお渡しする事にしました。

 それをお伝えするために香澄の家にご連絡しますと直ぐに彼女に出てくれましたのでその旨をお伝えしました。で、幼馴染みの彼女が今、私の部屋に来ています。

「しおりン、本当にこれ貰っていいの?ここのフリーパスってかなり高いって聞いているわよ」

「そうだったのですか?」

「そうだったのって、ハァ~、分かった有難く戴いておくわね」

 彼女は苦笑?皮肉?混じりなお言葉でそうお礼を言ってくださいました。

「何です、その言い方、そうでしたら差し上げません」

「アハッ、ゴメン、ゴメン冗談よ」

「そのくらい私も分かっています」

「それよりしおりン、貴斗とは上手くいっている?」

「うん。でも、最近どうしてか不安なのです」

「若しかして春香の事?」

「それもあるのですけど、違うのです」

「違うって何が?」

「貴斗の記憶の事です」

「貴斗の記憶・・・?ハッ!?若しかして、しおりン、貴斗が記憶を取り戻したらどうなるかって考えていたの?」

「はい、最近、その事がたまらなく不安になるのです。若し貴斗が記憶をお取り戻しになったら私を今のようにはみてくれませんのではと思えて」

 香澄はとても察しがよろしかったようで、ですから私も素直にそうお答えしました。

 彼女にそう告げますと香澄は私の頭をポンポンと軽く叩き笑いながら言葉をお掛けしてくださいました。

「アッハハハ、大丈夫心配ないってしおりン。若し貴斗のヤツがしおりンを捨てるような真似したらぶん殴ってぼこぼこにして、市中引き回しの刑にしてやるわよ」

「香澄ッたら、ソッ、そんな、怖い事を申さないでください・・・。ウフフッ、アハッハッハ」

 彼女に言葉をお返ししてから最後、そう笑っていました。暫く、香澄とお話しをして、彼女を玄関口までお送りしました。その時、彼女は私にチケットの事でもう一度お礼を言ってくださったのです。


~ 2004年7月20日、火曜日 ~


 今、大学内の図書館で勉強をしている最中です。

 これが終わりました後、貴斗のマンションに出向こうと思っています。貴斗を驚かせしたくて彼には連絡をいれていません。

 ノートにペンを走らせていますと知っている方が声をお掛けになってきました。

「藤宮さん今日も頑張っていますね」

「アッ、神無月先輩こんにちは」

「こんにちは。どうですか試験勉強、はかどっていますか?」

「先輩がお貸ししてくださいました資料の御陰で滞りなく進んでおります」

「そうですかそれはよかったです。流石は優秀な後輩」

 この時、直ぐにいつもお世話になっています神無月先輩をテーマパークへお誘いしようとおもいまして、彼にその旨をお伝えする事にしました。

「先輩、まだ予定は決まっていないのですけど、若し、よろしかったらご一緒に行っていただけないでしょうか?」

 そう口にしまして、ハンドバッグからチケットを取り出し、先輩にお見せしました。

「これは・・・?私とご一緒で宜しいのですか?藤原君が知ったら、彼きっと妬きますよ」

「貴斗、彼がその様な感情をお持ちになっていればどれほど嬉しい事でしょうか・・・」

 そう答えをお返ししてから先輩に事の顛末をお伝えしました。

「フッ、そうでしたか分かりました協力いたしましょう。私も一度ここへ遊びに行きたいと思っていましたので丁度いいです。それではこのチケット、有難く戴きますよ」

「神無月先輩、日時は追ってご連絡いたしますね」

「了解、御願いいたしますよ。はかどっている勉強を邪魔したくないので私はこれにて失礼致します。それでは」

 神無月先輩はそうお言葉にしますと奥の方へ移動して行きました。

 その方が去ってからまた暫く勉強に集中し、区切りの良い所でそれを終了させました。持って来た用具をショルダーバッグに詰めまして、ここを後にします。

 貴斗の事をお考えしながら、上機嫌で彼の所へ向かっていました。

 彼の事を考えていたので外の暑さなど気になる事などなく、いつの間にか彼のマンションの扉の前に到着していました・・・・・・・・・・・?

「あら?扉が少し開いていますけど?貴斗らしくない無用心ですねぇ」

 そう言いながら静かに扉を開けるのです。そして、玄関で見慣れない靴を発見したのでした。

〈・・・、白のパンプス・・・、当然女性物です。これが男の人の物でしたら物凄く嫌です・・・〉

 奥のリヴィングからお声が聞こえてきました。

 聞き覚えの有りません声です。間違いなく私の知らない人がいる。それも女性!?

 若し、これが本当は男の声だとしましたら、私は気が違ってしまうでしょう・・・・・・・・・、気付かれないように忍び足でリヴィングの方まで移動しました。

 そして、私のみました光景は・・・・・・・・。

 今までの気分は一変し無性に怒りがこみ上げてきてしまいました。

 だって、だって私の知らないとても美人な女性と貴斗があのような事を・・・・・・・!?

