第十四話 明かされるカレの気持ち
昨日、彼の家に泊まり、新しい朝を迎えます。今日は彼の昨日言っていました予定通り朝一番に春香のお見舞いに病院へ向かいました。
「藤原です」
彼は名前をお告げになると彼女の病室へ入室したのです。それから私は彼の後に続きました。
「おはようございます」
「貴斗さん!詩織先輩もご一緒なんですね!オハヨウございます」
私たちが病室内へ入りますと初めにお声を掛けてきましたのは春香の妹、翠ちゃんでした。彼女はハキハキとしたお言葉で私に挨拶をしてきたのです。そんな彼女に対して私は優しく微笑み軽く会釈をする。その後、春香がお眠りになるベッドに目をやる。
相もお変わらず、彼女は穏やかなお顔をしてベッドに横になっていました。端から見ればその表情は普通に眠っていますのとなんら変わらない様子でした。
しかし、彼女はこの三年間、一度たりとも目をお覚ましになる事がないのです・・・・、まるで眠れる森の何とやらです。
貴斗を交えまして、暫く翠ちゃんとお話しする。もっぱら最近の流行と少しだけ彼の事。
お話の途中、上の空だった彼へお声をかけさせていただきました。
「タ・カ・トぉ、貴斗ってばぁ!」
「なっ、なんだよ」と返答するだけ。
「私タチの話、ちゃんと聞いていました?」
「・・・・・・」
「ほぉ~~~っら、見てください、翠ちゃん。最近、私とお話していている時でも直ぐこうなるんですから」
呆けていました彼に対してそんな事を口にした。
毎日、春香のお見舞いに上がるようになりましてから彼はよく話の途中でその様な状態になる事がしばしば見受けられたのです。しかも彼自身それにお気付になってはいませんでした。いくらそれをご注意しても・・・、今まで治ることはありませんでした。
「ひっどぉ~~いっ、詩織先輩、可愛そうです。次から詩織先輩に同じことしたら、詩織先輩が許しても私が赦しませんからね!」
翠ちゃんは私の事をどう思ってくれましてその様なことを言ってくださいますのでしょうか・・・。
「何で、翠ちゃんにそんな事を言われなきゃならないんだ」
「駄目なものは駄目なんです!」
「ハイ、ハイッ」
「貴斗さん、返事は一回だけでいいんですよ」
「クスクス、クスッ」
貴斗は翠ちゃんのお言葉にお黙りになってしまいました。
彼と彼女のやり取りを見まして、私は口元にコブシを当て軽く笑うのです。それから、何かを考えしています彼をそっちのけで翠ちゃんと女だけのお喋りをしました。
どうせ、会話には混ざってはくれないのでしょうから。どれだけ彼女とお話ししたのでしょうか貴斗は私達のお話の腰を折るように口をお動かしになるのです。
「詩織、ソロソロお暇するぞ」
「それじゃ翠ちゃん、午後の部活でお会いしましょう!」
彼女にそう告げますと、先に出て行かれようとした彼の後に続く。
大学に進学後、水泳を続ける事はありませんでした。
それは幼馴染みでありまして、水泳ではライバルでありました香澄がお辞めになったからです。彼女のいない競泳の世界なんて私には何の意味も齎しはしませんから。
現在は高校時代の顧問の先生に御願いされましてお暇を見て、後輩の指導に当たっていたのです。特に翠ちゃんに。
「ぅん?」
彼は病室をお出になる際、玄関口で春香の方を見てその様な表情をするのです。
「どうかいたしました、貴斗?」
「いや、今一瞬、春香さんが動いたように見えたから」
[詩織&翠]
「まさかっ」
翠ちゃんと私は彼のそのお言葉に驚いてしまい口を合わせその様に発していました。
彼がそうお言いになりましたので春香を見ましたが何の変哲などなかったのです。
「悪い、俺の見間違いだった様だ。行くぞ、詩織」
彼は見間違えしましたのかそう言葉をお掛けになる。しばし周囲が静寂とかすのです。
「ぅっ、うぅぅーーーっ!!」 しますと知っている懐かしい彼女のお声、春香の苦しそうな呻き声が幽かに・・・・・・!
