第9話「アドラステア・テミスト」

 高台の木陰で少し休んだ後、私達はギルドを目指してまた歩き出し、夕刻前に、ギルドがあるという大きな洞窟の入口に辿り着いた。

 「さて、ミーナ、ジギル。この中にストッパーのギルドがある。マスターに私から話をしてくるから、ここでカラボと少し待っていてくれ」

 そう言って、アイリスは洞窟の奥へと進んでいった。


 「ギルドってどんなところなの?」

 待っている間暇になってしまった私は、興味本位でカラボに訪ねてみた。

 「まあ、みんなの詰所みたいなところじゃで。中にはギルドメンバー一人一人の部屋があって、訓練場もある。それからそうじゃで、〝ヘルプス〟という名の特殊な魔道具があってな、そににこの荒野地帯での狩りや護衛の依頼が表示されるんじゃで。ワシらはそれを引き受けて、報酬として金や食料を確保しておるんじゃで」

 「じゃあもう、ほんとにここでみんな生活しているんだ…」

 「ああ、アドラステアが認めてさえくれれば、お前さん達だってここで生活してもええんじゃで?」

 カラボはそう言って、がっはっはっはっは、と大きな声で笑っていた。


 20分程で、アイリスが洞窟の奥から姿を現した。

 「マスターの許可が下りたぞ。こっちだ」

 私達はアイリスの後を追って洞窟の中へと進んで行った。少し下り坂になっており、奥へ進んでいく程、入口の明かりは徐々に見えなくなり、辺りは僅かに灯る松明の明かりに包まれていく。

 薄暗い洞窟の奥へ進んでいくと、木製の大きな門に行き着いた。門の前には男が二人立っている。

 「アイリス、カラボ、こいつらか」

 「本当にリザードマンなんだな…、まあ、アドラステアが許可したのならば」

 そう言って、彼らは門を開く。門の隙間から眩しい明かりが漏れ出し、私とジギルは目を細めた。

 「ミーナ、ジギル。アドラステアは強いが、それは力だけではない。なんと言うんだろうな…、人を寄せ付ける力、人を魅了する力、そんなものを、彼は持っている。このギルドもそうやって、大勢の人間が協力して建設したものだ。ようこそ。〝ストッパー〟へ」

 アイリスはそう言って、私達を門の中へと誘った。


 「うわぁ…広いな…スッゲェ…!」


 洞窟の中の門を潜ると、そこには広い空間が広がっていた。門を開いてすぐの大広間には沢山のテーブルと椅子が不規則にいくつも設置されており、両方の壁には武器や防具が備えられている。高い天井には大きな緑色の旗が垂れ下がっており、角の生えた金の馬の絵が描かれている。ストッパーのシンボルだろうか。奥には二階へ続く幅の広い階段があり、そこから壁に沿って両脇に伸びる二階の通路からは、吹き抜けになった大広間を見下せるようになっていた。


 「おぉ?よく来たなぁ!俺達の〝希望〟!」

 「めんこい嬢ちゃんだな、はっはっはっは!」

 「おいおい気持ちわりーぞクソ親父!」

 「ぎゃはははっははははは!」

 「笑ってんじゃねえーよぉ!」

 「おい〝希望〟!ぼーっと立ってねぇで中入って来いよ!」

 「カラボ!早く今回の成果品持ってこいよ!呑もうぜ~ぎゃははははは!!」

 ガヤガヤと賑わう大広間のテーブルほぼ全てを陣取っていた大勢のおじさん達が私達を騒がしく迎えてくれた。中には二階の通路から黙って私達を見つめている人もいたけれど、おじさん達の騒がしさに大広間の空気は完全に飲まれていた。


 「うるさいぞ!!呑んだくれ親父共!!客人だ!丁重に扱え!!」

 アイリスが彼らに向かって大声を上げる。初めて聞く彼女の大声に、私は飛び跳ねる程驚いた。

 「くぁ~~アイリスちゃん、今日もシビれるね~~~!!」

 「そんなんじゃ嫁に行けねーぞぉ!」

 「早くアドラステアを襲っちまえ!!」

 「いよ!未来のマスターの妻!!」

 「ダメよダメよ!アイリスちゃんアドラステアの前じゃガッチガチに緊張しちまってなぁ!!」

 「でもそこが~?」

 「「「いいんだよな~~~!!」」」

 おじさんたちがゲラゲラと笑っている。アイリスは顔を真っ赤にしてワナワナと震えていた。頭から煙が吹き出している。


 「こらこら、それくらいにしないか」


 と、アイリスが背中のライフルに手を添えた絶妙なタイミングで、奥の階段から背の高い男がこちらへ歩いてきた。年季の入った茶色いマントを翻しながら歩いて来るその男は、真っ白い髪に褐色の肌で、年齢がよくわからない。

 「やあ、よく来たね、小さな客人。うちのカラボが世話になったようだ。礼を言う。ありがとう」

 男は私達の前に立ち、静かに目を伏せてお礼を言った。

 「な、なあ…!あんたが…〝サテライト〟か…!?」

 ジギルが待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて、男に問いかける。


 「ん?いかにも。私の名前は〝サテライト〟こと、アドラステア・テミストだよ」


 アドラステアは柔らかい笑顔で、そう名乗った。

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