第三話 二人だけのクリスマス

「スゥーハァ~~~」

 彼女が大きく呼吸するとそれを見計らったように大気中の精霊が目の前を白く染める。


~ 2001年12月24日クリスマスイヴの午後5時18分 ~


 鳳公園のピサロと言うオブジェの前で愛しい人をお待ちしておりました。

 約束の時間、5時30分。

「もう少しあるみたいね」と私は腕時計を確認しながらそう呟く。

 普段の彼なら約束の時間、十五分から二〇分早く到着していますけれど・・・、今日はまだ彼の姿が見えません。

 彼が来るまでぼんやりと周りを眺める。

 周囲には私と同じ誰かと待ち合わせしている人や既にカップルとなって仲睦まじく会話をしている風景が瞳に映っていました。私は目を閉じ彼の事を考えます。


*   *   *   *   *   *   *

~ 2001年12月16日、日曜日午後11時43分頃 ~

「詩織、貴斗君からお電話ですよぉ~~~、フフッ」

 微笑みながら呼ぶのは私の母親、詩音。

「あっ、ハイッ、今行きます」

 言って編物をしていた手を休め廊下に立っているお母さまの所まで移動しました。お母さまの前に立つと受話器を渡してくれる。すると彼女は軽く〝フフッ〟と私を笑ったのです。受話器のマイクを押さえ、

「お母さま、あちらへ行っていてください」と母親を追い返しました。

「ハイ、ハイ、ゴユックリどうぞ」

 その様に言い残しまして、詩音お母さまはその場から去ってゆく。

「今晩は、貴斗君、御待たせいたしました」

「詩織、コンバンハ」

「どうしたのですか、このようなお時間に?」

「たいした用事ではないが聞きたい事がある」

「ハイッ、どの様なご用件でしょうか?」

「今月の24日何か予定、入っているのか?」

 もっ、若しかして、デートのお約束と思いまして、内心の嬉しさを出さないように即答で、

「今のところ、特に予定は入っておりません」

「そうか、分かった。詳細は追って知らせる、それまで待て」

 その後、こちらが何かを聞き返す前に彼は電話を切ってしまったのです。

『ツゥーーーっ』と言う音だけが受話器から聞こえる。

 貴斗君は大抵、電話でご用件だけをお話しになるとすぐに切ってしまう・・・。分かってはいますけど気分がダウンしてしまいます。いつの間にか戻ってきたお母さまが言葉をかけてきました。

「あらあら、いつもお話が早いこと、貴斗君との仲は進展しているのかしら?心配だわ」

「もぉ~、お母さまには関係ないでしょ」

「ハイ、ハイ、そうでしたね、フフッ」

 笑いながらお母様は再び、リヴィングに戻って行く。私も彼女の後にそこへ戻り、編み掛けの物を持って自室へと移動しました。


2001年12月20日、木曜日


 貴斗君からご連絡があったその後、彼から何のご連絡もなく、学校でも顔を合わせる事が出来ませんでした。

 この日は貴斗君と翠ちゃんの勉強を見て差し上げる日でしたのですけど・・・。一足先に彼女の家へと向かいましたけど。翠ちゃんのお宅に到着して直ぐに聞かされたお言葉は彼の不在を報せる物でした。

「貴斗さん、今日は急用でこられないって、サッキ電話ありました」

 古典、漢文など国語中心に彼女と一緒に勉強をし、その後、自宅へと帰宅。

 一通りの自分の用事を済ませ、自室のラップトップPCの電源をいれE―メールを確認。

 新着は十三件その内八件はお友達から、四件はDメール(ディレク・トメール)、

一番後に〝X,mas With You!〟という件名で貴斗君からメールが来ていたのです。彼らしからぬ、その件名タイトルに可笑しくなって少しだけお笑いしてしまい、心の中で笑ってしまった事に対して彼に謝っていた。

 メールの内容を読む。・・・・・・・・、たったの四行しかなく、

『12月24日、5時30分PM』

『鳳公園、シャイン・ピサロ前で待つ』

『ドレスアップして来る事』

『From 藤原貴斗』とだけ記されていました。

「・・・、ハハッ」と余りにも簡潔な文に苦笑してしまう。

 でもなんとなく今の彼らしい文。その内容がデートのお誘い、それもクリスマスイヴ。気分はヤンヤンと小躍りをするのでした。


*   *   *   *   *   *   * 


 そう今日の経緯を頭の中で思い出していた。それを終えると再び、目を開け時間を確認します。午後5時29分、約束の時間一分前。再び大きく深呼吸し、下を向く。

 白い吐息が周りの色を変える。大気中の冷たい空気を吸った私の体はその寒さに少なからず震えてしまいました。寒さに少なからず震えていますと遂に、やっとお待ちしていた方が参上してくださったのです。