〈ムカッ#〉

 余りの怒りで胸元に左手で拳を作りそれをプルプルと震わせていました。

 貴斗を強く睨み付けていたのです。私に気が付いてくれます彼は凄く驚いているご様子。

「シッ、詩織これには訳があるんだ、訳がある、落ち着け、落ち着いて聞いてくれ詩織!」

 彼はうろたえながらそうお言いになりますが、そのお言葉は更に私の感情を逆撫でてくれました。

「その様な格好をしまして、訳ってどのようなものなのですかっ、許しません、たぁかとのバァカァぁァあアアァァアッ!!!」

 右手に持っていましたハンドバックに命いっぱい力を込めまして、彼の顔面へ放り投げて差し上げました。

「グヴァ・・・、ジホイ、ハイフホンホホォーフ」

 直撃を食らいました彼は何かを口にしたご様子です。ですけど、どうしてかバカにされている気分でしたので余計に腹が立ちます。

「アハァハハハッ」

 貴斗に抱きついていましたその女性はそんな彼を見まして苦笑しているようです。

 その女性の方を向きまして、睨み付けますと彼女は言葉をお掛けしてきました。

「私と彼の関係誤解しちゃった?ゴメンしてねぇ。私は彼の保護を任されている調査員よ。ちょっとした事情で彼をからかっていたらあんな体勢になってしまったの。ゴメンしてね、可愛らしいお嬢さん」

 暫くその女性からお話を伺いました。お名前は神宮司麻里奈。

 彼女はお亡くなりになられた貴斗のお兄様、龍一お兄様のご婚約者で貴斗が渡米してから向こうで随分とお親しくして下さった方だと聞かされました。

 それから、そこまで、聞かされますと貴斗が目をお覚ましになられたのでした。

「ごめんなさい、タカトォ」と不安な表情で彼にお謝りしました。

「もう、いいヨ済んだ事だ」

「タカトォ、そんなお顔をしないでください、本当に悪いと思っているのですからぁ」

 どうしてだか彼の顔が不機嫌そうでした。

 理由は簡単。私が彼のちゃんとしました彼の訳も聞かず、怒りだしてしまい、果てには彼に物を投げつけて仕舞いまして、気を失わせてしまいましたのですから、お怒りになって当然なのです。

 ですから、更に謝罪の言葉をそう口にしていました。

「貴斗ちゃん、そんな顔しないで彼女を許して上げなさい。そんな事じゃ男が廃るわよ」

〈アハハッ、何だかこの方の性格って凄いのかもしれません〉

「よくもまぁ、そんな事が言えますねぇ、麻里奈さん」

「だって、貴斗ちゃんが悪いんでしょ、初めから私の頼みを聞いていればよかったのにア・ナ・タ・が断るからね」

「・・・・・・・・、ハイ、ハイ、どうせ俺が悪者だ」

 彼がこんなにも皮肉なお言葉を言うのも珍しいことです。そう思いまして心の中で苦笑してしまいました。

「アハハッハハッ、私が悪かったはそんなに機嫌を損ねないで貴斗ちゃん」

「この方の言うとおりです。貴斗だって悪いのですからね。アナタが、私に隠さずこのような美人の方の知り合いがいるって教えてくださっていればこのような事になりはしなかったのに・・・、貴斗、そちらの女性を私にちゃんと紹介してください」

 すでに麻里奈さんという方から自己紹介をお聞きしていますので事更する必要はないのですが、これ以上話しが変な方向に進まない様に少なからず怒り混じりの瞳で彼を見てそう言わせて頂きました。貴斗にそう口にしますと彼は麻里奈さんの事を本当に簡潔に教えてくださいました。彼女のお名前だけ。それ以外一切何も口にしていません。

 昔から彼はそう言う点に関して本当に面倒臭がり屋さんです。

「ハァ~~~イ、今、彼から紹介を受けた神宮寺麻里奈よ。宣クゥ~~~っ!」

「貴斗の恋人をさせて頂いています藤宮詩織です。こちらこそ宜しく御願いいたします」

 彼女に自分をアピールするように〝恋人〟と言う言葉を強調していました。

〈ハァ~、こんな美人でグラマーな人とお張り合いしてもしょうがないのですけど・・・・・・、どうしてだか自分が情けなく思えてしまいます〉

「貴斗ちゃん、可愛らしい彼女ねぇ」

 麻里奈さんのそのお言葉はネガティブな感情になりそうでした私の感情を救ってくださいました。

 美人の方からそう言っていただけると何だか嬉しい気分になってしまいます?それから暫く、私は麻里奈さんとお話させていただきます。

 どうしても貴斗のアメリカにいた頃の生活を知りたかった。ですから、それを彼女にお聞きしてみました。

 麻里奈さん全部は教えてくれなかったけどそれでも少しだけ聞く事が出来ました。

 貴斗、向こうへ行ってから大分苦労していたようです。

 特に人種差別。それの所為で彼は一度人間不信に陥ってしまったと聞かされました。

 それを聞いてとても心苦しくなってしまいましたけれど、貴斗は気にする様子もなく平然としていました。

 多分、麻里奈さんがお話していた事を信用していないのだと思います。でも、どの様にして貴斗はその不信から抜け出る事が出来たのでしょうか?それについては麻里奈さんもお答えしてはくれません。

