第十話 今の私と、昔の自分
今日は土曜日で貴斗のアルバイト出勤予定はございません。
土曜日や日曜日に彼がアルバイトをお休みする事は珍しく、休暇をお取りになりましたのが、私のためだと聞かせて下さったのは今週の初めの事でした。
ですから、私はそれを耳に入れましたとき、今日と言う日の訪れる事をどれ程、待ち焦がれていましたか・・・。
アウトドア派の貴斗、今日のご予定は高原へのピクニック。やはりピクニックの昼食と言えば手作りのお弁当ですよね?
そのような訳で、私は朝早起きしまして、彼のためにそれを作る事に励んでいました。隣には詩音お母様がおります。
詩音お母様も今日は律お父様とどこかにお出かけになる様で私と同じように台所に立ち、料理をしております。
「あらららぁ、今日はいつも以上にがんばるのね、詩織?でも、余り張り切りすぎて、変な物を作ってはいけませんよ。食材の無駄にもなりますから、うふふふふっ」
「お母様、変な笑いを見せないでください。もう、私は、昔の私、何もわかりません、あの頃とは違うのですっ!もう、違うのですからねぇっ!」
「はぁ~~~いっ、はぁいっ、そんなにむきになっ、らぁ~ないのぉ。でも、本当に上手になったわね、詩織。それも、これも、貴斗君が向こうに行っていてくれたおかげでしょうかね。まあ、それでも、母親である私には勝てないでしょうけど。クスッ」
お母様はそう言い切ってから、最後、何か嬉しそうに微笑んでいたのです。
お母様はピアニスト。指、手を大切にしなければならない職種が本職だといいますのに料理を作ることが好きで、料理教室と言います物を定期的に開いているのです。
先ほどの様な自慢事を私に口にするだけありまして、その腕前とそちらの方面の知名度もピアニストとして名を馳せると同様に知れ渡っております。
私はその詩音お母様の娘。
今ではお母様やお母様とご一緒に料理教室を開きます翔子お姉様にも認めて下さる程に私の料理の腕前も、上達いたしました。
私は、出来上がった物を順にお弁当箱にお詰めしながら、過去を思い出す。
小さいころから、私、詩織は貴斗のために愛情を込めて食べ物を作って差し上げていた。
どんな時でも私の行為を無碍にすることはありませんでした、あの頃の彼。
私が貴斗に〝おいしい〟と、聞きますと、言葉は返って来なくも彼はいつも微笑んでくださったのです。そして、彼が必死に耐えながら私が作ったものを食べていますとは気付くはずもなく、微笑み返す私がそこにいたのでした。
更に、私が食べさせてあげました物の所為で、彼が病院にその都度、お世話になっていますとは事知らず、私の作るものが人様の食せられます物ではない料理だと気付きましたのは、いいえ、気付かせてくれたのは中学校に入学させていただき、初めての家庭実習のときでした。
それは幼馴染の香澄から。彼女はずっと以前から、私の料理下手をお知りになっていたようです。
「しおりン、あんた、それであたしを殺す気?そうやって貴坊を独り占めようってはら?たとえ、あんたが親友でも許せない考えね、それだけは」
「え???何の事、香澄」
「なによっ、そのぜんぜん分かりませんって顔は?はぁっ、はぁ~~~ん、もしかして、あんた、今まであんたが作ったそれ、味見したことないでしょう」
香澄のその言葉に私は素直にすぐに頭を縦に振っていたのです。
どうしてかは、料理と言いますものはどのような方でも出来るものだと思い込んでいましたから、私がお作りしました物も、世間一般様方がお作りになりました料理と変わらないと思い込んでいたのです。
そのような事があるはずないのに。滑稽です。私は香澄に気付かされるまで、料理と言うなの化学兵器を製造し、酷くもそれを愛しく大切な貴斗に人体実験をしていたのです。
「やっぱ、そうだと思っていたわよ、まったくしおりんは・・・」
「???、えっ、なに?」
「だったら、くちにしてみなさいっ!」
香澄はそう言葉にしまして、私がおつくりしました黒色ゼリー状の物体をスプーンで掬いますと、強引に私の口に詰め込むのでした。そして、私は・・・、その瞬間、美味しいとか、美味しくないとか、判断できる前に卒倒、気を失っていたのです。