「こんな寒いところで待たせてしまったようだな、済まない」と謝ってきます男性の声。

 その知っている声、私の恋人、私は顔を上げ、彼、貴斗を見て言葉を募りました。

「そんな事はありません、時間ぴったりですよ」

 笑顔を創り彼にそう答えて差し上げました。

「俺が時間通りに来ようが来まいが、オマエを待たせてしまった事実は変わらない、だから謝る」

「フフッ、分かりました、赦してさしあげますわね」

 もし、彼の謝罪に対して〝そんなことはありませんから〟という言葉を掛けようものなら彼は再び謝ってくる事を知っていました。貴斗君は昔から自分が本当に悪いと思った事は直ぐに謝ってくるのです。

 謝られた本人がそれを赦さない限り彼は延々と謝り続ける。その性格は記憶喪失の今でも変わらないようです。ですから、私は彼にそう言葉を返したのでした。

「寒いのか?」と心配するように彼がそうお聞きしてくれた。

「少々、冷えてしまったかもしれません」

「俺の手、そんなに暖かくなが」

 口調は冷静、表情は照れ隠しで冷え切った私の両手を包んで下さいました。記憶喪失になる前の彼は直情的で、それが直ぐに行動に現れていましたから手を握ってくれる、抱き締めてくれるという行為は日常的なことでした。

 で・す・が今の彼、非常にその手の事に鈍感になってくださいまして、なかなかその様な行動に出てくれる事はありませんでした。ですから嬉しくなって彼のその行動に対して顔をほんのり紅く染めてしまう。