 他には貴斗がアメリカの大学卒業間近であった事も聞かされました。道理で私より知っている事が多いのだと納得いたしました。

 その後は麻里奈さん、彼女の男性に対する愚痴を聞かされてしまいました。かなり欲求不満のご様子です。・・・、それは私も・・・・・・・・・、ご一緒なのですけど。

 最後に今回ここに来た理由を貴斗に押し付けますと笑いながら帰って行ったのです。

 麻里奈さんは色々と貴斗の事をお教えしてくださいましたが、彼に関してもっとも重要な何かをお隠しになっていた様子。

 それを知る事が出来ていましたら、貴斗に接する私の態度は良くも、悪くも大きく変わっていたのでしょうけど―――――――――。

 それを知る事は多分、・・・・・・・・・、いいえ絶対にこれから先ありえないのです。

 貴斗が記憶を取り戻し彼の口から言ってくださるまでは・・・、しかし、それすら。


*   *   *


 今、貴斗と二人きりになっています。

どうしてか私も彼も喋らないままじっと座っていました。

「詩織、なんか俺悪い事したのか?何か言ってくれよ」

 やがて、やっと彼の方から私に声をお掛けしてくれました。

〈私に黙って美人な人と一緒にいました〉

 心の中でそう不満を訴えましてから、彼の予定についてお尋ねしました。

「ねぇ、貴斗、明後日、一日中時間空いています?」

「バイト」

「明々後日は?」

「その日もバイト」

「土曜日は?」

「フルタイムだ」

「日曜日」

「その日はまだシフトが決まっていない」

「タカトォ、今月、バイト、バイト、バイトばかりで私と一日中一緒にいてくれた事、おありになりました?」

 折角、貴斗とテーマパークに行こうと思いましたのに彼は全然私の意思など介してくれませんでした。それに有効期限も二週間とないのです。ですから、彼に不満の色を表情に作ってお見せした。

