第 三 章 過ぎる時の中で

第十三話 心の間隙

~ 2004年8月3日、火曜日 ~


 今月の終わりでもう三年もの月日が流れようとしていました。

 私の親友の春香は事故で入院してから一度も目覚める事がなく、こんなにも時が刻まれてしまっていたのです。その期間の中でどれだけ彼女の妹である翠ちゃんをお支えすることが出来ていたのでしょうか?

 今日の午前10時から午後3時まで、母校の水泳部のコーチのために聖陵高校に参じていました。どちらかと言いいますと翠ちゃんの個人コーチに近いかもしれないのですけど。

「はい、そこまでですよ、翠ちゃん」

「ハッ、ハァーーーイッ、今そちらに行きまぁ~~~ッス」

 プールの中ほどから元気よく返事を返してくれますと、すごい勢いで私のいるサイドまで泳いできます。

「とぉ~~~ちゃぁ~~~く」

 そう口にしながら水面からか翠ちゃんは顔をお覗かせになりました。

「お疲れ様でした」

 お言葉と一緒に彼女に手を差し伸べて差し上げました。

「センパァーイ、有難う御座いまぁ~ッス」

 翠ちゃんはそう言いますと私の手をお掴みになってきましたので、彼女を引き上げてあげました。

「詩織先輩、着替えてくるまで待っていてくださいね」

「ハイ、わかっております」


*   *   *


 彼女を待ちますこと約十五分。

「お待たせいたしました。それでは先輩帰りましょう」

 翠ちゃんのそのお言葉でこの場から動き出しました。彼女は私にお並びになる様に着いてきます。

 彼女はもう高校三年生、性格的な幼さは残すものの一年生の時と比べて身体は大分成長している様でした。横目に彼女を拝見させていただきますと私より幾分高いです。

 私も彼女くらいの身長でしたら、貴斗と並んでも見劣りしませんのに・・・。

 なんとなく、ですけどこの先もう少し身長が伸びそうな気配を感じます。この頃になって彼女はようやく自分の身長をお気にしなくなった様ですね。これだけ身長が伸びれば当然かもしれません。ちなみに私の身長は159cmです。

「全国大会も間近に迫ってきましたわね。体調、お崩しにならない様にしてください」

「はい、今年も優勝して三連覇です」

「頑張って下さいね、応援していますから」

 そう彼女は今年大会に優勝すれば高校三年連続優勝というご栄冠を手にするかもしれないのです。

 私の幼馴染の香澄でさえ出来ませんでした、その偉業を翠ちゃんは成し遂げようとしていました。彼女の才能を知っていた積りですけど・・・、ここまで、彼女が登り詰めることができました起因は未だに私には分かりません・・・。

「先輩、今日も貴斗さんの所へ寄るんですか?」

「ええぇ、そうですよ、それがどうかしましたか?」

「私もお邪魔しちゃおうかなぁ」

「フフッ、別にかまいませんけど。貴斗なら遅くまでお帰りになりませんよ」

「そうですか、残念ですぅ。それじゃ、今日はや~めヨッと」

 彼女は笑いながら、その様に返事をお返しくださいました。駅まで翠ちゃんをお送りしますとその足で貴斗のマンションへと向かいました。彼の家のドアの前に立ちますと、取り敢えず鍵が開いているかご確認してみました。

「やっぱり、いないのですね」

 それを知りますとちょっとだけ残念な気分になってしまいました。

 いつの頃からか彼からお預かりした合鍵でその閉ざされた扉を開けたのです。

 持っていましたお荷物をリヴィングの隅に置きますと、先ず初めに部屋の空気をお入れ替えするため窓を総て開けました。

 窓をそのままに次は廊下に立てかけてあります掃除機でお部屋を隅々までキレイにします。

 掃除機をお掛けしながら、貴斗にはありえないとは思いますけど私、麻里奈さん、それと周知の仲以外の女の人が来られたかどうかその痕跡を探していました。

 彼、お気付になってはいないと思いますけど、学内でそれなりに人気があるのですよ。

 人を避けている様なクールを持っていますのに実際接してみますと優しいと言います事が人気のある理由です。

 普段クールを装っています貴斗ですがお困りしている人を見かけてしまいますと男女関係なく直ぐに手を差し伸べするから、皆さんそのギャップがお気に入りしているご様子・・・、それと何か言い知れぬ影をお持ちしていますという事がそれの拍車を掛けていますようで。

 その影とは貴斗の記憶喪失の事だと思いますけど、それを知っていますのは学内で私と八神君のだけのはず。そんな私の恋人、貴斗に私が隣にいます前で告白してくる様な女性もいましたので、凄い度胸だとその時は思えました。

