終 話 久遠の想い、叶う願い

~ 2004年11月7日、日曜日 ~


 夕方、転寝をしてしまいました私は夢を見ていました、幼き日の頃の思い出を。


 少女は大きな木がある高台の丘で少年と遊んでいた。

 夕暮れが近づきやがて空には月が見えてきた。

「ねぇ、見てお月様が綺麗よ」

 少女は夜空を照らす月を眺めながら少年に話しかける。

「うん、僕もそう思っていたところなんだ」

「ウフッ、私と一緒だね。ねぇ、オマジナイしようか?」

「何のオマジナイ?」

「アナタとワタシがずっと一緒にいられるオマジナイ」

「ちっ、しょうがね~なぁ」と口では嫌がるそぶりを見せる少年。だが、表情は嬉しそうだった。

「ウンっ、アリガト。それじゃ、アナタの両手とワタシの両手を合わせようね」

 少女がそう言うと少年は顔を紅くし彼女に従った。そして、指と指を絡め、言葉を綴ったのだ。

「ワタシは夜空に浮かぶお月さま、どんなに遠くにはなれても、どんなにアナタがかげっても、ワタシの照らす月光で優しくアナタを包んであげる」

 言い終わると少女は絡めた指を解いた。

「これって、本当におまじないなのか?なんだか一方的だぞ?」

「これでいいの」

 このオマジナイには対語が存在して、相手がそれを言葉にして初めて成り立つオマジナイだった。しかし、少年が其れを知っているはずも無く、お互いはその様な言葉を交わしていた。遠くからその二人を呼ぶ声が聞えてきた。

「もぉぉおっ、アナタ達ここにいたのね?お姉さん、探してしまったわ。さぁ~~~お家に帰りましょう」

「はぁ~~~いっ!!」



 そこで目を覚ます。ずいぶんと懐かしい夢を見ました。

 貴斗と私が小学生低学年の頃、交わしたお呪い。

 彼があの時、対語の言葉をお知りになっていましたら今という現実はもっと違っていましたのでしょうか?

 私がそう思っていますと柔らかな夕陽が部屋に射し込んで来たのです。

「ウッ、ウゥン~~~ン」

と声を上げまして、体をストレッチ。

「試験も終わった事だし・・・、今日・・・、勇気を出して貴斗に会ってみよう」

 懐かしい夢を見ました所為か久しぶりに気分がとても軽やかでした。

 その夢の所為もありましてどうしてか貴斗にお会いしたくなったのです。

 家族の夕食の準備を済ませまして、彼のマンションへと向かいました。

 貴斗のマンションにつきましたときの時刻は午後8時47分でした。

 彼の部屋の前に着きまして、呼び鈴を押したのですが反応は返ってきませんでした。

 窓の中からは光は漏れてきてはいません。

 貴斗、お眠りになっていますのでしょうか?それとも、若しかして、アルバイトにでも行っていますのでしょうか?持っていましたこの家のスペア・キーでドアの鍵を開けまして、中へと入っていきました。