「・・・、なかった、詩織ゴメン。25日の日曜日はバイト入れないようにする。それでいいか?」

 その表情が功を奏したのでしょうか?貴斗がやっとそう言葉にしてくれたのです。しかし、まだ私の不満は収まりません。ですから、皮肉交じりのそう彼に言って差し上げます。

「本当はもっと、減らして欲しいのですけど、我侭を言って貴方に嫌われたくありませんから、それでいいです」

「その程度で詩織を嫌いになるはずがない」

「だったら減らしてくださるの?」

「どうすっかなぁ?」

「貴斗の意地悪ぅ~~~」

 彼は一度嬉しいことをお言いになってくださいましたが、直ぐにそれを否定するかのような曖昧な口調をお返しくださったので不満タップリに彼を罵ったのです。

 貴斗、彼はその様なやり取りを無理に回避するように話題を変えてきました。でもやっと本題に入れそうです。

「それで詩織、日曜日どうする?」

「これなんですけど・・・・」

 そう言いまして、持って参りましたハンドバッグからテーマパークのチケットを数枚取り出して彼にお見せしました。

「分かった、その日はそこに一緒に行こうな、詩織」

「ハイ、貴斗、有難う」

「ところで、何のテーマパークだ、そこ?」

「いってからのお楽しみです」

「俺の真似スンな」

「フフッ、貴斗の趣向が私にも伝染してしまったようですねぇ、だってそれにその方が面白いでしょうから?」

 彼にテーマパークの事を聞かれましたけど、口にしてしまっては彼が反対しかねないのでそう言葉をお返ししておきました。

 そう言う事に関してはいまだ私は貴斗を信用しきれていないのです。

〈ハァ、いったい何時になったらそう言う場所へ気兼ねなく彼と二人一緒にいけるようになるのかなぁ?ハァ~~~〉

「ハハハッ、それもそうだな。ところでチケット四枚あるけど、残り二枚は?」

 貴斗はその言葉を真に受け取ってくださったのか笑いながらそうお答えをかえしてきました。

「翠ちゃんと八神君でもお誘いしようかと思っています」

「俺と二人っきりじゃなくていいのか?」

 彼はどこへ連れて行かれるのか知らないからそう口にしていますけど・・・・。

「折角のチケットを無駄にしたくないですから、それにこう言う所は皆でいった方が楽しいと思いますので」

 本心と本心ではない言葉を同時に言って聞かせたのです。

「詩織がそう言うなら俺はそれに従う」

「それでは八神君に連絡御願いいたしますね、貴斗」

 私がそう言いますと彼は早速、八神君に電話を掛け始めました。

 その間、自分の腕時計で時間を計っていました。・・・1分23秒ジャスト。

 八神君との会話を終えました貴斗に私はお声を掛けます。

「貴斗、相変わらずですね。私の時だって同じなんですから」

「別に電話じゃなくたってこうやって会って話せばいいだろ」

「本当はそうしたいのですけど、そう出来ない時だってあるでしょ?誰かさん、いつもバイトでわたくしの相手してくれませんし」

〈そうしたいのは山々ですけど、そう言う時に限って貴方はここにいないじゃない〉

 そう心の中で私は不平を呟いてしまいました。

「悪かった、もう少しスケジュールうまく調整するよ」

「期待しなぁ~~~いで待っていてあげますわね」

「チッ!信用されてないな、俺」

 彼は舌打ちしてそうお言いになりました。そして、私のお答えは

〈本当にそうしてくれたら信用してあげてもよろしくてよ〉と胸の内でそう返したのです。

 その後、今までの不満を吹き飛ばし彼のために夕食を作って差し上げました。

 夕食中の彼はとても美味しそうに私が作った物を食べてくれます。そんな彼の表情を見ますのがとても好き。

〈アハッ、私って現金〉と心の中で嬉しがるように笑いました。

 その後は彼と色々なお話をしながら一日を終え、一緒のベッドで眠りにつきました。

 残念ながら彼は私と一緒にベッドに寝てくれるだけでそれ以上の事はしてくれるませんでした。それがとても不満#。


~ 2004年7月21日、水曜日 ~


 家に帰らず、貴斗の家で新しい朝を向かえました。

 今日は朝からバイトの様でしたので簡単な朝食を作り、彼を見送りました。その後、時間を確認してから八神君の携帯に電話をする事にしたのです。

「もしもし、藤宮詩織です」

「おぉ、藤宮かどうしたんだ。こんな朝早くから?」

〈9時前と言うのは朝早くなのでしょうか?〉

 そう心の中で疑問に思いましてから彼に電話の用件をお伝えしました。

*   *   *


「分かった、泳げる用意しておけば良いんだな」

「ハイ、そうです。それと八神君以外に翠ちゃんそれと神無月先輩がご一緒します」

「ホォ~~~、そうか神無月先輩も来るんだな」

 八神君は神無月先輩の事をお知りになっています、彼等はサークル活動でよくご一緒するようでしたから。そのあとは八神君に貴斗の関する愚痴を三〇分くらいお聞きしてもらいました。彼は私のお話をちゃんと聞いてくれたのでしょうか?

「藤宮、苦労してるな。だがいつかちゃんと報われるよ」と言ってくれたのです。

 それから彼に愚痴をこぼしてしまった事を謝りして、私の方から電話を切らせてもらいました。

 次は神無月先輩にご連絡。携帯のアドレス帳から彼の番号を探しまして、それを貴斗君の家の電話を使いましてお掛けさせていただきます。 神無月先輩に今後の予定の日をお伝えしました。

「準備の方は万端のようですね」

「ハイっ、それと先輩の他に八神慎治君と私のスイミングスクール時代の後輩が来ます」

「ヘェ、八神君ガデスカ?それと藤宮さんの後輩ですか?そうなると可愛い子なのでしょうねぇ~」

 先輩は翠ちゃんをすでに可愛い子だと決めつけいるようでした。

「確かにその子は可愛いですけど彼女に手を出さないでくださいね」

「失礼な、私はプレーボーイではないですよ」

「フフッ、そう言う事にしておきます。何人もの女性をお泣かせしていますと言います噂を耳に致しますが」

「いいです、勝手にご想像ください」と冷静に返されてしまいました。

 その後、司法試験について少しだけお話し、彼の方から〝これから用事があるので〟とお言葉にしてきましたので、そこで電話を終了しました。

 最後に翠ちゃん、今年の夏の大会も間近に迫っていますが、たまには休息も必要だと思いまして彼女をお誘いする事にしたのです。

 今日は母校の水泳部のコーチに行けませんでしたので、翠ちゃんにお会いする事が出来ませんでしたから夜、彼女がご帰宅していると思いましたお時間に電話を掛けさせていただいたのです。数回のコールで彼女が出てくださいました。

「アッ、詩織先輩どうしたんですか」

「元気そうね、今日、私、コーチとしていけませんでしたけど、しっかりと練習してくださったでしょうか・・・、って、それよりも25日の日曜日、臨海副都心のテーマパークに行こうと思っているのですけど翠ちゃんもご一緒にどうかしら、と思いまして」

「私を何処か遊びに連れて行ってくれるんですか」

 それから彼女にどちらへ行くのか、何方が行くのかをご説明しました。

「楽しそうですねぇ~~~、是非一緒に行かせてくださぁ~~~~いっ、て言うか絶対ついていきますねぇ~~~、うぅん楽しみ、楽しみ」

 彼女は嬉しそうな声でそうご同行すること伝えてくださいました。

 その後は暫く今年の流行について一時間くらい雑談してから、お話を切り上げる事にしたのです。

 翌日、どの様なテーマパークに行くのかお知りにならない貴斗の為に、彼の身に着けてくださる水着をお買い求めに909に足を運んでいました。

 スポーツ用品店の並ぶ三階のフロアーに向かいまして

》オール・シーズン《

と言いますお店に入って行っていきました。

 そちらのお店は季節に合わせて置いてある品物が違のですよ。

 男性用の売り場へ行ましてき、彼に似合いそうな物を探してみました。貴斗はあれで結構好みにうるさいですから変な物は選べないです。慎重に探しますこと約一時間が過ぎていました。やっとの思いで彼が嫌がらず着てくれそうな物が見つかったので、そちらをレジに持って行きました。思っていました以上に高かったので、そのお値段に吃驚です。