気が付けば、私は保健室のベッドで寝かされていたのです。
目が覚めますと、誰かが隣にいる事にすぐに気が付きました。
目をそちらに向けます。
すると、いったい何が面白いのでしょうか?隣にいる人物は丸い背もたれのない椅子に座り、天井をお眺めしながら、その椅子をくるくる回転させていたのです。ですが、その動きもすぐに止まり、私に声を掛けて来たのです。
「やっと目が覚めたんだな、シオリ」
「ゴメンナサイ、タカちゃん」
「何だよ、急に謝ったりして、意味わかんないよ。先に言うなら感謝の言葉だろ、授業サボってついていてやたんだからね」
「そんな意味で言ったんじゃないの。でも、有難う・・・。それとごめんなさい」
「いみわかんねぇ~~~って、なんであやまるんだ」
「それはね・・・」
不満そうにしています貴斗の顔から視線を逸らしながら、私は今まで私が作って食べさせていました物の所為で、彼の体調に悪影響を及ぼしてしまった事を謝っていたのです。
ですが、貴斗は私の話を聞き終えました後、私の頭に手を乗せ撫でながら、にっこりと微笑みになるのです。
「別にいいよ、そんな過ぎた事。ボクはぜんぜん気にしてなんかいないからさっ。シオリが作ったものなら、泥団子だって食べて見せるぜ」
そのように言い切りまして、また、彼は微笑みになるのでした。
私が貴斗のその言葉に答えを返そうとしましたとき、横槍を入れるように、幼馴染、香澄がやって来まして、口を挟む。
「貴ボウ、あんたなに言ってんのさっ。今まで、こいつの劇物をあれだけ食べさせられてんのに、まだそんなこと言う気?まあ、隣で見ているそのやり取りは面白かったけどさ。もう、あたしも、しおりンも、大人なんだしさっ、自分の出来る事と出来ないことなんて区別出来るでしょ?それに、貴斗、あんたも、あんたよ。しおりンが作ったものだからって無理に食べる必要ないじゃない。それで体壊しちゃ元も子もないんだからね」
「おい、おい、かすみ。胸ないくせにいっちょまえに大人ずらすルナよ、僕は認めないよ」
貴斗のそのお言葉と一緒に幼馴染の胸をパンパンとはたく。香澄は無言のまま、グーで彼を殴りつけていました。ですが、痛がるそぶりも見せない彼。
「ちゃんとした答え返せ、馬鹿貴ボウっ!でも、あんた、いまにみてなさいよっ!そんな事口に出せないように成長してやるんだから・・・、それよりもさぁ、貴ボウ?どうだった、私の作った和風ゼリーは?」
「本当にお前が作ったのかよ、香澄。脅して、強引に誰かのと交換させたんじゃないのか?」
「あんたねぇ、これでもあたし、銘菓店の娘よっ!しおりンなんか比べ物になんないほどできるんだからねっ」
「だから、作るの得意とでも言うのか?ないない、がさつな香澄に限ってそれはない。真登香おばさんの手伝いなんてしているの見たことないしね」
「アンタ、あたしをそんな風に見てたわけっ?」
貴斗のその言葉で再び怒った表情を作りました香澄は握り拳を彼に向けたのですが、飄々とした顔つきのまま彼はそれを掌で受け止め、払いのけたのでした。そして、悔しそうに膨れた表情になりました彼女がそのままの顔をおつくりになる。
「ばか貴ボウっ、習い事がないときはママの手伝いちゃんとしてるんだから、お店の手伝いだってするときもあるんだよ。そんときに限って、あんた、あたしの所に遊びにきてくんないじゃない。ねぇ、しおりぃ~ん」
香澄がお家の手伝いをしていますことに同意を私に求めて来ました彼女。ですから、私は素直にうなずいていました。その答えに、〝そんなことありえない〟と不満そうな表情を浮かべる貴斗。
私はその表情を拝見しまして、小さく笑い、香澄はあきれた表情を彼に見せる。
「騒がしいわよ、貴方たち。もう体調がよろしいのであれば、教室へ戻りなさい。もう授業は終わりですけどね」
保健の先生にそういわれましたので、私たちは早々に保健室を退出させていただいたのです。