「貴斗君の手、とても暖かいです」

 暫く彼がそうしてくれたので私の手にも温度が戻ってきました。

「そろそろ、移動しよう。寒さは女性の身体によくないと聞く」

 優しく私を気遣ってくださいます言葉をおかけしてくれ、彼は片手で私の左手を軽く握りながら移動し始めたのでした。貴斗君の手を強く握りかえす。

 そうすると一瞬だけ彼は私に軽く笑ってくれたような気がしました。そして、手を繋ぎ歩きながら彼に尋ねます。

「ネェ、メールにはどう言う予定なのか何も書いていませんでしたけど?」

「何も知らせない方が、面白みが有ると思ったから・・・、嫌だったか?」

「そんな事ありませんよ、私も貴方の意見に賛成です」

 微笑を創って彼の答えに返す。

 私がそう言うと彼は空いている手で項を掻いていました。

「それで、今からどちらへ向かうのでしょうか?」

「そこに着くまで待て」

 それから私達はバスに乗り約三〇分かけて貴斗君が決めた目的地へ、繁華街の方へと向かう事になったのです。

 私達はとあるビルに入りエレベーターへ乗りこみ、最上階フロアーを目指していました。

「貴斗君、本当にここでよろしいのですか?」

 その場所から景色を眺めながら彼にそうお尋ねしていた。

「嘘ついてどうする?」と彼は簡単に答えをおかえししてくる。

 今、私達のいる場所は今年出来たばかりの展望台ビルの最上階。

 三戸市の中心に建てられたので三戸の街が一望できます。

 昼間と違いまして、ネオンや電飾が煌めく夜の方がとても綺麗で心を奪われてしまいました。その街の風景を眺めながら有りの儘の感想を述べる。

「街並みが、とてもきれぇ~~~」と。

 今日はイヴと相まって街の中に施されたそれらの装飾が暗く澄み切った夜空を彩っていました。

「気にいってくれたか?」

「ウン、有難うございます、貴斗君」

 そう言うと彼に出来る限りの笑顔を創ってお見せしました。そんな私の行為をぎこちなくも彼はニッコリと微笑み返してくれました。

「6時半からここのレストランでディナーだ」

 彼は冷静に言葉にしてきました。それを耳にして、メールの内容を思い出したのです。

 〝ドレスアップして来る事〟とあった意味を今、理解しました。

 この最上階に有るある展望台レストランは東京都内の帝都ホテルと言う所のレストランから移動してきたシェフが経営する一流レストラン。

 ディナーだけの営業だから値段もそれなりに高く、予約制でレストラン内に入るのに正装を必要としていましたから。

「貴斗君、ここって・・・、本当によろしいの?」と恐縮しながら彼に尋ねていました。

「心配ない、詩織の為に頑張ってバイトしたから」

 そう彼にあっさりと返されてしまい、そして恥ずかしそうな素振りも見せずにです。

「レディ、そろそろ時間です参りましょう」

 その様に口にして私の手を取って下さったのです。その言葉を聞いたこちらの方が恥ずかしくなってしまい顔を紅潮させられてしまいました。

「ハイッ」

 私は軽く下を向きながら返事をし、彼の手を握り返しました。そして、彼に連れられて店内へと誘われたのです。なんだかお姫様になった気分。

 今日はイヴという事で通常のコース料理ではなくシェフ長オリジナルの物だと言うのを席に着く前にウェイターに聞かされました。

 出てくる料理一つ一つに愕き、その感想を彼にお伝えしました。

 ブルーチーズサラダ盛合わせ、グリーンポタージュ、白トリュフソースのロースフォアグラ、チキンクリーム煮込み、和牛のサイコロステーキ、シーフードリゾット、特製パルメザンチーズのカルボナーラ、ソフトフレンチブレッド、最後にホワイトミルクプディング、全部で9品。

「どの料理も程よい量で美味しかったですね、貴斗君」

「そうだな、満足できたか?」

「もちろんですよ。貴斗君は?」

「俺も満足した、あんなに出てくるとは思わなかったからな」

「フフッ、私も吃驚してしまいましたわ」

「詩織みたいに自分で料理を作れるヤツは、こういった、料理を口にするのもたまにはいいだろう」

「私にも作れるかしら」

「オマエなら何とかなるだろ?」

「それじゃ、今度、作ってみようかしら?その時は試食してくださいね?」

「幾らお前の腕が優れていても実験台お断り。ゴメン、蒙る」

「ひどぉ~~~い、貴斗君が振った話題なのに!」

 顔を膨らませて彼を睨みました。すると彼は鼻でフッと軽く笑う。

「ゴメン、俺が悪かった、許せ」

 本気で言っているのかそうでないのか分からない口調で私に謝ってきました。ですが、然程、感情的にならない今の彼の心の内を把握するのはとても難しいです。

「今日と言う日に免じて、許してさしあげます」

 その様にお言葉を返しまして、イヴのデートに誘ってくれた彼を許して差し上げました。

 だっていつも私そっちのけでバイトばかり勤しんでいます彼の方から誘ってくれるとは思ってもいませんでしたから・・・。

 私達はあれからレストランのラウンジに出て景色を眺めながら一休み。

 その後、街を彼と歩きながらウィンドショッピングを楽しみ、最終的に待ち合わせをした鳳公園へと戻って来ていました。貴斗君と私は公園内にある噴水の淵に腰を下ろしながら夜空を眺めているところです。

「先程まであんなに星が見えていたのに・・・、曇ってしまいましたね」

「あぁ~、そうだな」

「今日はとても楽しかったです、有難う御座いました」

「あぁ~、そうだな」

 嬉しい気持ちをお伝えしたくて楽しく会話をしている積もりでしたが彼の返してくる言葉は総て〝あぁ~、そうだな〟だけでした。

 暫く沈黙が訪れ、また私達二人は夜空を見上げていました。先程よりも雲が掛かって到頭、月さえも覆い隠してしまった。

「とうとう、曇ってしまいましたわね」

「あぁ~、そうだな」

「貴斗君、先程からそればっかり」

「あぁ~、そうだな」

 ちょっぴり顔を膨らませる。しかし、彼は私の方を見てはいません。

 貴斗君はコートのポケットに手を入れ何かを弄っている様でした。そして、遂に彼は何かを決心した様にポケットからその手を出し、ソッポを向いたまま鼻の頭を掻き、口を動かしてきたのです。