 でも貴斗がいつも私にくださる物に比べましたら些細な値段かもしれないですね。

 それに貴斗に何かを買いまして、プレゼントしたくとも彼は直ぐに遠慮なさるからこのような機会でもありませんと差し上げられませんと思いまして。

 ですから、なんの躊躇もなくこれを買う事に致しました。

 会計を済ませ私はこの場を後にしたのでした。




*   *   *


 そして、やっと2004年7月25日、日曜日を私は向かえたのです。

 前の晩、貴斗の家に泊まっていましたので遅刻する事はありえませんでした。

 現在、彼のマンションの前に翠ちゃんと八神君が来ております。

 それから、時間ギリギリに彼も到着しました。

 神無月先輩のご登場で貴斗が不信に思っていましたので説明をして差し上げました。

「私が先輩をお誘いしたのですけど、いけなかったかしら?」と。

 私達は八神君の車でテーマパークへと向かう事になります。

 八神君が運転中、頭の中で色々な事を考えていました。

 それが表情に出ていましたのか、何度も翠ちゃんにその理由をお尋ねされましたけれど、彼女をはぐらかす様にしてそれについてお教えして差し上げる事はありませんでした。

 やがて目的地に到着しまして、正面ゲート前に立ちますと貴斗は唖然とした表情をおつくりになり、口をお動かしになりました。

「詩織・・・、ここって?」

「見ての通り、世界初の水をモチーフにしたテーマパークですよ」

 微笑みながら彼にそうお伝えしました。

「・・・、俺、準備して来ていないけど」


「今、私達がいる場所は湾岸副都心にある世界初のプールと水族館を融合させたテーマパークです。ここは熱帯の青く澄んだ海を人工的に作りその中に様々な種類の魚を泳がせています。そして、なんとその人工の海に私達をダイブさせ、その魚達と戯れさせると言うのが趣向のようですね。他にもアトラクション・プールや普通に観賞する事が可能なアクアリウムもあります。無論、水族館でおなじみの海の動物を使ったショーなどもございますよ」

「最後に、ここは水をモチーフにしたテーマパークなのでそれに関するアトラクションなどが幾つもあります。おまけに水の博物館と言うものも存在しているようです」

 驚き表情の貴斗に神無月先輩が私に代わりまして長々とその様にナレーションをしてくださいました。

「貴斗、心配は要りません、ちゃんと私がご用意して来てあげましたから。気にいって下さるかわかりませんが、ウフフフフッ」

 硬直している彼に私のほころばせた表情を向けそう言葉にしました。彼に用意した物は余り派手でない水系迷彩色のトランクス型の物です。

「アッハハハハッ藤原君の将来の奥さんはとても準備が宜しいですね」

「クククッ、ハハッ、貴斗の将来は彼女に尻敷かれダナ」

「貴斗センパァ~~~イ、どうしちゃったんですかぁ?固まっちゃってますよぉ~」

「神無月先輩も八神君も変な事を申さないでください」

 お二人ともしているくせに私の準備のよさをおからかいする様に八神君と神無月先輩はそうお言葉にしてきたのです。

 嬉しいですけど、どうしてか恥ずかしくなってしまいまして私は顔を紅くさせていたようです。それから、中傷をお受けしたと思った貴斗は彼等にパンチとキックを差し上げていたようでした。

 テーマパークの中に入り、どの場所で待ち合わせしますのか三人にお伝えし、翠ちゃんと女性更衣室へと向かったのです。


# 更衣室 #


 今年に入りましてから香澄とご一緒に見に行きました時に買いました水着に着替えたのです。それを着る機会がずっとありませんでしたので何だか嬉しいです。それとその姿を貴斗にお披露目できる事もです。彼は喜んでくれるかしら?

 今、着用を試みている物はハイライトブルー色のビキニ。デザインは言葉で述べるのは難しいです。ツーピースの様でしてワンピースと言いますか・・・

 それとここ数年流行の南国の花々がプリントされたパレオ。

 着替え終わりました私は個室から出まして、翠ちゃんをお待ちしようとしたのですけど、私よりもそれが早かったようです。彼女のお姿と見ますと・・・・・・!?