 矢張り、彼は居ません。ですから、彼がお帰りになるまで待つ事にしたのです。

 ただ待っているだけではと思いまして、お部屋のお掃除をしました。それとお洗濯。

 今までは洗濯物が溜まっています事はありませんでしたのに結構な量が洗濯機の中に放り込まれていたのです。

 貴斗の物を自分の手でお洗濯できますのがちょっぴり嬉しくなりまして、その様な気分でお洗いしまして、乾燥機に掛け、丁寧にたたんで差し上げました。

 次に冷蔵庫の中を確認。その中にありました材料で彼が帰ってきたときに食べられますよう料理を作ったのでした。

 すべての雑事が終わりました時のお時間は午後10時42分。

 それからはリヴィングのテレビをつけまして何も考えずに唯ボーっと眺めていましたら、いつの間にか眠ってしまっていたのです。

 何時の頃でしょうか?玄関の扉が開く音が聞えてきたのです。彼が帰ってきたと思いまして、

「貴斗?」とそう言葉にしまして、玄関にお迎えに上がったのですが

「しっ、しおりん?」

「チッ、やっぱ藤宮、来てたんだな」

「どうして、二人が」

 何故なのか、ここに現れましたのは八神君と香澄だったのです。

 二人ともお酔いになっていました。ですが、八神君の方はそれほど酔ってはいない様で・・・。それから、そのお二人を中にお通しし、お水を差し上げました。

「サンキューっ、藤宮」

「しおりンっ、さんくちゅぅ~~~っ!」

 暫くして、お酔いの醒めました八神君が私にお言葉をかけてきました。

「藤宮、黙って聞け」

「ハイっ、どのようなご用件でしょうか?」

「今すぐ帰れっ!」

 何のご説明も無く突然、八神君はその様に命令してきたのです。

「どうして、その様な事をあなた様に命令されないといけないのですか?貴斗が帰ってくるまでお待ちします」

「駄目だ。さっさと帰るんだ、藤宮っ!」

「お嫌ですっ!」

 演技で両目に一杯涙を浮かべ、それを八神君にお見せしました。

「チィッ、貴斗のやつ、その涙に何回だまされたんだろうな。なぁ、藤宮?だが、俺はだませないぜ。嘘泣きしても駄目だ。ここから今すぐ帰れ!これは貴斗から命令されたんだ」

「どうして?どうして貴斗がその様な事を言うのですか?」

「さぁ~~~なぁっ、俺も今、ヤツが何を考えてんのかさっぱりわかんねぇ。でも、頼むヨ、藤宮。かえってくれ・・・、こんなこといいたくねぇけど。藤宮、本当に貴斗のこと、信じてンなら、大切に思ってんなら・・・、この場は俺に免じて帰ってくれ。なぁっ、マジで頼むよ」

「お分かりしました。そこまで八神君が言うのでしたら・・・、帰ります。ですが、何かありましたら、八神君のこと凄くお恨みしますから・・・・・・」

「わりぃな、藤宮。肝に銘じて置くよ」

「最後に一つお聞かせくれないでしょうか?」

「なにをだ?」

「貴斗・・・、私のこと何かお言いになっていませんでしたか?」

「いや、特に何も、藤宮が居たら帰ってもらえと、しか」

「そうですか・・・」

 八神君のそれを聞きまして気分が物凄く沈んでしまいました。

 ハァ、せっかくいい夢を見れましたのに、現実は悪夢続きです。

 彼との会話中、香澄は一切お話しをかけてはくれませんでした。

 多分、それは柏木君の所為。私達幼馴染みは二人して窮地に立たされています状態。

 貴斗の部屋を後にしようとしました時、八神君が

「もう時間も遅い、危険だからタクシーで帰れよ」と言って下さいました。

 それに答えますようにタクシーをマンション前までお呼びするとそれに乗車しまして自宅へと帰って行きました・・・、・・・・、・・・、八神君のおごりで。

 貴斗のその場所を去ったのは日付が変わってしまいました11月8日、午前1時27分ごろです。

 もう少し遅く、後十五分遅くそこを出ていましたら・・・、貴斗にお会いすることが出来ましたのに。ですが、それを私が知る事はないのでした。


~ 2004年11月10日、水曜日 ~

 今日、私に一通の速達と小包一つが届いていました。

 小包の方を後にしまして、封筒の差出先を見て・・・、緊張しながらペーパーナイフでそれを開封するのでした。

 恐る恐る中から織り込まれていた数枚の紙を取り出しまして確認・・・。そして、文面をゆっくりと目で追うのです。

 すると

『合格』といいます文字が鮮明に瞳の中へと入り込んできました。

「やったぁ~~~、私、凄いです」と独り、呟いてしまいました。

 司法試験全課程を無事に合格しますことが出来たのです。

 ご報告と感謝のために親身になってくださいました神無月先輩にE―メールでご連絡する事にしました。

 ラップトップの電源を入れましてメーリングソフトを立ち上げます。

 先輩のご連絡先をアドレス帳から引っ張り出しまして合格した旨を書いて先輩に送りました。その時、ついでに受信メールを確認したのです。

 何通か届いていましたがどれもDメールばかり・・・。ですが、一件だけ変わったタイトルのメッセージが入っていました〝思い出のあの場所で待つ〟と。

 何かのSPAMメールかとも思いましたけど、気にかかりましてゴミ箱へ移動せずに、目を通す事にしました。

 そのメールの内容は、

『11月11日、5時30分PM』

『思い出のあの場所で待つ』

『時間厳守』

 メールの中には差出人のお名前がありませんでした。

 アドレスも匿名でどなたが送ってきましたのか調べる事も出来なかったのです。

・・・・・・・・・でも、この文面の書き方は彼しかいません。

 今まで何度も貴斗の所へ行ってもお会いしてくださらなかった・・・、三日前だって、それに全然連絡だって下さいませんでしたのにどうして急に?