 学内で私と貴斗は恋人には見えないのでしょうか・・・・・・、一抹の不安を感じてしまいます。


*   *   *


 掃除機を掛け終えますと、独り言を呟いてしまいました。

「うん、よし、そんな事は無いみたいですね。安心、安心」

 貴斗の事を好きになればなるほど彼を独占したい気持ちに駆られてしまうのです。

 たまに私はそんな事を思うのは自分だけ?と不安になる時もありますけど気持ちの方が勝ってすぐ気にならなくなっていました。

 掃除が終わりましたお部屋の中を一度はざっと拝見。

 始めて貴斗のお部屋に入りました時、受けた印象はとても〝殺風景〟だった事。

 ですから、彼のお家に来るたびに色々な小物や調度品を持ってきましてお部屋の色を変えて差し上げたのです。

 お部屋を一望しましてから脱衣所に行きまして洗濯物がお溜まりしていないかご確認させてもらいました。ですが、何も洗うものはなかったのです。・・・ちょっぴりさびしい気分です。

 最近になりまして貴斗、私にあまり負担を掛けさせたくないからと申しましてお掃除やお洗濯といったものは彼自身でほとんどやってしまわれるのです。

 こちらとしましてはやらせていただいた方が嬉しく思いますけど。

 お掃除とお洗濯物の確認が終わりますと窓の網戸だけしめまして、持ってきましたお荷物から勉強道具を取り出し、お部屋の中央にあるテーブルに広げました。

 5月にありました短答試験も無事に6月に良い結果をいただいております。

 7月中旬に在った論文試験、まだ結果は判らないのですがパスすると信じまして10月下旬にあります最終の口述試験のための勉強を開始しました。

 頑張って勉強に臨んでいましたので時間が過ぎるのをスッカリ、忘れていました。

『キュルルゥ~~』と私のお腹の蟲が可愛らしくなってしまうのです。

「ハッ、もうこんな時間なの?」

 壁掛け時計を確認しますと午後9時32分。

 夕食の支度、貴斗もそろそろ帰ってきますからいい頃あいだと思ったのです。

 遅い夕食の準備を終えまして、彼の帰りをお待ちした。―――――――――、10時32分、未だ彼はお帰りになりません。

 彼の心配をしながらも仕方が無く独りで夕食をとる事にしたのです。とても淋しかった。

 夕食を終えまして、自分の分の食器を洗い、彼の分はラップをお掛けした。

 食後の休憩を入れず、また勉強を再会し始めました。

 六法全書のうち民事訴訟法の所を開きながら問題と照らし合わせたのですけど、活字をじっと眺めていましたらなんだか・・・。

『ウト、ウト、ウト、クゥ~~~』

 私は眠ってしまった様です。


*   *   *


 それからどれだけ経ったのでしょうか?私の近くに何か暖かい気配がしました。

まだ、眠気の覚めない顔をゆっくりと上げた。そしてそこには彼がいたのです。

「ファ~、貴斗、お帰りなさいませ」

 小さく欠伸をしながら彼をお迎え入れる。

「ただいま」

「大変遅いお帰りですね」

「ごめんな」

「気にしていませんわ」

 なぜ遅くなったかホントは気になりましたけど、彼の疲れているお顔を見てしまいましたらなだか気が引けちゃいまして。

「何で、こんな時間までいたんだ」

「両親にはちゃんと連絡して有ります」

 実はそんな事をしておりません。遅くまで私が帰宅していない時は貴斗の家にいるとはお伝えして在りますが。

「お母様、貴斗の家に居るなら大丈夫ねって言っていましたから」

 若し、お母様に連絡すればそう答えると思ってそう付け加えさせていただきました。

「初めに、謝って置くゴメン」

「どうしたのですか、急に!?」

 彼が急に謝って来ましたのでその真意を確かめてみました。

「バイトの勤務時間が10時PMから6時PMの間に変わった」

「それって夜勤って事ですよね」

「そうだけど・・・」

 私は貴斗のそのお答えに対しまして、

「ひっ、ひどいです、私に何の相談もなく勝手に決めてしまうなんて」

 生活時間帯が変われば一緒にいられる時間が今以上に減ってしまうとそう思いましたから、断りも無く勝手に決めた彼のその事に対して非難のお言葉を投げたのです。

「だから最初に謝っただろ」

「それでも、酷いよぉ~~~っ!」

〈貴斗、謝ってすむ問題ではないのに〉

 心の中で思いながら自分の気持ちを正直にお伝えした。どうせ非難した処で謝罪のお言葉しかくれません貴斗ですから話題を変える事にしました。

「ネッ、貴斗、明日も春香のお見舞い行くのですか?」

「ぁあ~、勿論、行く!」

 彼は即答して答えを返してきますけど、それを耳に入れてしまうと胸が痛くなってきます。

「理由、聞かせてはくれないのですよね。アナタが春香の所に通い続ける理由」

「彼女が目覚めるまでは。だから、それまで待ってくれ」

 何時も私が彼にそうお尋ねしますと彼のお答えもいつも同じでした。イツになったら彼のその理由をお聞きする事が出来るのでしょうか?その理由をどうしても知りたかったのです。

 貴斗がその言葉を言うたび、私がその彼の言葉を聞くたび、なんだか彼の心が私から離れてしまっているように感じてしまう事が多々ありましたので。どうしてか、春香に彼を――――――――――――――――――奪われてしまう・・・・・・・・・、そんな風に思えてしまって。

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