「どうしたんですかぁ?詩織先輩」

「何でもないのですよ、早く皆さんの所へ参りましょう」

〈まっ、負けた。翠ちゃん、私より更に大胆なビキニ〉

 何かの敗北感に囚われてしまいました。彼女は今、高校三年生で昔と違いまして、身長も私より少しばかり高く、身体つきも女らしくなっていました。

〈・・・スタイルなら負けていないわよ〉

 自分を励ますように心でそう呟いたのです。彼女と共に貴斗達が待つ場所へと向かいました。


*   *   *


 今、翠ちゃんと彼等の前に出まして、私達の姿をお披露目していました。

「皆さん、お待たせして申し訳ありませんでした」

「おまたせ、しましたぁ~~~っ!」

「二人ともとても似合っていますよその水着姿」

「イヤァ~~~今日はマジで良い日だ、こんな可愛い子達の水着姿、見れるなんて俺ってラッキー」

「・・・・・・、フゥ」

「ねぇぇ、貴斗、どうしてしまったのかしら?」

「貴斗センパァ~~~イ、私の水着姿どうですかぁ?」

 他の二人は感想を述べてくれたのですけど、貴斗はサングラス越しの表情でただ溜息をつくだけでした。

 御気に召してはくれなかったのでしょうか?ですから、彼の方に迫り寄ってみました。

 翠ちゃんもそれに続いてくるようです。やがて彼の目前に至る。

「フッ二人とも凄く似合っている。かっ、可愛い・・・」

 彼はサングラス越しにそう言葉にしてくれました。

〈貴斗が私の事を可愛いって口にしてくれました。し・あ・わ・せ〉

「アリガトウネ、貴斗。そう言ってもらえてとても嬉しいです」

 嬉しくて、表情を緩めまして、彼に感謝の気持ちをお伝えしました。

 私達は荷物を指定の場所にお預けすると、集合場所と時間を決めまして、各自行動に移りました。

 貴斗は人工の岩場にお座りになり、海面に足を浸していました。

 私はと言いいますと突然、現れました人懐っこいイルカと戯れながら泳いでいました。

 時折、そのイルカにお話しかけますと、

『クゥー、キュー、キュー』と可愛らしい鳴き声でお答えしてくれました。

 イルカが人のお言葉を理解できると言いますのは本当かもしれないとその時、私には思えました。やがて、名残惜しかったですけど、そのイルカはどこかへと行ってしまわれた。

 そのイルカがお去りした後、海水から身体を上げず、貴斗のいる近くの岩場に腕を置き彼の方を見上げまして話しかけていたのです。

「ウフフッ」

「なんだ、急に笑ったりして」

「だって、こう言う所に来てもその首輪を外さないんですもの」

「チョーカーと言え!チョーカーと!!」

「意味は一緒でしょ、フフッ」

「だから何で笑うんだ?若しかして詩織、態と首輪って言ってないか?」

「クフフッ、それはどうでしょうかしらねぇ~~~」

 貴斗はいつも彼が言うチョーカーを見に付けています。

 彼が身に着けていますそれは翔子お姉様が彼に差し上げました物であると私は知っております。

 記憶喪失でも肌身、離さずにするほど大切にしているのだと思いまし、その様なさまが大変嬉しくなってしまい、つい彼に嬉笑いの表情をお見せしてしまったのでした。

 唯、疑問に思う事が一つ、貴斗は翔子お姉様と彼の関係を知っているはずなのにどうして、私や香澄と幼馴染みだったって事に気付いてくれないのでしょうか?