 ですが、それも明日になれば分かることです。だから、今日も彼にお会いする事を我慢するのでした。


~ 2004年11月11日、木曜日 ~

 思い出の場所といいますものを2つに絞って考えていました。

 一つは鳳公園、そこは初めて私とカレと・・・、ファーストキスを交わした場所。

 もう一つは聖陵大学付属学院高等部の敷地内にある高台の丘。

 小さい頃の思い出がたくさん詰まりました場所。そして、そこは・・・、私が中学、高校と二回、彼に告白した場所。

 後者の方だと思いそちらへと向かうのです。

 貴斗が去年の誕生日にくださいました腕時計で時間を確認。

 午後5時17分、ギリギリ。私は急いでそちらに向かいました。

 そこへ到着しますと貴斗以外の先客が来ていました。

 その人は・・・。近づいてみます。

「今晩は、詩織ちゃん」

 その声の持ち主、春香。

「コンバンは、春香」とどうにか冷静に対処。

 かなり動揺しています。

 何故、彼女がここにいるのかしら?暗くて判りませんでしたけれど、春香は妖々しい顔つきで何かを口にしてきました・・・、その様に彼女の表上が見えてしまいましたのも多分、私が動揺しています所為。

「そろそろ、彼、来ると思うわよ」

 彼女がいいます彼とは当然、貴斗の事。彼女も貴斗のお呼ばれしたのだと推測しました。

 再び、時間を確認します。5時30分PM丁度。

 腕時計からお顔を上げました時、人影が射してきました。

「二人とも、呼び立ててすまない」

 その声の主は紛れもなく貴斗、その人だったのです。

「貴斗君、そんな事ないわよ」

 彼女はそう口にしましてから私に一瞬、顔をお向けしました。

 その表情は何かを勝ち誇ったようなその様なお感じに見えてしまったのです。

 私は相当に動揺してしまっていました。

「呼び立ててすまないが二人とも、俺の口を挟まないで聴いてくれ」

 彼がそう言いましたので〝ウンッ〟とぎこちなく頷いたのです。

 視線だけを動かしまして春香の方は見ましたら、彼女はお顔の表情を変えまして、貴斗のそれ受け入れたようでした。

「詩織、今まで、迷惑を掛け大変申し訳なく思っている」

 彼の言葉は丁寧かつ冷静でした。その言い方が心の不安を途方も無く煽ってくるのでした。

「それと・・・、春香、君にも謝罪のしようがないくらい済まないと思っている」

「いいの、もう事故の事は気にしていないから」

 彼女は貴斗が『口を挟むな』といいましたのにもかかわらずその様に口を挟んだのです。

〈春香、お黙りして貴斗の言葉をお聞きしなさい〉と心の中で囁いたのです、私は。

「その事だけではない・・・、春香、君はわかっている筈だ・・・、君の心の奥に燻ぶっている想いに、それは、俺に対してではなく」

「違う、今の私が必要としているのは貴斗君なの」

〈黙りなさいっ、春香!〉と再び心の中で叫んでいました。

 私は彼を信じていましたから我慢しまして一言も口にはしませんでした。

 唇を噛み締めて押し殺しまして言いたい言葉を押し殺しまして、胸元で右手拳を力強く握り締めていました。

「心配ない、アイツもいまだ、君を必要としている。意固地にならず素直になれ」

 貴斗は優しく、そして淡々と彼女を諭すかのように口をお動かしになっていました。

「そして、俺が必要としているのもキミじゃない」

 貴斗がそのお言葉を言ってくださいました時、胸は期待でいっぱいに膨らんできたのです。

 それは彼が私を選んでくれたと、その様に思えましたから・・・。

「イヤ、嫌、いや、貴斗君そんな事を言わないで私が大事だっていってよ」

「同じ事は二度言わない。宏之と凍りついた時間を取り戻してくれ。宏之の元へ行ってやれ、奴も待っているはずだから」

 貴斗が最後にそれを言いますと春香は何もお答えを返しもしないで涙を流しながらこの場から消えていくのでした。

 それから、貴斗と暫く見つめ合うのです。

「全ての記憶を取り戻した。本当にすまなく思っている。詩織、今までマジでゴメンな」