「これっ」と言って掌サイズの小さなケースを渡してくれました。

「これは?」

 別にお聞きしなくても分かる事ですのに彼に問いただしていました。彼の口から聞きたかったから・・・。

「クリスマスプレゼント」と彼は小さく呟く。

「開けてもよろしいですか?」

「あぁ~、そうだな」

 彼の返事は変わっていませんでした。その様な彼の態度に思わずクスッと苦笑する。

 貴斗君から戴いたケースをゆっくりと開ける。すると―――――――――、聴いた事がないけれど、どこかとても懐かしく暖かなメロディーが流れてきたのです。

 そのメロディーの所為なのか?嬉しさの所為なのか?分からないのですけど私の頬に一筋の涙が零れおちていたのです。

 私の両手に収まる小さなオルゴールのケース・・・、よく見ると中に何か入っているようでしたからそれを徐に取り出してみる・・・。それは何かの宝石が埋め込まれた綺麗なブローチ。

 貴斗君は私がオルゴールを開けている間、噴水の淵から立って私に背を向けた状態で曇った夜空を見上げていました。

「これは?」

 内心の嬉しさと動揺を抑えながらそう尋ねたのです。

「オマエの誕生石のブローチ」と彼は簡単にお答えしてくれた。

 今の私には手に余してしまうほど高価なものを戴いてしまい、恐縮してしまいました。そして、聞かなくともよい事を貴斗君に尋ねてしまったのです。

「そんな、高かったでしょう?」

「そうでもない、オマエの為に・・・・・・、詩織の為にと思えば・・・」と淡々と彼は返してきました。

 そんな事はないはず。いくら彼が私のことなどそっちのけでバイトをしていましても、貴斗君と私は未だ高校生。

 誕生石サファイア。彼がくれたブローチにはそれが三つ少しずつ大きさを変え並んでいます。それなりの大きさの物。

 今日のディナーといい、プレゼントといい相当無理しているはずと私は思えて、貴斗君の健康がとても心配になってしまいました。ですが、それ以上に嬉しさが無性に込み上げてきたのです。

 持っているブローチをオルゴールの中に戻すと、背を向けている彼の背中をギュッと力強く抱きしめ、嬉し涙を流しながら彼に感謝の言葉をつづる。

「タカトくん、貴斗君、有難う、本当に有難う御座います」

 暫く彼の背中に顔を埋めていた。私のその行為に貴斗君は幾分の動揺をお見せしてくれました。やがて彼が私の腕を解き私の方に向きを返す。そして今まで見た事の無いほど優しい顔付きで彼は私を見下ろしました。

「気に入ってくれたか?」

 動揺してくれています表情とは裏腹に貴斗君の口調は何時ものと変わってはいませんでした。彼の言葉に小さく頷き返したのです。

「そうか、気に入ってくれたか・・・。よかったら、今、ここでそれ身に着けて見せてくれないか?」

 コクンッと頭を縦に振ると持っていたオルゴールケースからブローチを取り出しドレスの左胸の辺りにそれを留め彼にお見せする。

「どう、似合っているかしら?」

 ウィンクと一緒にそう彼にお尋ねすると彼は一瞬目を閉じ、

「エクセレント」と英語で答えてきました。さらに、

「詩織だから似合って当然かもな」と彼は小さく付け加えてきたのです。

 彼の瞳を優しく見詰める。しかし、貴斗君は私の方にお顔を向けているのですけど、目が私の方を見てくれてはいません。

 いつの間にか〝シン、シン〟と雪が降り始めていた。ですが私と彼はそれに気付いてはいない。寒さがいっそう増したのです。

 周囲の目もくれず、私は一台決心し、彼を見上げながら、ユックリと瞳を閉じ心の中で〝どうか私の気持ち、お気づききなってください〟と祈った。

 期待より不安の方がとても大きかったです。だって今の彼はとてもこの様な事態に疎いと知っていましたから。

 鈍感さんな、貴斗君も私の心の内を分かって下さいましたのか、ようやく私の顎に彼の指と思われる感触が伝わってきますと同時に唇に暖かい何かが覆いかぶさったのです。

「・・・・・・・・・・・・、ウッゥウンッ」

 やがて私の唇から彼の温もりが消え去ってゆく。

 生まれたときから貴斗君と同じ時と空間を過ごすのは計十四年、彼の御ふざけでチークキスなどは何度かされたこともありますが・・・、今はお互いの唇を交し合う大人な短いようで長かった私にとっても、彼にとっても?ファーストキス。