 その事を貴斗に告げましても、彼は頭を痛めてしまい、今でもお倒れになってしまいます。・・・、ですが

〈ハァ、貴斗がしているチョーカーの様にいつまでも彼と私の心を繋げて止めて置けたらどんなに嬉しいことかしら〉と心の中で思ったのです。

 今、心の中でそう想いました事は彼に対する過剰な独占欲の強さを象徴するようなものでしかなく・・・、それに気付く事の出来ない私がここにいます。

 その過剰な独占欲の所為で近い将来、私は――――――――――――――――――。

 今はそのような事を考えていてもし方がないのですよね。

 折角遊びに来たのですもの楽しまなくては。

 すべての考えを頭の片隅に追いやりまして、彼に声をお掛けするのです。

「ねえ、貴斗、そろそろ海の中に潜りましょうよ」

「そうだな」

 彼はそう言いますと私より先に人工のこの綺麗な海の中へと飛び込んで行ったのです。

「アッ、待って貴斗!!」

 そう言葉にしまして首にぶら下げていましたゴーグルを付け、慌てて彼の後を追いました。


*   *   *


 貴斗と私はこのテーマパークのメイン、人工の海の中で多くのお魚さん達と共に遊泳していました。

 ここに入る前に渡されました携帯アクアラングの御陰で長時間の遊泳が可能です。彼と手をお繋ぎしながら泳いでいました。

 彼の方から私とはぐれないようにとそうしてくれたのです。

 貴斗、泳げないわけではないのですけど昔から余り海やプールとかお好きではありませんでした。ですから、こんな風にしてご一緒して泳げるなんて夢の様です。

 それにとても気持ちいです。ヤッパリ私って泳ぐの好きみたいですね。

 泳いでいますといつの間にか私の方が彼の手を引くような感じになっていました。

 時折、彼の方を振り返ると柔らかい笑みを見せてくれるのです。

 水の屈折でそう見えるのでしょうか?でもそうは思いたくはありません。

 この中を泳いでいますと可愛らしいお魚から獰猛ではなくてもグロテスクなお魚さん達まで色々なモノが棲んでいました。

 何回か貴斗がそれらのお名前について聞かれました。ですからマグネットパネルと言いいますボードを使いまして、それで回答を差し上げていました。

 今もまた、彼は私にそれのお名前をお尋ねしてくれる最中。

{ここにいるのは何て魚だ?}

 彼にお答えするために、周囲にいるお魚さん達を確認していました。

 瞳を瞼で閉じ頭な中にそれらの名前を思い浮かべます。

 閃きと共にそれらをパネルに書いていきました。そしてそれを彼にお見せする。

{ライトブルーのお魚はナンヨウハギ}

{黒い縦縞と尾鰭がワインレッドのお魚はレッド・バタフライフィッシュ}

{背びれが大きくて、ネイヴィーブルーのお魚がアカモンガラ}

{赤の格子状の模様のお魚はクダコンベ}

{薄いピンク色のお魚はフレームアンティアス}

〈多分これで当たっていると思いますけど〉

 彼は私のパネルを確認しながらお魚さん達を眺めていました。

{詩織、博識だ、惚れ直したぞ}と示してくれたのです。

{本当かしら?口が使えないからって嘘を書いていない貴斗?}

 彼が書いてくれたお言葉がとても嬉しかった。

 でも悪戯交じりでパネルにそうお書きして、答えてみたのです。

 彼は苦笑を見せ、私の手を握りになり再び泳ぎだしました。

 ですが、少しも経たない内にさっきと同じ状態になりまして私が彼を引っ張って泳ぐ形になっていました。暫くして、彼は腕時計で時間をご確認していました。

 上がるサインを送って来ましたので、それに従い彼と一緒にゆっくりと浮上して行きました。貴斗は海面から顔を出しますと私を笑わせるような事を口にしていました。それから、彼は近くにあった岩場にお登りし、休憩を取り始めるようでした。

 まだ、泳ぎが足りませんでしたので彼の見える範囲でいろんなスタイルで泳いだのです。

 彼の様子を確認するために立ち泳ぎの体勢になろうとした瞬間、私の両足に激痛が走りまた。

〈溺れてしまう〉

 そう思いましたので、助けを呼ぼうと貴斗の名前を出そうとしました。でも、余りの激痛に声を出す事も出来ずに私は沈み始めてしまったのでした。

〈たすけて、助けてっ、貴斗っ!〉

 しかし、その心の中の叫びなど彼に届くはずもなく私は激痛の中、徐々に人工の海の中へと引き釣り込まれていくのでした。

 混乱しながらも先ほどまで口にしていましたアクアラングを再び口に銜えたのです。

〈そっ、そんなぁ・・・、・・・、・・・〉

 アクアラングからはほとんど酸素は送られて来る事はありませんでした。

 激痛と息苦しさが同時に私を襲って来たのです。

〈クッ、苦しい、イッ、いたい。タッ、たかと、タ・カ・・ト、た・・・す・・・け・・・・て〉

 海の中でついに意識が途切れ気を失ってしまう。

わたくしは今、闇の中にその存在を置いているようでした。

 周りは暗く、私は浮いていますのかそれとも堕ちていますのか、どちらが上で下か、どの方向が左か右かも何も分からない状態です。

 寒い、寂しい、そしてとても恐かった。

 目を見開きましてよく自分の周りを確認していました。しかし何も見えません。

〈たすけて、貴斗〉

 私がそう思いますと暗闇の中に人影がさしてきたのです。それは徐々に私の方へ近づいて来るのです。その人影は私をお覗きになる。

〈貴斗なの?〉

 私もその人影の方を見返しました・・・。しかしその人物には表情がなかったのです。

〈ひっ、アッ、貴方は?〉

 驚いてそう口にしてしまいました。しかしその人物は何もお答えしてくれず、私を置いて勝手にどこかへ歩き始めてしまうのです。

〈まっ、待ってください、私を置いていかないで〉

 そう呼びかけしながら自分の体を動かそうとしました。ですけど体は何かで固定されているような如く重くその場所から移動させる事が出来なかったのです。やがてその人影もどこかに行ってしまいました。