 貴斗の口調はいつも私がご一緒にいた時のそれに戻っていました。

 それを彼からお聞きして、わたしは安心してしまう。

「ウゥン、そんな事ありません、貴斗。私、信じていましたから」

「違うんだ、よく聴け、詩織。俺・・・、やっぱりお前の気持ちに応えられない」

 貴斗は最後の最後になってカウンターパンチを頂戴してくれたのです。

「ジョッ、冗談ですよね?」

 無理に笑顔を作りまして彼にそうお尋ねしました。

「無理なものは、無理・・・」

「・・・、本気で言っているのですか?」

「・・・・・・・・・・・・・」

「何とか言ってよ、貴斗!貴斗ってばぁっ!」

 彼は目をお瞑りし、押し黙ってしまいうのです。

 放心状態ぎみになってしまいました私も何もお言葉にする事は出来ませんでした。

 暫く静寂が辺りを覆ったのです。

「・・・お前の気持ちに応えられなかったのは昔の俺、今の俺は・・・ハハッ、冗談きつかったな。詩織、本気でゴメンな」

 双眸をお開きになられた貴斗は優しい笑みをお作りして、それを私に向けてくださりながら明るい声でその様に言ってくださったのです。

「・・・、本当よ、ほんとに、冗談がきついんだから、バカァ」

 弱々しい声でその様に返しまして彼の胸を軽く叩いたのです。

「イタタッ、痛い詩織、まだ内臓系は完治していないんだ」

 彼はそう口にしまして本当に顔を歪めてきました。

「アッ、ゴメン貴斗、痛かったのですか?ごめんなさい」

「フッ・・・、詩織、お前の受けた痛みに比べれば何て事無いぜ!」

 彼はそう言ってから私を抱き締めてくれたのです。

 その様な彼の優しい言葉と行為が嬉しくなってしまい、急に涙が溢れてくるのです。

「貴斗、たかと、タカトォ~~~っ!」

「泣いているのか?」

「タカト、貴斗の所為だからねぇ」

「そうだな、俺のセイだな」

 泣きながら彼の抱擁にしばらく身を委ねていました。

 そして、その間、彼は私の髪、彼が好きと言って下さいました私の長い髪を愛おしく撫でてくれたのです。

「泣き止んだか、詩織」と彼は無粋なことを聞いてきました。

「もう少しこのままいさせて」

「否!」

 彼はその様に拒否の言葉お口にしますと私から身体をお離しになり、私の両手の指に彼の両手の指を絡めてきました。

「・・・・・・・!?」

「覚えているか、あの時のお呪い、ほら子供の頃ここでやっただろ?」

 私の方が忘れるはずも無いのに彼はそう聞いてきました。ですが、沈黙しまして、彼に意地悪をしてあげるのです。

「えっ、えっとこれが三度目の正直ってやつで・・・、なっ、頼むよ、詩織」

 彼の瞳を覗きまして、優しく出来るだけ穏やかな声で言葉を始めました。

「ワタシは夜空に浮かぶお月様どんなに遠くに離れても、どんなに空が翳ってもワタシの照らす月光で優しくアナタを包んであげる」

といい終えるや否や、

「ワレは天空を治めし太陽、どんなにオマエが雲っても、どんなにオマエが沈んでもワレの光で照らして見せようゼッタイに・・・・・・、俺ちゃんと言えたか?」

「どうしてそれを?」

 最後、一言、余計に多かったのですけど私が知っていますおまじないのお言葉と一緒でした。

「オマエの為に調べた。これでお呪いかなうか?」

「ゼッタイ、叶う、絶対に、アリガト、有難うございます、貴斗」

 また嬉しくなってしまいまして涙が零れてきてしまいました。

「また、泣いているのか?しょうがない、胸貸してやるよ」

「一言多いよ、ばかぁ~~~」

「ハイ、ハイっ、判っております」

 彼は苦笑しながらそのような事を言ってくださるのでした。


*   *   *


 再び、彼の胸の中で暫く嬉し泣きをさせていただきました。

 二度目の彼の抱擁からどれだけの時間が過ぎたのでしょうか?彼の口から言って欲しいお言葉がありました。

「貴斗、私にこれが現実だって示して、私の事、どう思っていますのか口にしてくださいませ。お・コ・コ・ロ・を込めてくださいました、お・コ・ト・バ・で」