「翠ちゃん、早くナース・コール」
冷静な彼はその状態を見ますと、いち早くお言葉を発し、彼女にナース・コールをお掛けするよう指示を出しました。
「ハッ、ハイ。618号室の涼崎です、お姉ちゃんが、春香お姉ちゃんが、早く直ぐ来てください」
翠ちゃんはお慌てになりながらも直ぐに彼の言葉に従った。春香はなおも苦しがっているご状態。ナース・コールをしてから数分後、春香の担当医と思われます人と何人かの看護婦が医療器具を持ちまして病室に入ってきました。
「君達は外で待機していて下さい。それと、出来れば彼女の両親に連絡を」
医者がそう言いいますと肉親である翠ちゃんを含めまして、看護婦によって強制的に退室させられました。
「私、連絡してきます」
そう口にしますと彼女はこの場を後にしました。貴斗は俯き瞑想しながら何かをお考えしているようだった。彼のその深刻そうな表情に不安を感じつつも、親友、春香の目覚めをお祈りしました。それから、どれだけの時間が経ったのでしょうか?彼女の両親は未だ現れない様子ご。
「貴斗、そんなお顔をしないで、春香、大丈夫だから」
不安のお色を浮かべます彼にその様にいいまして励ました。
「詩織、帰るぞ」
どうしてだか、彼は急に立ち上がりますと満面の笑みを私にお向けする。そして私の手を取りますとそうお言いになって来ました。
「ドッ、どうしたのですか、急に」
彼の激変した行動に疑問を感じまして咄嗟にそう口にしました。
「せっ、先輩待ってください!」
「それじゃあとよろしく!」
なぜ彼は廊下ですれ違おうとしました翠ちゃんにその様な言葉をお掛けしたのでしょうか?
「ハハッ、それではまた後ほど」
私も彼の行動に苦笑しつつ、彼女に別れのご挨拶をしてその場を後にします。
病院を出る途中、私達は春香のご両親とすれ違いますけど彼は他人の振りをしましてお顔を背けになりました。春香のご両親に軽く会釈しましたのち、彼に追従する。そして、病院の表に出ますと彼は私の手を放す。
「貴斗、本当にどうしたのですか?」
先ほどの彼の行動について知りたかったのでそうお尋ねしました。
「さっき、耳を澄まして病室の会話を聴いた。春香さんが目覚めた!」
彼はそう冷静にハッキリと私にお答えしてきました
「そっ、それは本当なのですか?」と疑いつつも彼にそう聞き返しました。
「嘘、ついてどうする?やっと、目覚めたんだぞ」
「だったら、どうして顔をお見せしないで出て来たのです」
当然の疑問を彼にぶつけまして、今すぐにでも彼女のお顔を見たい気持ちになりましたけど、
「後は運転中にでも話すさ」
彼はそうお口にして私がする事を受け入れてはくれそうにありませんでした。貴斗と供に駐車場へと向いました。
彼は車の前に立ちますと鍵を開け助手席のドアを開けてくださり、私が乗れるようにして下さいました。まるでホテルのボーイさんみたい。いつも彼は私とご一緒に車にお乗りします時はそうしてくださる。とても嬉しい彼のお気遣い。
『アリガト、貴斗』と彼に微笑みながら乗車しました。
彼も乗りになると車のエンジンをお掛けしました。
『ブゥウォーン、ブゥウォーンっ』
彼がアクセルを踏みますと車からその様な音が聞こえてきました。
彼はその音をとてもお気に入りしているようでしたが私にはよく理解できません。
「出る、ちゃんとシートベルとしたか?」
貴斗に言われます前にシートベルトをしていましたので頷き、返事をお返ししました。
彼は私のお言葉を確認しますと車はゆっくりと動き出させ、そして加速させていったのです。
* * *
車が走り出しましてから暫くして、私の方から貴斗に彼の行動の経緯をお確かめしたくて話をお掛けしました。
「貴斗、説明して下さるのですよね?」
「分かっている。やっと、春香さんが目覚めた。三年もの月日が掛かったけど」
彼のお言葉を聴いて、驚き沈黙してしまう。さらに彼は言葉をお続けになるようです。
「そして、彼女に最初に顔を見せなくちゃいけないのは俺やお前で無く・・・。宏之だ!」と彼は断言して来ました。
「どうしてそう思うのですか?柏木君、今、誰と一緒にいるか知らない筈ないでしょ?」
それはわたくしにとって当然の疑問でした。
現在、柏木君は香澄の恋人でありまして、その彼がいの一番に春香のお見舞いに参る必要はあるのでしょうか?