〈怖い、恐いです。タカト、助けて〉

 急に私の胸が軋み始めました。

〈クッ、苦しい、たすけてタカト〉

 苦しみ始めた私はまた恋人の名前を呼んでいたのです。

 再び、人影がさしました。

 その人影は先程と違がいまして私の方へ走ってきます。

 また私の顔をお覗きになってきました。

 私もそれを覗き返したのです。

 毎度、貴斗の名前を叫ぶたびに姿を見せます、影に脅えそうになりました。ですが、それでも私は彼の名前を呼び続ける。

 また、その影は私の傍まで遣って来まして、そのお顔には何故か口だけでそれ以外のモノが見当たりません。

 その影は私に何かを必死に呼びかけてくるようでした。でも私にはその人物が何をお言いになっているのか聞き取れなかったのです。

 その人物もまた、私に何かを言い終えますと現れました時のように走ってここを去ってしまう。

 何度か暗闇の中でタカトの名前を叫びますと同じように誰かがお姿を見せるのですが、私を助けてくれる事なく去ってしまうのです。そのたびに胸が痛く軋んだのでした。

 だけれども、その回数を重ねる度に私の身体が軽くなり、口元が温かくなっていくような気がしました。

〈タカト・・・・・・、たすけて〉

《・・・・・・・・・・・・りィっ!》

〈誰かが私を呼んでいる。誰?〉

 やがて私はその寂しく、悲しく、怖かった暗闇から舞い戻ろうとしていました


「お願だ、詩織目を覚ましてくれっ!」

〈貴斗の私を呼ぶ声がする。私は助かったの?貴斗が助けてくれたの〉

 虚ろでしたけど、ゆっくりと光を遮っていた瞼を開きました。

 視界がぼやけています。

 気付いた時、貴斗は私の身体を抱きかかえながらお叫びする様に私の名前を呼んでいました。

 私の腕は自然と彼の逞しい胴体に捲きついていたのです。

「しおり、シオリ、詩織ぃーーーっ!!!」

「たかと?・・・、・・・、・・・、たかと、貴斗、ごめんなさい」

「何を謝る、悪いのはオレの方だっ!俺が詩織から、目を放さなかったらお前はこんな目に遭わずに済んだんだ。俺はお前をずっと護って行くって決めたのに。クソだよ、俺は!」

 自分の不注意から起こしてしまった事ですのに貴斗はそう言ってくださいました。

 貴方はいつだってそうです、私に何か起きますと、どれ程に私が悪くとも貴方は私を護ってくださいます。

 私はそんな貴方に甘えてばかりでした。どんな時だって私にお優しくしてくれました。

 それが、記憶喪失でありましても、それは今も昔も変わっていません。

 違う、今はもっと私を大事にしてくれているような気がするのです。ですから、そんなアナタを私は好きだった。そんな貴方だから、貴斗、私は貴方を愛しているのです。

 だから、私は彼に・・・、

「ありがとう貴斗」

 そう言葉を出してお伝えしました。ここに貴斗がいます。

 彼の存在をお確かめしたかったから、彼の温盛を強く感じたかったから、私がちゃんと助かったかどうか知りたかったから、私を助けてくれましたのが貴斗だと信じていますから私は彼の身体を力強く抱しめたのです。

〈有難う、貴斗、大好き貴斗〉

 心の中でそう彼にお伝えしていた。涙を流さなかった。

 涙を彼にお見せすれば余計に心配を掛けてしまうと思いましたから、ですから彼に見えないように唇を噛み締めましてそれに堪えたのです。

 彼との抱擁をお邪魔するようにここにいた他の三人方が野次を飛ばしてきます。

「アァアァアアアッ、涼しい場所のはずなのに何だか暑くなってきちゃったなぁ~~~」

「オウ、オウ、貴斗、見せつけてくれやがって、妬けるねぇ」

「ハァ~~~感動の御対面も宜しいですがもう少し周囲を気にして下さると有難いのですが」

「フッ、詩織、無事でよかった」

 彼はそう口にしますと急に私から距離を置いてしまいました。

 貴斗との抱擁を台無しにしてくました翠ちゃん、八神君、神無月先輩を貴斗に気付かれぬよう据わった目で見詰めました。

 その後、貴斗は私との事で冷やかされているようでした。

 何度も彼は私にマウス・トゥーをしてくれながら必死になってお助けしてくれたようです。その彼のご行為がとても嬉しく思えました。

 彼等の冷やかしが終えた頃、私達はお預けしていた荷物を受け取りまして、避暑地で皆さんとお食事を摂る事にしたのです。

 今日のため朝早く起き、腕によりを掛けて作ったものです。皆さん、喜んで食べてくれました。

 私はずっと彼の傍で彼の食べる仕草を眺めていました。その際、また神無月先輩と八神君が貴斗の事をからかっていました。

 貴斗を囲んで皆様とこんな風にこれからも楽しくすごして行きたいと思うのは贅沢な事なのでしょうか。

 香澄や柏木君・・・、そして、春香を差し置いて・・・。しかし、こんな関係が永遠に続いて欲しい。そう思いながら自分も昼食をとったのです。

 食事の後は少し休憩をお取りし、それから午後、私達はアトラクション・プール方へ移動しました。

 そちらに移ってから貴斗は私を心配してくださったのか?べったりとくっついてくれていました。これで他の皆さんがいなかったらと思うのは贅沢・・・・、ですよね。

 アトラクション・プールで満足なくらい遊び終えますと直ぐに着替えまして、アクアリウム、イルカとシャチのショー、回れるところ総て周り、最後にイリュージョン花火と呼ばれます水面を使った幻想的な花火をご見物したのち、私達は帰宅する事になりました。

 今、八神君の運転する車で貴斗の隣に座り、彼に寄り添いながら安心したように私は眠っています。

 夢の中で彼の記憶喪失について考えていました。昔も彼は私を大事にしてくれていました。でも昔と違うのは今、貴斗が私の恋人である事。

 若し、彼が記憶喪失でない状態で帰国し、私に出逢っていたとしたら?私を護ってくれるでしょうけど今のように私には接してくれはしません。

 私の恋人になんかなってはいただけないでしょう。悲しいけど嬉しい。その感情は酷く矛盾しています。

 彼の記憶が戻って欲しい。でも戻ってしまったら今の関係は・・・。

 崩したくない。私は貴斗とずっと一緒にいたいのです。私の我侭だと思われてもいい。ですから、誰も私達の関係を崩さないで!そんな風に私は夢の中で貴斗の事を想いました。

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