 瞑っていました目を開き彼を見ると彼は恥ずかしそうに項を掻きながらまた背を向けてしまった。そんな彼の大きな背中にもう一度抱き付く。

「スキ、大好き、タカトくん」

 彼の背中に顔を埋めた状態でそう表現しました。彼は何もお答えして呉れはしませんけど、彼の体に囲っていた私の手を上から貴斗君の手で優しく包んでくれました。

 私達が暫くそうしているといっそう雪の羽振りがよくなっていた。

「貴斗君、見てください。こんなにも雪が・・・・・・・・」

 彼は鼻でフッと軽く笑う。

「雪か?何年ぶりだろうか?とても久しい」

 懐かしむように降る雪を眺めたのです。特殊な地形のこの街は余り雪の降ることは無い場所、クリスマスイヴとなればなお更です。

「ホワイトクリスマス・・・・・・、アッ、いっけなぁ~~~い、すっかり忘れていました」

 慌てて持っていたバッグから袋を取り出し、それを貴斗君に渡しました。

「ハイッ、これ私からのクリスマスプレゼント」

「アリガト。中、見てもいいか?」

「ハイ、どうぞご覧になってくださいませ」

 彼は袋を開け、中を確認するとその物を取り出し、私の口から何も言わなくてもそれを身に着けてくれました。

「ウムッ、暖かい」

「気に入って戴けましたでしょうか?」

「大切にする」

 言って私がプレゼントして差し上げた手編みのニット帽を深々とかぶる。

「これ手編みなのか?」

「余り時間が無かったのでそれしか造れませんでした」

 貴斗君のくださったプレゼントに比べて見劣りするそれを見ながら私は俯きそう言葉にする。

「詩織、下を向くな。詩織が何を思っているのか知らんが・・・、俺は十二分に満足している。それに、こう言った物は女性でしか出来ない贈り物だからな。金で買える物で無いし」

 彼のその言葉は私の心を慰めてくれる。昔からどんな些細な事でも彼は私の事を心配してくれる。それは記憶喪失になっている今でも変わっていないご様子。だから、

「私、貴斗君のそういう所もスキ」と小さく口にした。

「なんか言ったか?」

「いいえ、なんで御座いません。気にしないでください」

「ソッカ、それより詩織、寒くないのか?」

 ドレスに合うコートを羽織ってはいますけど、生地が薄いので防寒具としてそれ程役に立ってはいませんでした。

「貴斗君がいるから平気です」とそう言って彼の腕に抱きつく。

 そんな私の行動に彼はハァッと軽い溜息を吐く。

「嘘つけッ、寒いんだろ」

 その言葉と一緒に私の行為は跳ね除けられてしまいました。そして、彼は着ていたコートをお脱ぎになって私に掛けてくれる。

 私の行為を跳ね除けられてしまったのは非常に残念ですけどお言葉を返します。

「貴斗君は大丈夫なのですか?」

「死にはしない」とそんな変なお答えを返してきました。

「そろそろ帰るか?送って行く」と付け加えてきたのです。

 貴斗君にそういわれ私は再び彼の腕に寄り添う。今度も彼は嫌がる素振りをお見せになったのですけど、懇願の眼差しを彼に向けると〝渋々〟とそれを受け入れてくれたのです。

「それでは、わたくしの家までお願いいたします」

「了解」

 彼は簡素な返事で私のそれに返答してきました。まばらに未だ人がいる鳳公園から私達は足を外に向け家路へと歩き始めたのです。

 記憶喪失の貴斗君とお付き合いし始めて、まだ、一年にも満ちません。

 普段はアルバイトばかりで私の事など殆ど構ってはくれませんでした。それは彼が働く本当の理由を知らないだけであって・・・・・・・・・、それを知って居ればもっと貴斗君と多くの時間を過ごせていたのだと思いますが。

 それでも今日、ちゃんと彼が私の事を想ってくれているのを知る事が出来て大変安心しました。ただ、彼の言葉の少なさに今はちょっと不満を感じてしまいます。

 記憶喪失の影響とはそれほど大きいものなのでしょうか?

 私が知っています昔の彼はそんなことはなかったのですけど・・・・・・・・。

 これから先、貴斗君の後ろ向きの心と口数の少なさを少しでも改善して差し上げたらなと思わされる一日でもありました。

 記憶が戻って下さればその様な気遣いも無用なのですけどね。

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