柏木君に義理はありましてもそこまでする必要がある義務はないと私は思うのです。
三年経ちました今はその義理でさえも・・・・・・・・、私は不要に思えてなりません。
その様に心の中で感じていますと貴斗は私にお言葉を返してくれました。
「知っている」と簡潔にです。
「香澄がどういう気持ちだったか貴斗には分かって?香澄がぁ」
それだけ口にしますと私は言葉を詰めてしまいました。香澄が柏木君に対する想い。彼女の行動理由。その理由を知っていました。しかし、貴斗はそれをお知りにならない・・・・・・・・、と思います。
「俺の前でアイツの名前を呼ぶなぁっ!知らないね、知りたくもない!」
彼はお声を荒立てまして、そんな酷い事をお言いになる。香澄の気持ちも知らないくせに。貴斗の強いお言葉で気分が萎縮してしまい俯いてしまいました。
「ゴメン、きつかったな、今の言葉。詩織の気持ち、分かる。春香さんよりアイツの方が付き合い長いからな。アイツを庇いたくなる事も分かる」
俯いた私に彼はお謝りになってくれる。私の気持ちどれだけご理解していてくれているのでしょうか?彼はそう言葉をお綴りになった・・・・・・・・・。
いつの日からか貴斗は春香を苗字ではなく名前で呼ぶようになっていました。
彼がそれを口にするたびにどうしてか私はとても小さな憤りを感じてしまっていたのです。
長い沈黙が訪れてしまいます。いつのまにか窓の外の風景は私の良く知っている街並み、もう少しで私の家へと到着する頃でした。
「詩織、お前の家の前だ!」
家の前で車を停止させますと彼はそう言って来て下さいました。
先程まで私は心の中で色々とお考えしていた事を整理し、そして自分から沈黙を破りまして、彼に私が今一番知りたいことをお尋ねしました。
「貴斗、聞かせて!まだ理由をお聞かせしてもらっていません。貴斗が春香のお見舞い、彼女が目覚めるまでずっと行くって決めた事」
「フゥ~、そうだったな。話すって約束してたからな」
彼はそう言いますとゆっくりとその理由をお語りして下さいました。
その総てが本当か嘘かは判らなくとも、私は彼の事を信じておりますから総てを受け入れるのです。私が再び考えを整理し始めますと、 彼は先に車をお降りになり、助手席のドアを開けて私が降りられるようにしてくださいました。
「たかとぉ」
自分の気持ちの整理がつきますと彼の名をお呼びしました。
「如何して、如何してもっと早く言ってくれなかったの?私じゃ、頼りないのですか?」
自分の不甲斐なさを感じてしまい彼にそう口にしたのです。
「そんなこたぁ~ない。お前に心の負担を掛けさせたくなかったんだ」
「何で?なんで、そうやって自分だけで背負い込むのですか?私、貴斗の恋人よ、恋人なんですから・・・・・・、私は貴斗のこと、あなたの事をいっぱい、いっぱい心配していたんですからね」
貴斗を誰よりも好きだから、愛していますから、彼の心の負担を分かち合いたかった。ですから、その様に彼にお訴えしたのです。
「ゴメン。もう、お前に心配掛けたりさせなんかしない、だからゴメン」
彼は謝罪を言葉にしますと助手席に座ったままの私を強く抱き締めてくれました。
「たかとぉ~~~」
彼のその様な行動を受け入れましたら、急に大粒の涙が目から零れ落ちてきてしまいました。そんな顔を見られてしまいますのが恥ずかしくて、彼の胸に顔をうずめまして、それを隠したのです。
いつもなら、私が涙をお見せする事を嫌う彼ですが、今は暫くその胸をお貸ししてくれる。暫くしますと気持ちも治まりまして、涙が止まっていた様です。するとそれにお気付きになられた彼は私の顔をご両手で上げてくださり、少し残りました目尻の涙を両親指で拭ってくださいました。
初めて彼の方から私にキスをしてくれたのです。貴斗が恋人になってくださってから三年もの月日が過ぎて初めて・・・。
「うぅんっう~~~」 私の甘い吐息が漏れる。
深いけど数秒間のキス、彼の温かい気持ちが伝わってくるのでした。
私はその時間がずっと止まって下さったらいいのにと思ったのですけど・・・・・・・・・、彼は私からその唇をお離しになる。
今の私の頭の中は真っ白。彼が何かをしてくださっているようです。ですが、私はそんな状態でしたので気付く事さえ出来ませんでした。
「詩織。ホラ、さっさと部活のコーチ、準備してこい!」
「エッ、ハッ、はい」
私のその様な夢の状態から彼は現実へと引きずり戻すお言葉を掛けてきました。
私は赤面し、彼から逃げるようにして家に入り込んで行くのでした。
家の中で気分を落ち着かせまして、冷静になり支度を整えましてから彼の所へ戻って参りました。
「貴斗、お待たせいたしました」
お待ちになっていました彼に言葉をおかけしました。彼は周囲の景色をお眺めしていた様子。
「行くか?」
「なにを見ていたのですか?」
「目の前の屋敷、何だか懐かしく思えてな」
「エッ!?」
春香の事もありましたから、若しや彼の記憶喪失も回復の兆しを見せ始めたのではと思いまして、私はそう驚いたのです。しかし、私は一つ忘れていた事がありました。
彼は既に洸大様とのご関係をお知りになっている。ですから、彼がそう思うのも当然かもしれないですね。でもどうして、私や香澄が幼馴染みである事にお気付してはくれないの?