 彼が記憶喪失でした頃は良く〝俺が現実に存在しているって示してくれ〟と私にお言いになっていました。ですから今度は私が彼にそう懇願するのです。

「あぁ、言ってやるさ、何度でもな。詩織、愛している、誰よりも、お前だけを愛している。もう絶対離したりしない、俺は生涯をオマエと歩んで生きたい」

 貴斗はそういい終えますと優しい瞳を向けてくださいました。そして・・・、彼の方から私の唇に現実の彼の温盛を与えてくださったのです。

 長い大人のキス。

 その先はここでは出来ませんでしたから場所を移動する事にしたのです。

 ここを離れます際に貴斗は誰かに電話をおかけした様子です。

 大樹の下へ何かを置いてもいました。

 ペンライトと手紙・・・、それと見覚えがありますシルバー・リング。

「どうして、貴斗がそれをっ!」

「いずれ話す。だから今は聞かないでくれ」

「分かりました、貴方がそう申されるのであれば・・・」

 丘を下りながら彼に二つ質問をしていました。

「ねぇ、貴斗?あなた入院中、寝言で『ユキナ』や『シフォニー』って嬉しそぉ~~~うにっ、言っていましたけど。どのような女性なのかしら?とぉーーーっても妬けてしまいます。お答えしてください!」

「なっ、なんでそれをっそれは秘密だ・・・・・・。いっ、いずれ時が来れば教えてやるよ」

「それでは気長に待たせてもらいますわ・・・、これからはず~~~~~~っとアナタと一緒なのですから」

「あぁ、命が尽きるまで俺は詩織の傍にいる」

「有難うね、貴斗・・・、私も貴方と同じ想いです。それくらい愛しております」

 矢張り貴斗は隠し事が多いようです。

 ですが、いずれそれも彼の口からお教えしていただく事が出来るでしょう。ですから、それまで気長にお待ちする事にします。それと・・・、今日この日、貴斗が私の気持ちに応えて下さったのなら謝ろうと思いましたことがありますのでそれをお聞かせする事にしました。

「ネェ、貴斗。記憶全部取り戻したのですよね?」

「まぁなっ。それがどうかしたのか?」

「それでは私とお付き合いしてくださった三年間の記憶も全部ですか?」

「もちろんだ。だから何が聞きたいんだ、詩織?」

「あの、ですね・・・、とてもごめんなさいでス」

 そういいまして私は貴斗に深々と頭を下げたのです。

「何故謝る?全然意味が分からん。ちゃんと説明しろ、詩織!」

 彼は困惑の表情でその様に返してくださいました。

「その・・・、ワタクシの一方的な愛情を押し付けてしまってごめんなさいです。それとどれだけ春香の事故の事でお悩みになったか、どれだけ柏木君の事で心をお痛めになっていましたか、記憶喪失の事でどれだけ苦しんでしましたか、ちゃんと分かって差し上げられませんで。ですから、ごめんなさいです。ご勘弁願いたいです。申し訳に御座いませんでした。お許しくださいませ」

「よせ、詩織、もういい、そんな事。だから顔を上げろ。俺を見ろ」

 彼はそう言いまして私を抱きしめてくださったのです。

「貴斗、これでは貴方のお顔を見る事は出来ませんよ」

「揚げ足取るなっ、詩織!・・・いいか一度しか言わない。しかと聞け・・・・・・。俺が記憶喪失だったときのお前の想いは一方的だった?そんなことない。詩織、お前が居たから事故で眠り続けていた春香を見舞っても、宏之に何の手助けも出来ず憤りを感じていても、どれだけ記憶喪失の事で悩んでいても・・・、詩織が傍に居てくれたから俺は俺で居られたんだ」

 そこで貴斗は一度言葉をお止めになりました。

 私を抱く力が強くなるのです。ですが痛くはありません。

「詩織が居てくれなかったら俺はとっくの昔に潰れてどっかへ消えていたさ。だから、謝るな。俺はむしろ感謝しているくらいだ。だからな・・・、だから、そんな風に思わないでくれ」

「それは貴方の本心ですか?けして、私の事を気遣うのではなく」

 貴斗は私にココロの負担をかけさせたくないと、よく言葉にしていましたから、今彼が語ってくださいました事が私に対しての気遣いかどうかちゃんと知りたくてその様に聞き返してみたのです。