その場所から、出ましてから体調が悪くありませんことを理解いたしますと、香澄と一緒に部活に向かうのでした。その後、部活中ずっと考え、分かってしまったのです。
私は料理べたなのだと。ですから、もう、料理などしないことに決めたのでした。ですが、その決定も、二年後に、貴斗が日本を離れてから、数ヵ月後に取りやめにしたのです。
彼が、私や香澄にいか様にも教えてくれずに、私たちの前からいなくなってしまってから、私の毎日は途方もなく虚しい物でありました。
それに香澄も何かに取り憑かれました様に部活に入れ込みまして、私の相手など余りしてくれはしませんでしたから。
他のお友達が私に遊びのお誘いを下さりましたが、断る日が多かったのを今でも覚えております。
数ヶ月、退屈な毎日を終えながら、私は何かを探していました。
その答えは料理をすること。
苦手な物を克服しますと言う、願を懸けますことにより、それが成就しました暁に、日本に戻ってくるのが十数年も先と聞かされました貴斗がそれよりも早く帰ってきてくださるのではと思いましたから。
それに、あの凶事を忘れたかったから・・・
それからは、毎日毎日、お母様や翔子お姉さま、それに香澄の母親であります真登香様までお手を煩ってもらいまして、料理の腕を磨き始めたのです。
そして・・・、私が、周りの皆様に認めていただける程の腕前になり、私の料理べたを知っていました女の子友達の皆様は口々に、奇蹟と言葉にしてくれていたのです。
その言葉に私は不の感情を抱くことがありませんでした。私自身もそう思っておりますから・・・。それから、奇蹟も続き、高校三年に上がりました時、彼が、戻ってきたのです、わたくし・・・、私たちの元へ。
更にずっと願い続けていた貴斗が私の恋人になってくれることも叶ってくださったのでした・・・、・・・、・・・、記憶喪失で私たちの事など忘れてしまいました彼ですが。
「詩織、何をほうけているの?貴斗ちゃんがお見えになりましたよ。それとも、私が、貴斗ちゃんとピクニックに行ってさし上げましょうかぁ~~~?」
「だめに決まっております。お母様はお父様の相手をして差し上げてください」
詩音お母様にそう答えを返しますと、用意していましたものをもって貴斗の待つ玄関へと向かったのでした。
「お待たせして申し訳ございません」
「何を謝っている?分からない奴だな・・・。でも、何だか凄く嬉しそうだな、詩織」
「はいっ!」
貴斗の言葉に満々な笑顔を作りはっきりとした声で返事をします、私。
向かった先で貴斗と一緒に昼食をとりながら料理は愛情も腕前も、両立している方が言うまでもなく、良い事でありますと再認識する一日なのでした。
愛情を込めますと言います言葉は簡単に口に出来ましても、それに見合う事をしますのは簡単な事ではないのだと想うのです。
大切な人のために愛情を込めますこと、大好きな人が、それに答えますように何かの目標に向かいます、自分を褒めてくださることや励ましてくださること。
それは更なる努力の活力へと生まれ変わって行く。その繰り返しが続けば続くほど、お互いの関係が深まっていくように思えるのです。それが、愛と言いますのなら、私と彼は一生離れます事はないのだと信じてしまいそうです。
もうこれから、先、貴斗がわたくしの傍に居て下さらない等と言う事を考えたくありません。
若し、今の私たちのこの関係が崩れてしまえば、自身の存在意義を見失いそうで、私はどうにかなってしまいそうな気がして、どちら様かが、私たちの中を裂こうとしますならば、何か良からぬことを私はしてしまいそうで、
身震いをしてしまい、私自身を強く抱き締めてしまいそうなほど怖いのです。
私が正常であるのか疑ってしまいそうなほどに自身に対して恐怖してしまうのでした。
私を自宅まで送ってくださった、貴斗がお家に帰りましてから、独り自室でぬいぐるみを抱えながら、そのような私自身でも理解出来ないような事が頭の中をめぐっていたのでした。
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