「デジャブーって奴さ!」
思いとは裏腹に彼はあっさりと、私の一つの考えを否定してきました。
「ホラ、さっさと行くぞ!乗れよ!」
「貴斗の馬鹿!」
心の憤りを感じてしまいました私は彼をその様に小さく罵るのでした。
彼は私を乗せ、再び私達の母校へと車を走らせました。やがて聖陵高校へと到着する。
「詩織、終わったら連絡しろよ!迎えに来るから」
「大丈夫ですよ、ここからなら歩いて貴斗のお家にいけますから」
「来るのか?」
「とぉ~ぜんですぅ!」
やっと本当の平静さを取り戻すことが出来ました私は彼に翠ちゃんの口真似をしまして、彼に恥ずかしながらもウインクを投げてその場を後にしました。
コーチをしながら彼のお聞かせしてくださったことを整理していました。
彼がどうして二年前の夏の終わりからほぼ毎日のように春香にお見舞いに行くようになりましたのか?それは彼が柏木君のために唯一出来る事だったとお言いになったのです。
なぜその様にするのでしょうか?それは貴斗が春香と柏木君に対する謝罪。
彼は自分の所為で春香を事故にお遭わせになり、柏木君からその恋人を奪ってしまいましたからだと貴斗は私に口にしたのです。
今日、初めてその事故に貴斗が関係していたと言います事実を知りました。
私以外、翠ちゃんも香澄も八神君も柏木君もミンナその事をお知りになっていたご様子。
私だけがお仲間はずれ。酷いことです。
翠ちゃんと柏木君が貴斗のその事を知っていたとしても香澄と八神君はイツそれをお知りになったのでしょうか?今までずっと彼等、彼女等はその事につきまして私に一切お話ししてはくれなかった。多分、それは貴斗から口止めされていたのではと推し量りました。
彼が私の事を気遣ってくださいましてその様な事をしたのだと思うのですが、その事をもっと早く知る事が出来ましたのならば今以上に貴斗をお支え出来たのではと思えてしまうのです。
貴斗の事をさらに考えます。
その事故のもっとも大きな要因は彼自身で、そして、深い罪の意識に囚われていたと。
春香の事故の要因は貴斗の電話での対応だといいますが、その内容をお聞きしますと私はどうしても彼が悪いようには感じなかったのです。むしろ、遅刻をしてきました柏木君や勝手に貴斗に電話を掛けました春香の方が――――――――――――。
ですが、それはもう済んでしまいました事、いまさらトヤカクと持ち出しましても意味のない事ですので流しておきます。
付け加えまして、わたくしが貴斗に原因がないと感じてしまいますのは昔から変わらない貴斗の深層心理に気付けてはいないからなのでしょう。過剰自責と御呼ばれします、それにそれは貴斗の周りで何か不祥の出来事が生じました時に彼が心に抱きます感情・・・・・・・・。
彼のそう言います心の一面をお知りになっていますのは同じ幼馴染み香澄と私よりもお付き合いの短い八神君だけ。
その様な彼の一面をお気づきして上げられないまま、これからも過ごしてしまうのでしょうね、私は。
若し、貴斗のその様な一面をお理解して差し上げていましたらこれから先に起こりうる大事件も未然に防げるのかもしれないのですけど・・・・・・・・・。と色々と考えつつ部活のコーチを終えるのでした。
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