「気遣いじゃない、本心だ。これからは心にかかる負荷、詩織お前にも分けてやる。だから、お前のそれも俺に分けろ。いいな?・・・、・・・、・・・、・・・・、それに日本を離れる前の俺も、記憶喪失の状態でお前の恋人をやっていた時も詩織、お前には悲しい思いやつらい思いをして涙を流させたくなかった。故にそうならないように行動してきたつもりだったが、結果的にそんな思いをさせてしまった。だから、その・・・」

 その様に彼は口にしましてから抱擁をとき、私の瞳を見つめてきたのです。彼の瞳はとても真摯でした。

 嘘偽りがありません純粋な瞳に見えましたので、恥ずかしがらないでそれを見つめ返しまして返事をお返しします。

「クスッ、貴斗からそのようなお言葉が聴けるなんて・・・。確かに、貴斗、貴方のせいで私は何度もそのような想いにもなりましたし、貴方の知らない場所で泣いたこともありまして、でも、それは貴斗のことが好きだから、愛していますからそのような感情がこみ上げるのですよ。それと、今、貴斗が言われたそのお言葉、信じていいのですね?私は貴斗の本当の心の支えになれるのですね?」

「よくもまあ、そんな事を恥ずかしげもなく言えるな詩織、お前は。ああ、もちろんだ。詩織が俺の事を支えてくれるなら、俺もお前を支えてやる」

「わたくしの言葉、事実ですもの。それに貴斗、貴方も私以上に恥ずかしくなります様なお言葉を口にすることがあるのですよ。お気づきになられないのでしょうか、クスッ」

 その様な言葉で私が最後をくくりますと貴斗は両目を閉じまして、その表情のまま、優しい笑みを作り、鼻で軽く笑いました。

 私もその様な彼を見まして、小さく微笑みをお返ししたのでした。

「ふんっ、なら、もう一つ、青臭い言葉を詩織、お前に伝えて置こう・・・。ガキの頃は大切な者は、自分の命を賭けても護らなければならない、それが、男として、格好のいい人生の歩み方なのだと本気で思っていた。だが、実際、大切な相手を自らの命と引き換えに助けたとして、残してしまうその人はどの様な哀しみを胸に抱く?」

「その後の彼女は一体誰が護る?だから、今ではその生き方は間違っていると、想う相手が本当に愛しく、大切なら何が何でも生き続け、本来の寿命を全うするまで共に歩み護り続ける事が本当の道なのだと、そう気付かせてくれたのは・・・、そう、詩織、お前なのだ・・・。あの時、病室のベッドの中で向こう岸に渡ろうとしていた時、お前の声が聞こえなかったら、俺は多分ここに立っていなかっただろう。だから・・・」

 彼はそう聞かせてくださいますと、再び私を抱き寄せ、力強くわたくしを包んでくれていた。そして、更に彼の言葉は続きまして、

「だから、もう、どんな事があっても、どの様な不幸、災いが降り注ごうと、後ろ向きにな思いなどいだかない、生きる事を諦めたりなどしない。世界のだれより、唯一人愛する、詩織、お前が生き続ける限り、俺も生き、そして護り続けたいから、共にこれからの人生を歩みたいから・・・」

「わたくしも、貴方、貴斗の事を、貴方だけを愛しております。そして、貴斗が私を御守りして下さるように、私も、貴方を、貴方のお心を支え、癒し、御守りしたく想います」

 抱かれる彼の胸の中でその様な返答をお聞かせした。貴斗が全ての記憶を取り戻し、私が彼の全てを手に入れてから九年の歳月もが流れました。


= とある企業ビルの重役会議室 =

「焔先輩、ソロソロ、あの企画の準備に取り掛かってください」

「貴斗社長、ここに今、私と藤宮秘書しかいないからってそよ呼び方は宜しくないですよ」

「別にいいじゃないですかこれくらい。それに焔先輩その口調、何とかならないのですか?」

「〝これくらい〟?何を仰せられるのですかタカト・シャ・チョ・ウ。仮にもアナタは私の雇い主なのですから」

「神無月先輩、宜しいではなくて?貴斗がそうお呼びしているのですから」

「二人とも私をからかっているのですか?全く仕様がない社長と秘書ですね。フフッ」と神無月先輩は軽く笑った。

 今、私は貴斗の司法秘書として彼の事業のサポートをしています。どうして神無月先輩が私達とご一緒していますのかって?

 先輩、検事になります事をお辞めしたみたいです。

 今はここで司法書士兼経営コンサルタントをやっております。何でも貴斗とご一緒に仕事をしていました方が色々と面白いからですって。ですが本当の所は私には判りません。貴斗も先輩も男の秘密だってお教えしてはくれませんから。

 貴斗は洸大様に一つの事業を任され、それに成功しまして、今の地位にあります。

 行く行くは洸大様の跡を継ぎ藤原科学重工とその関連会社の会長になる日もそう遠くは無いでしょう。

 洸大様は死にます前に貴斗と私の子供、曾孫の顔を見たいと仰せられていました。

 あれだけ元気なのです物その夢もそう遠くない内に叶うではずで・・・・・・・・・、貴斗がもっと積極的になってくださいましたら。

「そういえば、お二人の挙式も近くなってきましたね、是非参加させて頂きます」

「神無月先輩、是非ご同席御願いいたしますね!」

 先輩のそのお言葉が嬉しくなってしまいたまらず、貴斗の二の腕を捕まえますと一刻のキスを交わしました。

「・・・ふ・じ・み・や秘書?もう少し人目を気にして下さると有難いのですがねぇ」

 恥ずかしがりました貴斗の方から私の唇を遠ざけてきたのです。

「私達の仲を周知な先輩の前でしたら気にする事もないかと」

「オッ、俺は嫌だぜ、恥ずかしい」

 貴斗は赤面した表情をお見せしてくださいましてから、その様に口にしたのです。可愛らしいわ。

「・・・、目も当てられません、頭痛がしてきました」

 神無月先輩はそう言いますと目を瞑り、頭を押さえながら下を向いてしまいました。

「どうなさったのですか、先輩?」

「・・・何でもありませんよ、藤宮秘書。フぅッ」

 私達はそんのような談話をしながらこの場を後にしました。

 ほかの皆様はどうしていますかって?

 春香と柏木さんは縁りを戻し現在二人とも大学院で医学の博士課程を専攻しております。

 二人は縁りをお戻しになりましたその年の大学受験で、すべる事無く見事に合格。

 貴斗が言いましたように二人はお互いに必要な存在だったことを裏付けた一件でした。

 何か強い意志が無い限り不可能に近いことでしたから。

 幼馴染みの香澄は現在、春香達と一緒に医師に成る為の勉学に励んでおります。

 酷いですわ、私とは一緒に進級してくださらなかったのに春香達と一緒に大学をご満喫しますなんて・・・。と言います愚痴は聞かなかった事にしてくださいね。ですが、大切な幼馴染が本当の夢へ向かって歩み出して呉れました事に私はとても嬉しく思います。

 柏木さんと別れた後、色々とありましたけど貴斗が彼女に色々と手を尽くしたようでして、今は完全にお立ち直りしています。

 その時の彼の行動凄く妬けてしまう物でしたけど、私も香澄をお救いしたかったから貴斗のそれを黙認しました。

 八神さんはと言いますと現在この会社のために世界中を飛び回っています。

 貴斗は八神さんに無理しないで欲しいと何度も彼に言ってお聞かせしていたのですが、

『俺が精を出した分、貴斗、オマエも頑張ってくれたまえ。それともっと藤宮に積極的になってくれたらこの上なく嬉しいんだけどな。アッ、それと特別手当とボーナス奮発してくれれば問題ない』とお言葉にしていましたのを私は覚えています。

 その時の八神さんの言葉、私にはとても嬉しかったのですけど貴斗は苦笑しているだけでした。

 最後に翠、彼女は2008年のオリンピックで三枚の銀メダルを取ると彼女も競泳の世界から退いた。

 一度、香澄と彼女の仲は修復できないと思うほど溝が出来てしまいましたが、現在は二人仲良く同じ場所でトレーニングコーチをしています。

 私達は時の流れの成すまま、一度はバラバラに袂を分かってしまいました。

 それは恰も激流が本流をそれてしまい、三日月湖をお創りしてしまう様に。

 ですけども、再び私達は同じ流れに辿り着き大海原へと進む事が出来ました。

 今は皆様それぞれの新たなる目標へと向かいまして流れだしています。全ては時間が解決してくれました産物。

 そして、これからもその時間だけが私達の新しい未来と言います流れを明るくも暗くも彩ってくださいますでしょう。

 大切な人と一緒なら、理解し合えます仲間と一緒ならどのような事がありましてもその流れに身を任せる事が出来ます。

 ですから、これからも私達の流れに倖という時間が刻まれますようにと、そう願うばかりです。


詩織 編 END

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